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五公演目――瑠璃とエンジェルズシング
三曲目:ウィリアム・セイラー
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「ん~……もう日没近いなあ。どうする? チャーリーもこっちにはいないし」
拾ったっていう木のそばまで行ったり、落とし主がいないか(オレたちみたいな孤児にもまあまあ優しそうな人を選んで)声かけてみたり。そのうちの一人にもしかしたら作りかけなんじゃないかって言われたから、なるほど確かにと思って彫刻家を探してみたり。だけどこどもから爺さんまで誰に聞いても、心当たりはないらしかった。
「折れちゃったから捨てたのかなあ……こんなに綺麗な天使なのに」
「どうだろ。だとしたら左腕はどこ行ったんだって話になるけど……もっと遠くで折れて、ここで気付いたとか?」
「そうかも、しれない……ありがとう。もう帰ろ、ビリー。チャーリーに怒られちゃう」
「だね。ベルもなんかご機嫌ナナメだし。ボニーが寮で暮らしてくれれば平和なのになあ」
帰るのは、いいとして。問題は天使をどうするか。これが怪我した猫なら手当して世話すれば良いし、ぬいぐるみなら適当な布でもかき集めてどうにか縫いなおせるけど。石じゃオレたちにはどうにもできない。かといえまた捨てておくっていうのも、流石に。天使を拾ったらどうしますか、なんて学校でも教えないんだろうな。……あ。教えといえば。
「教会にでも渡す? どうすればいいか、一番よく知ってるだろうし」
「……! それが、いいかも。時々ごはんくれるとこ?」
「でも、いいけど……」
どうせなら。教会を頼る言い訳があるのなら。ついでに。……今は、チャーリーもいないし。
「行ってみたいとこがあるんだ。寮より更に南側になっちゃうけど。海沿い、ウォーターストリートのほう」
「……ウォーターストリートって、確か……」
ビリーたちの、って、少し不安げな小声。そんな顔しなくて大丈夫だよって伝えるために、オレは明るめの笑顔で返した。
「そうそう。オレたちの家があった――父さんと母さんが、多分しんじゃった場所」
「引き取ってくれてよかった~。もしチャーリーが売れ残りの新聞持って帰ってきたらさ、空いてるスペースに此処までの地図書いて、リトル・イタリーに置いとこうぜ。天使はここでバカンス中です~ってさ」
「うん。……でも……」
持ち上げたランタン越し、アーティーが泣きそうな顔になってるのが見えた。アーティーがしょげる必要ないのに。ほんと優しいなあ。火が髪に燃え移らないようにそっとハグしてから、オレは自分のランタンを誰かの墓石に置いた。
「いーのいーの! 父さんも母さんも、どっかには埋葬されてんでしょ。遠い親戚のとこかも、知らない人達との合同墓地かもわかんないけど。この教会じゃないんだなあって知れただけ良かったよ。付き合ってくれてありがと」
「それは……だって、ビリーもぼくに付き合ってくれたから」
「あはは、ほんと助かったよ。こういう機会のついでじゃないとさ、教会の人にも変に心配されちゃうし。チャーリーなんて以ての外だよ」
きっとチャーリーは、必要以上に色々気にしちゃうだろうから。オレは別に今の暮らしもそれなりに楽しんでるし、父さんと母さんのお墓だって生きてるうちに見つけられたらラッキーかな~程度で。本当に、そんなもんなのに。
「オレ、チャーリーと双子に生まれて良かったって思ってるけどさ。……チャーリーにこういう話しちゃうと、弟を寂しがらせてるなんて兄失格だ!! って変に自分を責めちゃうから。チャーリーはなんにも悪くないし、むしろチャーリーと一緒に生き残れたおかげで楽しく生きられてるのにさ。でも、いくら口でそう言っても伝わらないんだ」
オレが、弟だから。弟にそんなこと言わせるなんて、って結局堂々巡り。おんなじ日に生まれた片割れなのにって思うけど、普段ついチャーリーを頼りたくなるときの気持ちが片割れへのものなのか、兄へのそれなのかはオレにもわからない。教えてくれる親だってもういない。……オレが、弟がいなかったら、チャーリーはもっと気楽に生きられたかな。なんて口走った日にはどんな顔するか、それだけは嫌でもわかるから。
「それなら、態度で示そうと思って。楽しいな、幸せだなって、にこにこしてればチャーリーも安心するでしょ。……ただでさえ昔から迷惑かけてたのに、余計な心配させたくないし」
だから今日のことはナイショね。ウインクを飛ばせばアーティーは何か言いたそうだったけど、結局困り顔で微笑んだ。
「じゃあ、早く帰ろ。おひさま、もうとっくにいなくなってる」
「あっっそうだった! キャンドルが尽きる前にシスターに返して……」
引き返す前に、もう一度だけ墓地を見渡す。知らない名前たちの向こう側、海岸で銀の波が砕け散るのが見えた。――そっか。確かに、それでいいよね。なんてったって、セイラーだし。波が勝手に供えてくれた花を見送って、オレは世界で一番大きな墓に背を向けた。
拾ったっていう木のそばまで行ったり、落とし主がいないか(オレたちみたいな孤児にもまあまあ優しそうな人を選んで)声かけてみたり。そのうちの一人にもしかしたら作りかけなんじゃないかって言われたから、なるほど確かにと思って彫刻家を探してみたり。だけどこどもから爺さんまで誰に聞いても、心当たりはないらしかった。
「折れちゃったから捨てたのかなあ……こんなに綺麗な天使なのに」
「どうだろ。だとしたら左腕はどこ行ったんだって話になるけど……もっと遠くで折れて、ここで気付いたとか?」
「そうかも、しれない……ありがとう。もう帰ろ、ビリー。チャーリーに怒られちゃう」
「だね。ベルもなんかご機嫌ナナメだし。ボニーが寮で暮らしてくれれば平和なのになあ」
帰るのは、いいとして。問題は天使をどうするか。これが怪我した猫なら手当して世話すれば良いし、ぬいぐるみなら適当な布でもかき集めてどうにか縫いなおせるけど。石じゃオレたちにはどうにもできない。かといえまた捨てておくっていうのも、流石に。天使を拾ったらどうしますか、なんて学校でも教えないんだろうな。……あ。教えといえば。
「教会にでも渡す? どうすればいいか、一番よく知ってるだろうし」
「……! それが、いいかも。時々ごはんくれるとこ?」
「でも、いいけど……」
どうせなら。教会を頼る言い訳があるのなら。ついでに。……今は、チャーリーもいないし。
「行ってみたいとこがあるんだ。寮より更に南側になっちゃうけど。海沿い、ウォーターストリートのほう」
「……ウォーターストリートって、確か……」
ビリーたちの、って、少し不安げな小声。そんな顔しなくて大丈夫だよって伝えるために、オレは明るめの笑顔で返した。
「そうそう。オレたちの家があった――父さんと母さんが、多分しんじゃった場所」
「引き取ってくれてよかった~。もしチャーリーが売れ残りの新聞持って帰ってきたらさ、空いてるスペースに此処までの地図書いて、リトル・イタリーに置いとこうぜ。天使はここでバカンス中です~ってさ」
「うん。……でも……」
持ち上げたランタン越し、アーティーが泣きそうな顔になってるのが見えた。アーティーがしょげる必要ないのに。ほんと優しいなあ。火が髪に燃え移らないようにそっとハグしてから、オレは自分のランタンを誰かの墓石に置いた。
「いーのいーの! 父さんも母さんも、どっかには埋葬されてんでしょ。遠い親戚のとこかも、知らない人達との合同墓地かもわかんないけど。この教会じゃないんだなあって知れただけ良かったよ。付き合ってくれてありがと」
「それは……だって、ビリーもぼくに付き合ってくれたから」
「あはは、ほんと助かったよ。こういう機会のついでじゃないとさ、教会の人にも変に心配されちゃうし。チャーリーなんて以ての外だよ」
きっとチャーリーは、必要以上に色々気にしちゃうだろうから。オレは別に今の暮らしもそれなりに楽しんでるし、父さんと母さんのお墓だって生きてるうちに見つけられたらラッキーかな~程度で。本当に、そんなもんなのに。
「オレ、チャーリーと双子に生まれて良かったって思ってるけどさ。……チャーリーにこういう話しちゃうと、弟を寂しがらせてるなんて兄失格だ!! って変に自分を責めちゃうから。チャーリーはなんにも悪くないし、むしろチャーリーと一緒に生き残れたおかげで楽しく生きられてるのにさ。でも、いくら口でそう言っても伝わらないんだ」
オレが、弟だから。弟にそんなこと言わせるなんて、って結局堂々巡り。おんなじ日に生まれた片割れなのにって思うけど、普段ついチャーリーを頼りたくなるときの気持ちが片割れへのものなのか、兄へのそれなのかはオレにもわからない。教えてくれる親だってもういない。……オレが、弟がいなかったら、チャーリーはもっと気楽に生きられたかな。なんて口走った日にはどんな顔するか、それだけは嫌でもわかるから。
「それなら、態度で示そうと思って。楽しいな、幸せだなって、にこにこしてればチャーリーも安心するでしょ。……ただでさえ昔から迷惑かけてたのに、余計な心配させたくないし」
だから今日のことはナイショね。ウインクを飛ばせばアーティーは何か言いたそうだったけど、結局困り顔で微笑んだ。
「じゃあ、早く帰ろ。おひさま、もうとっくにいなくなってる」
「あっっそうだった! キャンドルが尽きる前にシスターに返して……」
引き返す前に、もう一度だけ墓地を見渡す。知らない名前たちの向こう側、海岸で銀の波が砕け散るのが見えた。――そっか。確かに、それでいいよね。なんてったって、セイラーだし。波が勝手に供えてくれた花を見送って、オレは世界で一番大きな墓に背を向けた。
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