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五公演目――瑠璃とエンジェルズシング
二曲目:コルダ・グローリア
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「え? 今日大叔父さん来てるの?」
それが、祖父母の家でコーヒーを口に運んでから初めて口にした言葉だった。お爺ちゃんはダイニングで新聞をひろげながら、お婆ちゃんはトルタ・パラディーゾにレモンの皮を飾りながら頷く。天国のお菓子なんて名前に相応しい、やさしい金色のケーキ。だけど作業中レモンの汁が目に飛んできたらしく、お爺ちゃんは黙ってお婆ちゃんを睨みつけた。素知らぬ顔のお婆ちゃん。そんなに嫌いなら別の部屋にでも行ってればいいのに。僕が来る前から広くもないダイニングでそっぽ向き合ってた。……母さんには、今日も変わりなかったよって伝えればいいか。溜息にもならない呼吸をひとつ置いて、僕はどちらかが続けてくれるのを待った。
「来とるよ。お前さんが来る少し前からな」
「少しってこたぁないでしょうよ。朝っぱらから部屋に引きこもっちゃってまあ」
「朝じゃない、ありゃ昼前じゃ」
「朝だよ! あたしゃまだカプチーノ飲んでたんだからね」
「お前さんがちんたら飲んどるからじゃろ」
「あ~~うんわかったありがとう! 午前中からいるんだね!」
僕が遮れば、立ち上がりかけてたお爺ちゃんは着席しお婆ちゃんもナイフを置いた。危ないなあもう。
「それじゃあそのトルタ、僕が大叔父さんに持って行くよ」
「そうかい。是非そうしとくれ。あたしゃもうあれと話したくもないよ」
「そう? 良い人だと思うけどなあ」
「どぉこが!! いい歳してそこら中ほっつき歩いて、ろくに稼ぎやしない!」
「自立しとるんだからワシらがとやかく言うもんでもないじゃろ」
「アンタは黙ってな!! 他所んちのことに口出してくんじゃないよ!」
「他所って……」
そりゃあ、お婆ちゃんの弟とお爺ちゃんは血繋がってないだろうけど。おかしいなあ。一応家族のはずなのに。もうダメだ。なに話しても言い争いにしかならない。様子見てきてって母さんからのお使いは果たしたよね。
「じゃあ僕大叔父さんの部屋行ってくるからね! コーヒーごちそうさま!」
「お待ち! コルダ、お前の分も持ってお行き」
「そうじゃそうじゃ。コーヒーももう一杯持っていくか?」
「アンタは余計なことしないで座ってな!!」
「はは……」
僕には二人とも優しいんだけどなあ。思わず浮かんだ苦笑いをステージ用のスマイルで誤魔化しながら、トルタの乗ったお皿ふたつとフォークだけ受け取ってダイニングを出た。
「エンリコ大叔父さ~ん! 入るよ!」
一番玄関側、ベッドと机がぎちぎちに詰め込まれてる窮屈なスペース。そこが大叔父さんの部屋……兼、物置だった。僕だったら一日で散らかしちゃいそうな空間の隅っこで、サンタクロースみたいな……というにはしなしなの白髭を貯えた。鼻眼鏡の瘦せた男性がうずくまって何か呟いてる。うん、良かった。前回会ったときと然程変わりないみたい。
「大叔父さん、久しぶり。僕だよ、コルダ」
「……コルダ? アルコはどうした」
「あ~……家で別の手伝いしてるんだ。僕がお婆ちゃんたちの様子見に来る係、みたいな」
「ああ。それがいい。姉さんはアルコのことが気に入らないらしいからな。いや、お前の親父さんがというべきか。どうせ年寄りになりゃみ~んな白髪だ。髪色がちょっと違うぐらい気にしなきゃ良いものを。なぁ?」
「……まあね」
僕が部屋に入ったのが見えたからか、お婆ちゃんはコーヒー要る要らない論争から話題を変えたみたいだった。……ばっちり聞こえてるっていうの分かってないんだろうなあ。でも僕は……僕らは、昔から気付いてた。ほら、まただ。コルダは良い子で可愛い、コルダだけが良かった、アルコも悪い子じゃあないが、どうもあの黒髪がうちの家族とは思えない、きっと父方に黒髪がいたに違いない、だから初期移民はやめておけと言ったんだ、なのにアンタが……なんて、最終的に夫婦喧嘩に逆戻りするとこまでいつもどおり。なんでそんなこと言うの、アルコのこといじめないで……って、最後に主張したのは十年近く前。ごめんねって、いじめたんじゃないのよ、って、お婆ちゃんは眉尻を下げて言ったんだ。……その時は。
「なんだ、じゃああれは見間違いだったか。アルコによく似とると思ったが」
「見間違い?」
いや、ここに来るまでに少年を見かけてな……って、言いながら。大叔父さんは握っていた左手をそっとひらいた。
「……白い……左腕?」
それが、祖父母の家でコーヒーを口に運んでから初めて口にした言葉だった。お爺ちゃんはダイニングで新聞をひろげながら、お婆ちゃんはトルタ・パラディーゾにレモンの皮を飾りながら頷く。天国のお菓子なんて名前に相応しい、やさしい金色のケーキ。だけど作業中レモンの汁が目に飛んできたらしく、お爺ちゃんは黙ってお婆ちゃんを睨みつけた。素知らぬ顔のお婆ちゃん。そんなに嫌いなら別の部屋にでも行ってればいいのに。僕が来る前から広くもないダイニングでそっぽ向き合ってた。……母さんには、今日も変わりなかったよって伝えればいいか。溜息にもならない呼吸をひとつ置いて、僕はどちらかが続けてくれるのを待った。
「来とるよ。お前さんが来る少し前からな」
「少しってこたぁないでしょうよ。朝っぱらから部屋に引きこもっちゃってまあ」
「朝じゃない、ありゃ昼前じゃ」
「朝だよ! あたしゃまだカプチーノ飲んでたんだからね」
「お前さんがちんたら飲んどるからじゃろ」
「あ~~うんわかったありがとう! 午前中からいるんだね!」
僕が遮れば、立ち上がりかけてたお爺ちゃんは着席しお婆ちゃんもナイフを置いた。危ないなあもう。
「それじゃあそのトルタ、僕が大叔父さんに持って行くよ」
「そうかい。是非そうしとくれ。あたしゃもうあれと話したくもないよ」
「そう? 良い人だと思うけどなあ」
「どぉこが!! いい歳してそこら中ほっつき歩いて、ろくに稼ぎやしない!」
「自立しとるんだからワシらがとやかく言うもんでもないじゃろ」
「アンタは黙ってな!! 他所んちのことに口出してくんじゃないよ!」
「他所って……」
そりゃあ、お婆ちゃんの弟とお爺ちゃんは血繋がってないだろうけど。おかしいなあ。一応家族のはずなのに。もうダメだ。なに話しても言い争いにしかならない。様子見てきてって母さんからのお使いは果たしたよね。
「じゃあ僕大叔父さんの部屋行ってくるからね! コーヒーごちそうさま!」
「お待ち! コルダ、お前の分も持ってお行き」
「そうじゃそうじゃ。コーヒーももう一杯持っていくか?」
「アンタは余計なことしないで座ってな!!」
「はは……」
僕には二人とも優しいんだけどなあ。思わず浮かんだ苦笑いをステージ用のスマイルで誤魔化しながら、トルタの乗ったお皿ふたつとフォークだけ受け取ってダイニングを出た。
「エンリコ大叔父さ~ん! 入るよ!」
一番玄関側、ベッドと机がぎちぎちに詰め込まれてる窮屈なスペース。そこが大叔父さんの部屋……兼、物置だった。僕だったら一日で散らかしちゃいそうな空間の隅っこで、サンタクロースみたいな……というにはしなしなの白髭を貯えた。鼻眼鏡の瘦せた男性がうずくまって何か呟いてる。うん、良かった。前回会ったときと然程変わりないみたい。
「大叔父さん、久しぶり。僕だよ、コルダ」
「……コルダ? アルコはどうした」
「あ~……家で別の手伝いしてるんだ。僕がお婆ちゃんたちの様子見に来る係、みたいな」
「ああ。それがいい。姉さんはアルコのことが気に入らないらしいからな。いや、お前の親父さんがというべきか。どうせ年寄りになりゃみ~んな白髪だ。髪色がちょっと違うぐらい気にしなきゃ良いものを。なぁ?」
「……まあね」
僕が部屋に入ったのが見えたからか、お婆ちゃんはコーヒー要る要らない論争から話題を変えたみたいだった。……ばっちり聞こえてるっていうの分かってないんだろうなあ。でも僕は……僕らは、昔から気付いてた。ほら、まただ。コルダは良い子で可愛い、コルダだけが良かった、アルコも悪い子じゃあないが、どうもあの黒髪がうちの家族とは思えない、きっと父方に黒髪がいたに違いない、だから初期移民はやめておけと言ったんだ、なのにアンタが……なんて、最終的に夫婦喧嘩に逆戻りするとこまでいつもどおり。なんでそんなこと言うの、アルコのこといじめないで……って、最後に主張したのは十年近く前。ごめんねって、いじめたんじゃないのよ、って、お婆ちゃんは眉尻を下げて言ったんだ。……その時は。
「なんだ、じゃああれは見間違いだったか。アルコによく似とると思ったが」
「見間違い?」
いや、ここに来るまでに少年を見かけてな……って、言いながら。大叔父さんは握っていた左手をそっとひらいた。
「……白い……左腕?」
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