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四公演目――琥珀とラウドスピーカー
三曲目:チャーリー・セイラー
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「だから私は妹が私立に行けば良いって言ったのよ? なのにパパったら女が学を極めたって意味がないだろう、ですって! 盲ろうの少女を女子大に行かせた伝説の家庭教師だって女性なのに、時代錯誤も甚だしくて嫌になっちゃう! そこまで弟に勉強させたいのなら、彼女ぐらい素晴らしい教師を家で雇うべきだわ! 弟が留年したのもパパが何も分かってないくせにうるさく言うせいよ! そう思わない!?」
「……一人しか学校に行かせられないのなら、下のきょうだいを優先させたいというのは同感だ。うちは弟しかいないし、学校も行っていないから男女の学歴差については分からないが、もし弟が妹だったとしても俺はいいから妹を学校に、と言っていただろうな」
「そうよね! 私は機織りも嫌いじゃないからまだいいわ。でも妹の退屈そうな顔ったら!! ……丁度よかったわ、紅茶お代わり頂けるかしら? 彼にもお願い」
俺たちが着てるようなのとは材質からして違う、黒いベストの男が頷いて去っていく。薔薇だかなんだか、よく分からない複雑な模様の絨毯に、宝石っぽいものが幾つもぶら下がってる照明。ツヤツヤの石でできたテーブルの上には、銀でできたティーポットと白いカップ。アイスクリームやフルーツがのっていた背の高いグラスはとっくに空だ。よれたシャツと薄汚れたベストじゃどう考えても場違いすぎる。早く会話を終わらせて帰ろう、と思っていたのも束の間。彼女の相談事がきょうだい、それも弟と妹についてだったものだから、うっかり真剣に耳を傾けてしまった。途中から素に戻っていたがもう気にしないことにする。年上とはいえ一歳しか違わないのだから、無理にかわいい子ぶる必要もないだろう。
「はあ……弟が心配だわ。学校でいじめられてないかしら。あの子、見た目が少し珍しいから……」
「なら、やはり家に居たほうが良いんじゃないか? 誘拐される可能性もあるだろう」
「そうねえ……男の子だし大丈夫だとは思うんだけど……目もあまり良くないし、通学中事故に遭ったりしたら……」
男、でも。悪い大人に狙われ、攫われることはある。天に寵愛され、美しく秀でた少年は特に。……連れ戻す側として、嫌というほど知っている。そしてその度に、お袋は泣いていた。親父は。……親父は、なんと言っていたか。何故、あの子を家に閉じ込めておかなかった? そうだ。だってあの子は。
弟は、外が。太陽の下が、好きだから。
「……外に出てはいけないと、言いたくなかったんじゃないか」
「え?」
ワンピースと同じ濃い青の。少女の瞳が長い睫毛と共に揺れた。それよりももう少しだけ明るい、大きくて零れ落ちそうな碧眼を思い出す。その目を、海に沈ませたくはなかった。だけど陽の光を奪いたかったわけでもなくて。そう、だから。俺が一緒に産まれてきてくれて良かったと、親父は自分そっくりな黒髪を撫でたんだ。お前が俺たちに似ているおかげで、あの子は陽の下をのびのびと歩けるんだよ、と。
「男同士の俺たちと違って、君たち姉妹と弟が同じ職に就くのは難しい。だから将来彼がひとりでもちゃんと歩けるように、学校で学ばせようとしたんじゃないか?」
だとしても、やり方をもう少し工夫できるとは思うが。そう付け加えると、彼女は口を閉ざし考え込んでしまった。新しいポットが置かれ、冷めきった紅茶がカップごと下げられていく。砂時計の砂が落ちきった頃、彼女はようやく口を開いた。
「そうね。私がこどもみたいに喚くから、パパも本当のことを話してくれなかったのかもしれないわ。三つ子だけど、姉ですもの。弟と妹のことが心配なのって、ちゃんと冷静に話し合ってみるわ」
「それがいい……待て、三つ子??」
衝撃で話の本筋が吹っ飛んだ俺を他所に。そうと決まれば、早速なんて言えばいいか考えなくちゃ! と彼女は張り切りノートとペンを取り出す。結局俺が解放されたのは、陽も沈みかけた黄昏時だった。
「オ、伊達男じゃねェかア。なんだァ、一人かア?」
渡された切符で寮の近くまで地下鉄に乗り。地上へ出た頃には星がみえはじめていた。歩き出してすぐ、背後から訛り気味の声。振り向かずとも、奴と帰る羽目になるのは分かっていた。
「父親の愚痴に付き合わされただけだ。お前らが言うようなデートじゃない」
「……ふゥん。そウかよオ」
「なんだよ、お前らが勝手に期待しただけだろ」
「まァ、それもそウだなア。オ前が無駄に張り切ィてるもんだから勘違イしたア」
前髪で目は見えないが、口元と声色で何を言いたいかは分かる。何故俺に突っかかってくるのかは知らないが、確かに今回は俺に非があった。
「……ああ、帰ったら謝る」
「そウしろオ。アイつ、律儀にずゥと寮で待ァてるからなア」
「ずっとって、お前いつまで寮に居たんだ?」
「昼前だなア。今日は劇場街の学校に行ィてたからよオ」
学校。俺はあまり興味がない。が、ウィリアムは行けばきっと楽しく過ごしただろう。生憎俺たちにそんな暇も金もないが。
「楽しいか? 学校忍び込んで」
「楽しイつウかア、羨ましイなア。同イ年のくせにイ、アイつらどんどん新しイこと勉強してんだろオ? 金の心配もねェんだろなア」
「じゃあ今日はハイスクールにでも行ったのか? 前はエレメンタリー見に行ってただろ」
「今日は全部一緒になァてるとこだなア。オ上品な奴ばァかだァたア」
彼女のいう私立とやらだろうか。三人とも公立に入れれば、と思わなくもなかったが、成程治安を考えてのことなんだろう。
「警備もきつくてよオ、見つかァて追イ回されてきたア」
「そうか。護衛の参考にしろよ」
「オ前ほんとビリーのことばァかだなア」
当然だ。だから。あの子を閉じ込めず、かつ危険に晒されない方法を考えなくては。喧しいだけの兄にはなりたくない。自然と歩幅がひろがる。どこかの家のラジオが午後七時を告げていた。
「……一人しか学校に行かせられないのなら、下のきょうだいを優先させたいというのは同感だ。うちは弟しかいないし、学校も行っていないから男女の学歴差については分からないが、もし弟が妹だったとしても俺はいいから妹を学校に、と言っていただろうな」
「そうよね! 私は機織りも嫌いじゃないからまだいいわ。でも妹の退屈そうな顔ったら!! ……丁度よかったわ、紅茶お代わり頂けるかしら? 彼にもお願い」
俺たちが着てるようなのとは材質からして違う、黒いベストの男が頷いて去っていく。薔薇だかなんだか、よく分からない複雑な模様の絨毯に、宝石っぽいものが幾つもぶら下がってる照明。ツヤツヤの石でできたテーブルの上には、銀でできたティーポットと白いカップ。アイスクリームやフルーツがのっていた背の高いグラスはとっくに空だ。よれたシャツと薄汚れたベストじゃどう考えても場違いすぎる。早く会話を終わらせて帰ろう、と思っていたのも束の間。彼女の相談事がきょうだい、それも弟と妹についてだったものだから、うっかり真剣に耳を傾けてしまった。途中から素に戻っていたがもう気にしないことにする。年上とはいえ一歳しか違わないのだから、無理にかわいい子ぶる必要もないだろう。
「はあ……弟が心配だわ。学校でいじめられてないかしら。あの子、見た目が少し珍しいから……」
「なら、やはり家に居たほうが良いんじゃないか? 誘拐される可能性もあるだろう」
「そうねえ……男の子だし大丈夫だとは思うんだけど……目もあまり良くないし、通学中事故に遭ったりしたら……」
男、でも。悪い大人に狙われ、攫われることはある。天に寵愛され、美しく秀でた少年は特に。……連れ戻す側として、嫌というほど知っている。そしてその度に、お袋は泣いていた。親父は。……親父は、なんと言っていたか。何故、あの子を家に閉じ込めておかなかった? そうだ。だってあの子は。
弟は、外が。太陽の下が、好きだから。
「……外に出てはいけないと、言いたくなかったんじゃないか」
「え?」
ワンピースと同じ濃い青の。少女の瞳が長い睫毛と共に揺れた。それよりももう少しだけ明るい、大きくて零れ落ちそうな碧眼を思い出す。その目を、海に沈ませたくはなかった。だけど陽の光を奪いたかったわけでもなくて。そう、だから。俺が一緒に産まれてきてくれて良かったと、親父は自分そっくりな黒髪を撫でたんだ。お前が俺たちに似ているおかげで、あの子は陽の下をのびのびと歩けるんだよ、と。
「男同士の俺たちと違って、君たち姉妹と弟が同じ職に就くのは難しい。だから将来彼がひとりでもちゃんと歩けるように、学校で学ばせようとしたんじゃないか?」
だとしても、やり方をもう少し工夫できるとは思うが。そう付け加えると、彼女は口を閉ざし考え込んでしまった。新しいポットが置かれ、冷めきった紅茶がカップごと下げられていく。砂時計の砂が落ちきった頃、彼女はようやく口を開いた。
「そうね。私がこどもみたいに喚くから、パパも本当のことを話してくれなかったのかもしれないわ。三つ子だけど、姉ですもの。弟と妹のことが心配なのって、ちゃんと冷静に話し合ってみるわ」
「それがいい……待て、三つ子??」
衝撃で話の本筋が吹っ飛んだ俺を他所に。そうと決まれば、早速なんて言えばいいか考えなくちゃ! と彼女は張り切りノートとペンを取り出す。結局俺が解放されたのは、陽も沈みかけた黄昏時だった。
「オ、伊達男じゃねェかア。なんだァ、一人かア?」
渡された切符で寮の近くまで地下鉄に乗り。地上へ出た頃には星がみえはじめていた。歩き出してすぐ、背後から訛り気味の声。振り向かずとも、奴と帰る羽目になるのは分かっていた。
「父親の愚痴に付き合わされただけだ。お前らが言うようなデートじゃない」
「……ふゥん。そウかよオ」
「なんだよ、お前らが勝手に期待しただけだろ」
「まァ、それもそウだなア。オ前が無駄に張り切ィてるもんだから勘違イしたア」
前髪で目は見えないが、口元と声色で何を言いたいかは分かる。何故俺に突っかかってくるのかは知らないが、確かに今回は俺に非があった。
「……ああ、帰ったら謝る」
「そウしろオ。アイつ、律儀にずゥと寮で待ァてるからなア」
「ずっとって、お前いつまで寮に居たんだ?」
「昼前だなア。今日は劇場街の学校に行ィてたからよオ」
学校。俺はあまり興味がない。が、ウィリアムは行けばきっと楽しく過ごしただろう。生憎俺たちにそんな暇も金もないが。
「楽しいか? 学校忍び込んで」
「楽しイつウかア、羨ましイなア。同イ年のくせにイ、アイつらどんどん新しイこと勉強してんだろオ? 金の心配もねェんだろなア」
「じゃあ今日はハイスクールにでも行ったのか? 前はエレメンタリー見に行ってただろ」
「今日は全部一緒になァてるとこだなア。オ上品な奴ばァかだァたア」
彼女のいう私立とやらだろうか。三人とも公立に入れれば、と思わなくもなかったが、成程治安を考えてのことなんだろう。
「警備もきつくてよオ、見つかァて追イ回されてきたア」
「そうか。護衛の参考にしろよ」
「オ前ほんとビリーのことばァかだなア」
当然だ。だから。あの子を閉じ込めず、かつ危険に晒されない方法を考えなくては。喧しいだけの兄にはなりたくない。自然と歩幅がひろがる。どこかの家のラジオが午後七時を告げていた。
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