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三公演目――兄たちのサニーサイド
二曲目:チャーリー・セイラー
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「なあボニー、お前どこに住んでるんだ? 寮にはいないだろ」
「へっ!? あーっ、なんというか……」
「……言えないなら別に良い。そこまで興味があるわけじゃない」
「いやあ、改めて道順を説明するとなると分からなくなってね……ここからそんなに遠くないと思うんだけど……」
「……それで毎日よく帰れるな……」
「ははは……」
本当に、大した興味はなかった。ただ待ち合わせ場所に指定されたのがいつもの公園でも寮の前でもなく、歩いて十分のリトル・イタリーだったから。この近くなのか、と思っただけだ。実際のところどうだろうがどうでもいい。そもそも固定の寝床なんかなくて、いつも適当な路地裏で寝ている可能性もある。寮のベッドだってひとり一台使えたら良いほうだ。ひょろ長いこいつには狭いだろう、……と、右隣に目をやった矢先。ボニーはカフェの下げ看板に顔から突っ込んでいった。
「イッッ!? ……ったぁ……」
「余所見してるからだろ。ショーケースなんか見たって意味ないだろうに。眼鏡は無事か?」
「ごめんよ、お昼時だからつい……なんとかね」
「そりゃ良かった。仕事に支障が出たら困る」
「まあ僕ほぼ立ってるだけなんだけどね。殴り合いじゃ役にたてないし……えーっと……あれ、僕ら今どっちに向かって歩いてる?」
「北だろ……この辺り来たことないのか?」
「いや! 何回か歩いてるはず……あ! あの通り、ブロードウェイじゃないかい? あっちに出れば迷子にはならない……はず!」
ボニーが向けた視線の先、多くの車が行き交う大通り。確かにブロードウェイのようだ。所謂エンターテイメント街ではなく、道の名前としての。来た道は覚えているが、このままこいつに任せて歩くのも心もとない。わかりやすい道に出ても良いだろう。
「あー、でもビリーたちと鉢合わせちゃうかな?」
「……何故それを気にする?」
「えっ、……あ、はは! ごめん、早とちりしてたよ。チャーリーが僕と二人で話したい、なんてこの前の件しかないだろうなあって……あれ? でも違うならどうして……?」
「…………いや。合ってる」
話を切り出す手間は省けたが、なんだか調子が狂う。……そもそもこいつと二人で話したことなんかろくにない。調子なんてものあってないようなものかもしれないが。早くもウィリアムの待つ寮に帰りたい。が、そうもいかない。
「分かってるなら話は早い。先週お前が言っていた、ザ・アダマスの狙い――似てない双子について、知っていることを話せ。全てだ」
「んー、といってもなあ……僕もこの前伝えたこと以上は知らないんだ。十四歳の顔も髪色も何もかも違う双子を探してるらしい、ってことだけ。だからもしかしたら君たちのことじゃないかもしれないし……」
「……他に見たことがあるとでも言うのか? 髪色も目の色も顔つきも、性格も才能も、何もかも似てない双子を?」
「えっ、と……うーん、そもそも君たち以外の双子に会ったことがないからなあ……」
歯切れが悪い。今更なんだ。気でも遣っているのか? 無意味だ。似てないね、なんて言葉、物心つく頃には慣れきっていた。言われなくたって、そんなこと俺が一番分かってる。むしろ。
目玉を抉って酒樽に浸けてやるだろう。天の使いたる愛しの弟とこの俺が、似てるだなんて口にしようものなら!
「異母兄弟とかなら有り得るかもしれないけど、双子だからなあ……ただの兄弟だとしても、その……もう少し似てるとは思う、かなあ……ああでも、君たちは仲がいいし、別に似てないからダメってわけじゃあ……」
「当然だろう。あの子は特別なんだ。神に愛されて生まれた……こんな天気の良い日には、金糸の髪と蒼空の瞳が一段と輝く。誰も彼もあの子の甘い歌声に酔いしれて。微笑まれた日には天にも昇る心地だろうさ。ああ、俺の生はあの天使を護るためにあると、読み書きを覚えるより早く悟った……輝きに満ちた、最高の人生! だと、いうのに!」
それを、邪魔する奴がいる。ギャングだかなんだか知らないが、指一本触れさせるわけにはいかない。太陽に焦がれ、一番近くで守護し、焼け朽ちていくのは俺だけでいい。俺だけにしか許されない! なんのために双子として生まれてきたと思ってるんだ! ぽっと出の他人に明け渡すなんざまっぴらごめんだ!! だから!! ……だから、護らなければ。そのためには情報が必要だ。
「……チャーリーは本当に、ビリーのことを大切にしてるんだね」
いつの間にか、ブロードウェイまで辿り着いていた。少し先には、無駄にギラギラしたデパートなんかが見える。……カッとしすぎた。喧しいクラクションが声を掻き消したのか、幸い通行人から変な目で見られるようなことはなかった。尤も、明らかに孤児だって分かるような格好してるガキ共と、目を合わせようとする大人はいないだろうが。
「…………ああ。大切にしないわけが、ない」
「じゃあ、万が一のことも考えて備えておかないとね。もっと沢山情報を得られたらよかったんだけどなあ~……」
ボニーは溜息混じりで肩を落とす。残念がりたいのはこっちのほうだ。いや、待て。
「そもそも、だ。ボニーはどこでその噂とやらを聞いたんだ?」
「……え、あー……っと、それは……、ッ!!」
丸レンズの向こうがカッと開く。骨のような脚が動きを止めた。通行人が俺とボニーを邪魔くさそうに避けていく。
「どうした? おい、何か思い出したか?」
オリーブの瞳には真上にのぼった太陽と、デパートのネオンサインだけが映っていた。
「へっ!? あーっ、なんというか……」
「……言えないなら別に良い。そこまで興味があるわけじゃない」
「いやあ、改めて道順を説明するとなると分からなくなってね……ここからそんなに遠くないと思うんだけど……」
「……それで毎日よく帰れるな……」
「ははは……」
本当に、大した興味はなかった。ただ待ち合わせ場所に指定されたのがいつもの公園でも寮の前でもなく、歩いて十分のリトル・イタリーだったから。この近くなのか、と思っただけだ。実際のところどうだろうがどうでもいい。そもそも固定の寝床なんかなくて、いつも適当な路地裏で寝ている可能性もある。寮のベッドだってひとり一台使えたら良いほうだ。ひょろ長いこいつには狭いだろう、……と、右隣に目をやった矢先。ボニーはカフェの下げ看板に顔から突っ込んでいった。
「イッッ!? ……ったぁ……」
「余所見してるからだろ。ショーケースなんか見たって意味ないだろうに。眼鏡は無事か?」
「ごめんよ、お昼時だからつい……なんとかね」
「そりゃ良かった。仕事に支障が出たら困る」
「まあ僕ほぼ立ってるだけなんだけどね。殴り合いじゃ役にたてないし……えーっと……あれ、僕ら今どっちに向かって歩いてる?」
「北だろ……この辺り来たことないのか?」
「いや! 何回か歩いてるはず……あ! あの通り、ブロードウェイじゃないかい? あっちに出れば迷子にはならない……はず!」
ボニーが向けた視線の先、多くの車が行き交う大通り。確かにブロードウェイのようだ。所謂エンターテイメント街ではなく、道の名前としての。来た道は覚えているが、このままこいつに任せて歩くのも心もとない。わかりやすい道に出ても良いだろう。
「あー、でもビリーたちと鉢合わせちゃうかな?」
「……何故それを気にする?」
「えっ、……あ、はは! ごめん、早とちりしてたよ。チャーリーが僕と二人で話したい、なんてこの前の件しかないだろうなあって……あれ? でも違うならどうして……?」
「…………いや。合ってる」
話を切り出す手間は省けたが、なんだか調子が狂う。……そもそもこいつと二人で話したことなんかろくにない。調子なんてものあってないようなものかもしれないが。早くもウィリアムの待つ寮に帰りたい。が、そうもいかない。
「分かってるなら話は早い。先週お前が言っていた、ザ・アダマスの狙い――似てない双子について、知っていることを話せ。全てだ」
「んー、といってもなあ……僕もこの前伝えたこと以上は知らないんだ。十四歳の顔も髪色も何もかも違う双子を探してるらしい、ってことだけ。だからもしかしたら君たちのことじゃないかもしれないし……」
「……他に見たことがあるとでも言うのか? 髪色も目の色も顔つきも、性格も才能も、何もかも似てない双子を?」
「えっ、と……うーん、そもそも君たち以外の双子に会ったことがないからなあ……」
歯切れが悪い。今更なんだ。気でも遣っているのか? 無意味だ。似てないね、なんて言葉、物心つく頃には慣れきっていた。言われなくたって、そんなこと俺が一番分かってる。むしろ。
目玉を抉って酒樽に浸けてやるだろう。天の使いたる愛しの弟とこの俺が、似てるだなんて口にしようものなら!
「異母兄弟とかなら有り得るかもしれないけど、双子だからなあ……ただの兄弟だとしても、その……もう少し似てるとは思う、かなあ……ああでも、君たちは仲がいいし、別に似てないからダメってわけじゃあ……」
「当然だろう。あの子は特別なんだ。神に愛されて生まれた……こんな天気の良い日には、金糸の髪と蒼空の瞳が一段と輝く。誰も彼もあの子の甘い歌声に酔いしれて。微笑まれた日には天にも昇る心地だろうさ。ああ、俺の生はあの天使を護るためにあると、読み書きを覚えるより早く悟った……輝きに満ちた、最高の人生! だと、いうのに!」
それを、邪魔する奴がいる。ギャングだかなんだか知らないが、指一本触れさせるわけにはいかない。太陽に焦がれ、一番近くで守護し、焼け朽ちていくのは俺だけでいい。俺だけにしか許されない! なんのために双子として生まれてきたと思ってるんだ! ぽっと出の他人に明け渡すなんざまっぴらごめんだ!! だから!! ……だから、護らなければ。そのためには情報が必要だ。
「……チャーリーは本当に、ビリーのことを大切にしてるんだね」
いつの間にか、ブロードウェイまで辿り着いていた。少し先には、無駄にギラギラしたデパートなんかが見える。……カッとしすぎた。喧しいクラクションが声を掻き消したのか、幸い通行人から変な目で見られるようなことはなかった。尤も、明らかに孤児だって分かるような格好してるガキ共と、目を合わせようとする大人はいないだろうが。
「…………ああ。大切にしないわけが、ない」
「じゃあ、万が一のことも考えて備えておかないとね。もっと沢山情報を得られたらよかったんだけどなあ~……」
ボニーは溜息混じりで肩を落とす。残念がりたいのはこっちのほうだ。いや、待て。
「そもそも、だ。ボニーはどこでその噂とやらを聞いたんだ?」
「……え、あー……っと、それは……、ッ!!」
丸レンズの向こうがカッと開く。骨のような脚が動きを止めた。通行人が俺とボニーを邪魔くさそうに避けていく。
「どうした? おい、何か思い出したか?」
オリーブの瞳には真上にのぼった太陽と、デパートのネオンサインだけが映っていた。
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