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二公演目――弟たちのセレナーデ

四曲目:アルコ・グローリア

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 自分の足音しか聞こえない。同世代にしては背が高い方だけど、それでもまだこどもらしい背丈で良かったと思う。周りの大人は一瞬こちらに目を向けるだけで、走り去ってしまえばわざわざ追いかけてきたりはしなかった。撒いたか。見慣れたシアター前まで辿り着いて、ようやく足の力が抜けた。こんなことなら一人になんてなるんじゃなかった。今更悔やんだところで、ガラス扉一枚隔てたホール内はシャンデリアが赤いカーペットを照らしているだけで誰も居やしない。そりゃ、そうだ。みんなとっくに帰ったんだろう。コルダだって、今日はイレギュラー対応で疲れただろうし。自業自得だ。

 此処に居たって仕方ない。そう、思ってはいるのに。動けない。四公演終えたあとで、ひたすら走って。流石に脚が悲鳴をあげたか。でも帰るしかない。泣き言を喚いたところでどうにもならないのだから。だけど。

 優しい風が、シアター周辺に植えられた僅かな木々を揺らす。薔薇の香りも漂っている気がしたけど、それが人工のものか否かは判別できなかった。星は、どのみち目が霞んでみえない。どうせネオンだらけの街中じゃろくにみえやしないだろう。それでも終演後のシアター前は、誰も寄ってこないだけあって比較的穏やかだった。

「……ちょっと、休んでからでもいいか」

 さっき漏れ聞こえていた曲はなんといったか。比較的新しいものだったような気はするけど、タイトルまでは覚えてない。歌詞がついてないのなら、うちのバンドで扱うこともないだろう。尤も、あとから歌詞をつける可能性も否めないけど。ふん、ふふふん、なんて口ずさんでみたところで、喉の枯れに気付く。明日までに治さないと。学校の課題……は、来週までだったか。それから新譜の譜読み。いつもどおりコルダのパートを一回歌ってみせて、それから。でも、もう、疲れた。帰りたい。けどそれと同時に、このまま眠らずに街を彷徨っていれば、朝なんてこないんじゃないか、なんて。馬鹿げた思考に反して、瞼は重く沈んでいった。



  
『ねえ、もう待てないよ』
『そっと僕の傍にきて』
 
 そんな、天使の歌声を聴いた気がした。




「……ん、あれ……」

「あ、起きた? もう、びっくりしたよ。いなくなったと思ったらシアターで寝てるなんて」

「……ッ、え!?」

「うわ! 落っことしちゃうよ!」

 聞こえるはずのない声で一気に目が覚める。背を起こそうとすると、声の主は慌てて僕の肩と膝裏に力を込めた。恐る恐る顔を上げれば、街灯に透けた金の髪が瞼に触れた。くすぐったい。いやそれどころじゃない。この状態は。どう考えても。

「おっ、降ろしてコルダ! 僕平気だから!」

「え~いいのに。どうせもう家だよ?」

「だからって!! ぶっ通しでドラム叩いて腕疲れてるでしょ!?」

「んーそんなに。アルコたちがサポートしてくれたしね。それよりアルコ、脚むくんでるでしょ。声もちょっと枯れてるし」

「そ、れは……」

 ああ、もう。自分がとことん嫌になる。ただでさえ、コルダの足を引っ張ってるのに。そのくせ、意思と関係なく目頭が熱くなる。情けなくて仕方ない。コルダの、この美しい天才の、片割れだなんて名乗る資格が自分にあるんだろうか。見て見ぬふりをしていた感情が一気に溢れ出す。せめて口から零れてしまわないようにと、必死で唇を噛んだ。

「……ごめん、怒ってるんじゃないよ」

 黙りこくることしかできない僕に、コルダは優しい声音で続ける。

「辛いんじゃないかなって、心配なんだ。アルコのことが大好きだから」

 街灯が少なくなって、淡く青白い月光だけがコルダを照らす。眩しくは、なかった。

「双子なんだから、これぐらいさせて欲しいな。……あ、アルコが望むなら兄貴面でもいいけど」

 十二時間なんて誤差みたいなもんだけどね、と肩を竦めてコルダは笑う。ずっと、ずっと一番近くで聞いていた声と、ぼんやりした夜空。ゆりかごみたく揺れる腕の中が、なんだか心地よかった。

「……ううん、双子面がいい」

 まだ、寝苦しさの残る夏の夜。でも不思議と思い出されたのは、僕らの生まれた六月の月だった。
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