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初演――似てない双子と少年たちによるアインザッツ
四曲目:アルコ・グローリア
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「いやあ、素晴らしかったです!! 先程は出過ぎた真似をしてしまい大変申し訳ございませんでした。しかしまさか、本当にお一人でドラムのピンチヒッターをやってのけるとは!! 単独でレコードを出される際は是非我がディモンズが協賛を!」
「そういうのは兄さんではなく父さんに聞いてください」
公演後、アーノルドさんはわざわざ僕らの楽屋まで来て、廊下に響くほど大きな拍手と一緒にそう褒め称えた。喧しいから中に入ってください、と注意はしたけど、口元が少し緩んでしまった気がする。でもコルダの方がもっとニッコニコなものだから、あまり気にならなくなった。
「ううん、アルコや皆が頑張ってくれたおかげだよ! アルコが上手くリードしてくれたおかげで、トランペッターくんも最後の方は楽しそうだったし!」
「コルダがみんなをノらせてくれたからだよ。僕はリハーサルどおりやっただけ。コルダのパートは譜読み代わりに一回歌ったし……」
「あはは、いつもありがと! この調子で二回目以降の公演も楽しもうね、二人とも!」
「そうしたいのは山々なのですが、私この後実家の手伝いに呼ばれておりまして。本日はこれにて失礼させて頂きます」
「あ、そうなんだ。大変だねぇ御曹司も」
「いやいや、お二人ほどでは……おや!? これは!!」
突然壁に向かって駆け寄ったかと思うと、アーノルドさんは興奮した様子で何かを見つめだした。視線の先には額に入れられた一冊の楽譜。ああ、なるほどと僕らは揃って頷き彼の後を追った。
「これは……! かの名女優、マリー・アロムンカスのサインではないですか!? 何故ここに……!!」
「母と叔母の友人だそうで。親戚の結婚式にサプライズで来て頂いた際に書いていかれたとか」
「僕たちはほぼ覚えてないんだけどね~。三歳になるちょっと前だったし。でもなんとなく楽しかった気がするなぁ、もっと小さい子も泣かずににこにこしてたし」
「なるほど、なるほど!! お二人が三歳の年と言いますと十一年前……つまりマリー・アロムンカスが病死なさる直前、下手をすれば最期のサインの可能性もあるのでは……!?」
「あー、そっか、亡くなっちゃったんだっけ。息子さんと旦那さんどうしてるかなあ。うちのバンド聴きに来てくれたらお話しできるのに」
ぼんやり、朧気な記憶を手繰り寄せながら。なんとなく、綺麗で優しい女性が愛おしげに話していた彼らの存在を思い返す。コルダはまた会いたいなあなんて顔してるけど、父さんたちが囁いてた噂だとあの人は。無意識に眉を顰めていたのか、コルダが僕の顔を覗き込む。
「どうしたの? アルコ」
「ああ、いや……アロムンカス氏は、あまり子供がお好きじゃない、って聞いたから。僕らのステージは見に来ないんじゃないかな。仕事で忙しいだろうし」
「そうなの? 何してる人だっけ」
「新聞社の社長でいらっしゃいます。それもニューヨークで最も売れている日刊紙、ストリング・タイムズの。御子息とは友人なので時折話題に出ますが、ここだけの話、新聞少年への待遇もあまりよろしくはないとか……ああ、そうだ! 新聞といえば!」
アーノルドさんは突然辺りをキョロキョロ見回すと、ヒソヒソとやけに小声で続けた。
「これは実家の伝手で入手した情報ですが……ザ・アダマスについてはご存知でいらっしゃいますか?」
「アダマス……? なんだっけ、新しいブランドかなんか?」
「確か……新参のギャングでしたっけ」
「そう! 情報によると……彼は双子を探しているそうで」
「「……双子?」」
らしく、というかなんというか。僕ら二人の声が綺麗にハモる。アーノルドさんはそれに少し驚いたような顔をしながら、しかも、と続けた。
「それが、容姿が全く似ていない、十四歳の双子だそうです。それも金髪と黒髪の。お言葉ですが、お二人にも十分当てはまるかと思い念の為共有させて頂きました。というよりむしろ、同じ条件の双子がもう一組いるなんてこと、有り得るのでしょうか。……ああ! 勿論、情報料を徴収したりなど致しませんので、御安心を! おっと、もう行かなければ!」
それでは、私はこのあたりで! なんて歌うように言い残して、アーノルドさんは楽屋から去っていった。似てない、双子。生まれてこのかた十四年、どんな曲よりも多く耳にしたその言葉。嫌悪感はあれど、もう慣れたものだと思っていた。その、はずだった。
「……うーん、信憑性がいまいち分からないけど……でも僕らも外でサイン求められること増えてきたし、そろそろ気をつけないといけないかもね。護衛つけるってほどじゃないかもしれないけど。……アルコ?」
なのに。どうして、こんなにも。頭が心臓を宿したかのようにドクドクうるさくて。顔がのぼせて、息の仕方が分からなくて。返事が、できない。俯きはくはくと陸にあげられた魚のように、口を動かすことしかできなかった。コルダはそんな僕の頬を両手で挟んで、無理やり目と目を合わせた。
「アルコ、……アルコ!」
「ッッッ!! こ、るだ」
世界が揺れて、水に溺れる。ただコルダの弦を爪弾くような声色だけが、頼りだった。
「大丈夫。僕がいるよ。今日みたいに、二人でなんでも乗り越えてきたんだ。二人揃ってれば、ギャングだって怖くない! でしょ?」
だから笑って、そう言って頭を撫でられる。荒波の正体は未だにわからない。
だけど、コルダが、言うなら。
どんなに下手くそでも、笑うしかなかった。
「うん、ギャングは、怖くないよ」
「そういうのは兄さんではなく父さんに聞いてください」
公演後、アーノルドさんはわざわざ僕らの楽屋まで来て、廊下に響くほど大きな拍手と一緒にそう褒め称えた。喧しいから中に入ってください、と注意はしたけど、口元が少し緩んでしまった気がする。でもコルダの方がもっとニッコニコなものだから、あまり気にならなくなった。
「ううん、アルコや皆が頑張ってくれたおかげだよ! アルコが上手くリードしてくれたおかげで、トランペッターくんも最後の方は楽しそうだったし!」
「コルダがみんなをノらせてくれたからだよ。僕はリハーサルどおりやっただけ。コルダのパートは譜読み代わりに一回歌ったし……」
「あはは、いつもありがと! この調子で二回目以降の公演も楽しもうね、二人とも!」
「そうしたいのは山々なのですが、私この後実家の手伝いに呼ばれておりまして。本日はこれにて失礼させて頂きます」
「あ、そうなんだ。大変だねぇ御曹司も」
「いやいや、お二人ほどでは……おや!? これは!!」
突然壁に向かって駆け寄ったかと思うと、アーノルドさんは興奮した様子で何かを見つめだした。視線の先には額に入れられた一冊の楽譜。ああ、なるほどと僕らは揃って頷き彼の後を追った。
「これは……! かの名女優、マリー・アロムンカスのサインではないですか!? 何故ここに……!!」
「母と叔母の友人だそうで。親戚の結婚式にサプライズで来て頂いた際に書いていかれたとか」
「僕たちはほぼ覚えてないんだけどね~。三歳になるちょっと前だったし。でもなんとなく楽しかった気がするなぁ、もっと小さい子も泣かずににこにこしてたし」
「なるほど、なるほど!! お二人が三歳の年と言いますと十一年前……つまりマリー・アロムンカスが病死なさる直前、下手をすれば最期のサインの可能性もあるのでは……!?」
「あー、そっか、亡くなっちゃったんだっけ。息子さんと旦那さんどうしてるかなあ。うちのバンド聴きに来てくれたらお話しできるのに」
ぼんやり、朧気な記憶を手繰り寄せながら。なんとなく、綺麗で優しい女性が愛おしげに話していた彼らの存在を思い返す。コルダはまた会いたいなあなんて顔してるけど、父さんたちが囁いてた噂だとあの人は。無意識に眉を顰めていたのか、コルダが僕の顔を覗き込む。
「どうしたの? アルコ」
「ああ、いや……アロムンカス氏は、あまり子供がお好きじゃない、って聞いたから。僕らのステージは見に来ないんじゃないかな。仕事で忙しいだろうし」
「そうなの? 何してる人だっけ」
「新聞社の社長でいらっしゃいます。それもニューヨークで最も売れている日刊紙、ストリング・タイムズの。御子息とは友人なので時折話題に出ますが、ここだけの話、新聞少年への待遇もあまりよろしくはないとか……ああ、そうだ! 新聞といえば!」
アーノルドさんは突然辺りをキョロキョロ見回すと、ヒソヒソとやけに小声で続けた。
「これは実家の伝手で入手した情報ですが……ザ・アダマスについてはご存知でいらっしゃいますか?」
「アダマス……? なんだっけ、新しいブランドかなんか?」
「確か……新参のギャングでしたっけ」
「そう! 情報によると……彼は双子を探しているそうで」
「「……双子?」」
らしく、というかなんというか。僕ら二人の声が綺麗にハモる。アーノルドさんはそれに少し驚いたような顔をしながら、しかも、と続けた。
「それが、容姿が全く似ていない、十四歳の双子だそうです。それも金髪と黒髪の。お言葉ですが、お二人にも十分当てはまるかと思い念の為共有させて頂きました。というよりむしろ、同じ条件の双子がもう一組いるなんてこと、有り得るのでしょうか。……ああ! 勿論、情報料を徴収したりなど致しませんので、御安心を! おっと、もう行かなければ!」
それでは、私はこのあたりで! なんて歌うように言い残して、アーノルドさんは楽屋から去っていった。似てない、双子。生まれてこのかた十四年、どんな曲よりも多く耳にしたその言葉。嫌悪感はあれど、もう慣れたものだと思っていた。その、はずだった。
「……うーん、信憑性がいまいち分からないけど……でも僕らも外でサイン求められること増えてきたし、そろそろ気をつけないといけないかもね。護衛つけるってほどじゃないかもしれないけど。……アルコ?」
なのに。どうして、こんなにも。頭が心臓を宿したかのようにドクドクうるさくて。顔がのぼせて、息の仕方が分からなくて。返事が、できない。俯きはくはくと陸にあげられた魚のように、口を動かすことしかできなかった。コルダはそんな僕の頬を両手で挟んで、無理やり目と目を合わせた。
「アルコ、……アルコ!」
「ッッッ!! こ、るだ」
世界が揺れて、水に溺れる。ただコルダの弦を爪弾くような声色だけが、頼りだった。
「大丈夫。僕がいるよ。今日みたいに、二人でなんでも乗り越えてきたんだ。二人揃ってれば、ギャングだって怖くない! でしょ?」
だから笑って、そう言って頭を撫でられる。荒波の正体は未だにわからない。
だけど、コルダが、言うなら。
どんなに下手くそでも、笑うしかなかった。
「うん、ギャングは、怖くないよ」
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