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初演――似てない双子と少年たちによるアインザッツ
二曲目:コルダ・グローリア
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「ハ!? ドラム病欠!? おいおいマジかよ……」
下手側の舞台袖から悲鳴が聞こえて振り返ってみれば、父さんと何か話してたサブバンドマスターが頭を抱えてるとこだった。その一声で全員に伝わったのか、次々と焦りや困惑の声がステージ中を飛び交う。バンドマスターたる父さんもどうしたものかと編成表と睨めっこしているし、既にドレスへ着替え終えマイクの高さを調整していた母さんもあらまぁと手が止まってた。無理もない。さっき時計を見た時にはもう、本番二時間前を過ぎていたはず。複数人いるパートならまだしもドラムは基本一人だし、他のドラマーさんは休みのはずだから連絡しても到着は開演後。そこそこの緊急事態だ。そんな中、人の気配を感じて上手の舞台袖に向き直れば、見慣れた琥珀の瞳が何事かとパチクリ瞬きしているところだった。怪訝そうに傾げた首に合わせて、僕とお揃いに整えられた黒髪も揺れる。
「アルコ、メイク終わったの? ごめんね先に道具使わせてもらっちゃって」
「いいよ、僕がコルダの荷物ちゃんと確認しなかったのもいけないし……それよりこれ、なんの騒ぎ?」
「ドラムくんがお休みになっちゃったんだって。昨日ちょっと顔赤かったもんね。大丈夫かなぁ」
「休み!? 心配してる場合じゃないよ! ドラムは替えがきかないのに、どうしよう……」
『おや、おや! なんということでしょう!』
誰よりも狼狽えるアルコの背後からひょっこり現れた影。うわぁ!! と驚き飛び跳ねたアルコを抱きかかえつつ、僕は声の主に挨拶した。
「おはよう、アーノルドくん。元気そうだね」
「……なんだ、アーノルドさんですか。驚かせないでください……」
「これはこれは失礼致しました! いやあそれにしても、彼は無断で遅刻するような方ではないと思っていましたが、まさか病に倒れられていたとは! 実に嘆かわしい……! 是非我がディモンズと専売契約を結んだ新開発の解熱剤をお試し頂きたいものです!!」
キッチリ固められた七三分けの茶髪が、ステージライトに照らされてより明るく見える。この状況で、なんだか彼だけは生き生きとしていた。
「本当、こんな状況なのに商魂逞しいですね……」
「お褒めに預かり光栄です! コルダ様とアルコ様も何かお困りのことがございましたら是非御相談くださいませ! 優先的にVIPルームへご案内致します!」
「褒めてはないです。というかそのアルコ様、っていうの、ムズムズするので止めてもらえませんか?」
「それは思った! アーノルドくんの方が歳上なんだし、呼び捨てで良いのに」
「他でもないグローリア家の御子息を呼び捨てにするなど滅相もございません!! それもグローリア・ビッグバンドの顔たる双子の名ジャズシンガー!! 私のような新人タップダンサーにとっては尊敬すべき大先輩でございますから!!」
「アーノルドくんの方が立派なお家な気がするけどなぁ。お父さんデパート経営者なんでしょ? ……ってそうだ、こんな話してる場合じゃないんだった」
今なお混乱が続くステージを眺めつつ、今日の編成を頭に浮かべる。シンガーは母さんと僕ら二人で、サックス三人、トランペット四人、トロンボーン三人に、ピアノ、ベースが各一人。そして欠員がドラム一人分。タップを含めたダンサーさんやスタッフさん達はみんな楽器が出来なかったはず。曲の構成的にドラム無しは無理があるから……。それなら。
「うん、じゃあ僕がドラムやるよ」
「僕が、って……コルダ様が!? ドラムをですか!?」
アーノルドくんが叫んでくれたおかげで、他のバンドメンバーにも伝わったみたい。どういうことだ、と僕の周りに集まってきてくれた。ちょうどいいやと僕はさっきよりも声を一段階大きくして続けた。
「ドラム、いないんでしょ? 他にできる人いないし、僕やるよ」
「しかし、コルダ様は本日アルコ様とツインボーカルのご予定では?? ……というより、ドラムもお出来になるのですか!? ピアノであれば弾いている姿を拝見しておりますが……」
「コルダ……兄さんはうちのシアターにある楽器であれば一通りできます。ドラムも例外じゃありません」
「一通り!? そんな、天才児とはかねがねお聞きしておりましたがまさかそんな……!!」
「それで僕の分のボーカルだけど、トランペットの……そうそう、君! 確か歌もできたよね? 一曲だけ僕のパート代わってくれる? ただ僕のパートだと君のソロに間に合わなくなるはずだから、それだけアルコに任せるよ」
「つまり、欠員をドラムではなくトランペットにする、と……? しかしそれではコルダ様のピアノとお二人のデュエットで織り成すバラード曲はどうなさるのです!?」
「そこはピアノだけ母さんに代わってもらって、僕はドラム叩きながら歌おうかな。あの曲はハイハットしかないはずだから、マイクの位置さえ気を付ければ音も混ざらないよ」
「確かにそれなら……ですがコルダ様はともかく、失礼ながら他の御三方は今から対応しきれるのでしょうか?? 開演まであと一時間半もございませんが……」
なんで? そんなに難しいことは言ってないはず、みんな何度もやってる曲だし、楽譜さえあれば……と返そうとしたところで。笑顔で頷いてくれたのは母さんだけで、トランペッターくんや他のみんなは苦しげな表情だと気付いた。出来るわけない、俺は凡才なんだぞ……そんな言葉が聞こえてくる。でもこれ以外に方法はない。さもなくば、待っているのは公演中止。それだけは。そりゃあ、僕たちにとっては毎日数回やってるステージだけど。今日の公演を楽しみにして、ずっと前からチケットを買ってくれていたお客さんもいるのに。どうにか説得しようと口を開いた、時だった。
「やりましょう」
一際強い声音で、有無を言わせまいとするように。静かに話を聞いてくれていたアルコが、覚悟を決めた面持ちで言い放った。
「これ以上ない名案だと思います。最低限の変更で、ほぼいつも通りの公演が出来る。その中でも十二曲全部変更という一番大変な役割を背負ってくれるのは兄さん本人です。僕ら三人はせいぜい二、三曲立ち回りを変えるだけですから」
いやでも、そう言われても。煮え切らない様子のみんなに、アルコは更に語気を強める。
「他に策があるというのであれば聞かせてください。……ないですよね? 兄さんの案が最善に決まってます。もう時間がないんです。やるのであれば、早く練習した方が良いと思いませんか」
少し三白眼気味で、でも大きい琥珀の瞳が。大人たちを射抜くように鋭く細められる。十四歳のそれとは思えない気迫に、彼らはグローリアの双子にそこまで言われちゃ仕方ない、と肩を竦めた。
「ありがとう、アルコ。それじゃあ、早速リハーサルの準備を始めよう! 母さんは僕の楽譜を使って。三十分後には定位置に!」
そこまで言ったところで。ふと、父さんからの視線を感じ恐る恐る目を合わせる。……深い溜息、そして苦笑。これはきっと、勝手に話を進めたことだけ後で怒られるやつだ。ただアイデア自体は悪く思ってない、って顔。うん、それならいいや。ああ、そうだ!
「アルコ! あのさ、悪いんだけど」
「楽譜でしょ。コルダ、楽譜だけは書けないんだから」
「だって、読むより聴いて覚えた方が早いんだもん……。トランペッターくんの分、頼んだよ」
「言われなくても。それよりコルダは早くドラムの調整に移って。……一応聞くけど、楽譜、要らないでしょ?」
「勿論! 十二曲全部、どのパートも鮮明に覚えてるよ。ま、うっかり忘れちゃったらアドリブでどうにかするし!」
「ふふ、程々にね」
僕は読まないし書かないからよく分からないけど、本番前日に頼まれて楽譜を書かされたって前に父さんが愚痴を零してたのを覚えてる。それを三十分で、しかも頼む前にやろうとしてくれていたなんて。
「やっぱり、アルコが双子の片割れで良かったよ!」
「……うん、僕もだよ、コルダ」
じゃあ行ってくるね! と手を振れば、アルコも小さく微笑み手を振り返してくれた。ドラムスローンの前に立つと、ライドシンバルに僕の顔がうつる。父さんや母さんと同じ金髪と碧眼。アルコとは違う色。でもそんなのは関係ない。
誰がなんと言おうと、アルコは相棒で弟で、たった一人の双子の片割れなんだから!
下手側の舞台袖から悲鳴が聞こえて振り返ってみれば、父さんと何か話してたサブバンドマスターが頭を抱えてるとこだった。その一声で全員に伝わったのか、次々と焦りや困惑の声がステージ中を飛び交う。バンドマスターたる父さんもどうしたものかと編成表と睨めっこしているし、既にドレスへ着替え終えマイクの高さを調整していた母さんもあらまぁと手が止まってた。無理もない。さっき時計を見た時にはもう、本番二時間前を過ぎていたはず。複数人いるパートならまだしもドラムは基本一人だし、他のドラマーさんは休みのはずだから連絡しても到着は開演後。そこそこの緊急事態だ。そんな中、人の気配を感じて上手の舞台袖に向き直れば、見慣れた琥珀の瞳が何事かとパチクリ瞬きしているところだった。怪訝そうに傾げた首に合わせて、僕とお揃いに整えられた黒髪も揺れる。
「アルコ、メイク終わったの? ごめんね先に道具使わせてもらっちゃって」
「いいよ、僕がコルダの荷物ちゃんと確認しなかったのもいけないし……それよりこれ、なんの騒ぎ?」
「ドラムくんがお休みになっちゃったんだって。昨日ちょっと顔赤かったもんね。大丈夫かなぁ」
「休み!? 心配してる場合じゃないよ! ドラムは替えがきかないのに、どうしよう……」
『おや、おや! なんということでしょう!』
誰よりも狼狽えるアルコの背後からひょっこり現れた影。うわぁ!! と驚き飛び跳ねたアルコを抱きかかえつつ、僕は声の主に挨拶した。
「おはよう、アーノルドくん。元気そうだね」
「……なんだ、アーノルドさんですか。驚かせないでください……」
「これはこれは失礼致しました! いやあそれにしても、彼は無断で遅刻するような方ではないと思っていましたが、まさか病に倒れられていたとは! 実に嘆かわしい……! 是非我がディモンズと専売契約を結んだ新開発の解熱剤をお試し頂きたいものです!!」
キッチリ固められた七三分けの茶髪が、ステージライトに照らされてより明るく見える。この状況で、なんだか彼だけは生き生きとしていた。
「本当、こんな状況なのに商魂逞しいですね……」
「お褒めに預かり光栄です! コルダ様とアルコ様も何かお困りのことがございましたら是非御相談くださいませ! 優先的にVIPルームへご案内致します!」
「褒めてはないです。というかそのアルコ様、っていうの、ムズムズするので止めてもらえませんか?」
「それは思った! アーノルドくんの方が歳上なんだし、呼び捨てで良いのに」
「他でもないグローリア家の御子息を呼び捨てにするなど滅相もございません!! それもグローリア・ビッグバンドの顔たる双子の名ジャズシンガー!! 私のような新人タップダンサーにとっては尊敬すべき大先輩でございますから!!」
「アーノルドくんの方が立派なお家な気がするけどなぁ。お父さんデパート経営者なんでしょ? ……ってそうだ、こんな話してる場合じゃないんだった」
今なお混乱が続くステージを眺めつつ、今日の編成を頭に浮かべる。シンガーは母さんと僕ら二人で、サックス三人、トランペット四人、トロンボーン三人に、ピアノ、ベースが各一人。そして欠員がドラム一人分。タップを含めたダンサーさんやスタッフさん達はみんな楽器が出来なかったはず。曲の構成的にドラム無しは無理があるから……。それなら。
「うん、じゃあ僕がドラムやるよ」
「僕が、って……コルダ様が!? ドラムをですか!?」
アーノルドくんが叫んでくれたおかげで、他のバンドメンバーにも伝わったみたい。どういうことだ、と僕の周りに集まってきてくれた。ちょうどいいやと僕はさっきよりも声を一段階大きくして続けた。
「ドラム、いないんでしょ? 他にできる人いないし、僕やるよ」
「しかし、コルダ様は本日アルコ様とツインボーカルのご予定では?? ……というより、ドラムもお出来になるのですか!? ピアノであれば弾いている姿を拝見しておりますが……」
「コルダ……兄さんはうちのシアターにある楽器であれば一通りできます。ドラムも例外じゃありません」
「一通り!? そんな、天才児とはかねがねお聞きしておりましたがまさかそんな……!!」
「それで僕の分のボーカルだけど、トランペットの……そうそう、君! 確か歌もできたよね? 一曲だけ僕のパート代わってくれる? ただ僕のパートだと君のソロに間に合わなくなるはずだから、それだけアルコに任せるよ」
「つまり、欠員をドラムではなくトランペットにする、と……? しかしそれではコルダ様のピアノとお二人のデュエットで織り成すバラード曲はどうなさるのです!?」
「そこはピアノだけ母さんに代わってもらって、僕はドラム叩きながら歌おうかな。あの曲はハイハットしかないはずだから、マイクの位置さえ気を付ければ音も混ざらないよ」
「確かにそれなら……ですがコルダ様はともかく、失礼ながら他の御三方は今から対応しきれるのでしょうか?? 開演まであと一時間半もございませんが……」
なんで? そんなに難しいことは言ってないはず、みんな何度もやってる曲だし、楽譜さえあれば……と返そうとしたところで。笑顔で頷いてくれたのは母さんだけで、トランペッターくんや他のみんなは苦しげな表情だと気付いた。出来るわけない、俺は凡才なんだぞ……そんな言葉が聞こえてくる。でもこれ以外に方法はない。さもなくば、待っているのは公演中止。それだけは。そりゃあ、僕たちにとっては毎日数回やってるステージだけど。今日の公演を楽しみにして、ずっと前からチケットを買ってくれていたお客さんもいるのに。どうにか説得しようと口を開いた、時だった。
「やりましょう」
一際強い声音で、有無を言わせまいとするように。静かに話を聞いてくれていたアルコが、覚悟を決めた面持ちで言い放った。
「これ以上ない名案だと思います。最低限の変更で、ほぼいつも通りの公演が出来る。その中でも十二曲全部変更という一番大変な役割を背負ってくれるのは兄さん本人です。僕ら三人はせいぜい二、三曲立ち回りを変えるだけですから」
いやでも、そう言われても。煮え切らない様子のみんなに、アルコは更に語気を強める。
「他に策があるというのであれば聞かせてください。……ないですよね? 兄さんの案が最善に決まってます。もう時間がないんです。やるのであれば、早く練習した方が良いと思いませんか」
少し三白眼気味で、でも大きい琥珀の瞳が。大人たちを射抜くように鋭く細められる。十四歳のそれとは思えない気迫に、彼らはグローリアの双子にそこまで言われちゃ仕方ない、と肩を竦めた。
「ありがとう、アルコ。それじゃあ、早速リハーサルの準備を始めよう! 母さんは僕の楽譜を使って。三十分後には定位置に!」
そこまで言ったところで。ふと、父さんからの視線を感じ恐る恐る目を合わせる。……深い溜息、そして苦笑。これはきっと、勝手に話を進めたことだけ後で怒られるやつだ。ただアイデア自体は悪く思ってない、って顔。うん、それならいいや。ああ、そうだ!
「アルコ! あのさ、悪いんだけど」
「楽譜でしょ。コルダ、楽譜だけは書けないんだから」
「だって、読むより聴いて覚えた方が早いんだもん……。トランペッターくんの分、頼んだよ」
「言われなくても。それよりコルダは早くドラムの調整に移って。……一応聞くけど、楽譜、要らないでしょ?」
「勿論! 十二曲全部、どのパートも鮮明に覚えてるよ。ま、うっかり忘れちゃったらアドリブでどうにかするし!」
「ふふ、程々にね」
僕は読まないし書かないからよく分からないけど、本番前日に頼まれて楽譜を書かされたって前に父さんが愚痴を零してたのを覚えてる。それを三十分で、しかも頼む前にやろうとしてくれていたなんて。
「やっぱり、アルコが双子の片割れで良かったよ!」
「……うん、僕もだよ、コルダ」
じゃあ行ってくるね! と手を振れば、アルコも小さく微笑み手を振り返してくれた。ドラムスローンの前に立つと、ライドシンバルに僕の顔がうつる。父さんや母さんと同じ金髪と碧眼。アルコとは違う色。でもそんなのは関係ない。
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