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オウヴェルトゥーラ

零曲目:???

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 ピアノが軽やかに舞い踊り、サックスが哀愁を演出し。心を掴んで離さない魅惑の歌声に華を添えるように、トランペットソロが確かな技巧を響かせる。市街の中心にあるとは思えない、蔦に隠れた小さなビル。その一階、バーカウンターの隅に置かれたレコードプレイヤーから流れるジャズ・バラードが一巡すると、店主はレコードを取り出しふむ、と黙考仕草をみせる。やがて棚から何枚かのレコードをジャケットごと左腕で抱えると、コーヒーポットを右手に持ち吹き抜けになっている二階への階段をゆっくりのぼった。

「お食事はお済みかな? ……ああいや、急かしているわけではないんだ。次に何が聴きたいか、お好みがあれば聞こうと思ってね。今はお客さん一人しかいないから」

 さあ、どれがいい? 空になったコーヒーカップを退かし、店主はテーブルの上に数枚のレコードを並べた。

「さっきのも良い演奏だっただろう? 実はこの店のメンバーで収録したんだ。あの曲では目立たなかったけど、ドラムも、トロンボーンもちゃんといるよ。……僕? 僕はベースさ」

 片手におさまる小さめなレコードが八枚。内、四枚はどことなくジャケットのデザインや色味がそれぞれ似通っている。そうでない方の四枚は統一感がなく個性豊かだが、裏返すとまたそれぞれ一味違う一面になっている。

「それは七インチのレコード達さ。せいぜい片面に一、二曲しか入らない。シングルってやつだね。収録時期もアーティストも、曲のテイストもみんなバラバラ。でも何故か、最後には同じ音に辿り着くんだ。……って言われても、どれから聴けば良いか分からないよね」

 それじゃあ、と店主はメニューが数冊置かれたラックから、一枚の大きなレコードを手にし小さなレコードたちに被せるようにのせた。

「この子たちをオススメの順番に並べて収録したのが、このアルバムなんだ。ついでに何曲か繋ぎの曲も新録してるけどね。それからさっき流してた曲のリマスター版も。お客さん、初めて来てくれたみたいだし。特に好みがなければ、これをそのまま流すのもオススメだよ」

 チリン、と一階から鈴の音。ドアが開いたらしい。いらっしゃい! と吹き抜けの先に一声掛けると、店主はテーブルに広げたレコードを全て回収し客と目を合わせる。

「ひとまずはこれにしておこうか。気に入った曲があったら、次回シングルでお聞かせしよう。……おっと! 忘れてた」

 店主はそう言うとテーブル端へ寄せていたコーヒーカップを中央に戻し、ピアノ椅子に置いたままのポットから中身を注ぐ。再びレコードを抱えポットを手に持つと、彼は浅く、しかし悠然と一礼し客に微笑んだ。

「それでは。アルバム『クロスドツインズ』、どうぞごゆっくりお楽しみください」
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