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七章 木こりの唄

三十八話

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 馬車の外は騒々しい。陣営にシャラトーゼ本団が到着したのだ。予定より18時間遅れだった。

 本団の兵たちは、どういうことか疲れ切っていた。防具も泥で汚れており、負傷している者も少なくなかった。

「どうしたんだろう? 」

ホルンメラン分団の方は、幸いピオーネの策略がことごとくハマり、軽傷者が少しいるくらいの損害だった。

 なのに本団の兵士たちは陣営に到着するなりフラフラで、その場で座り込んでしまっていた。夕焼けに浮かぶシルエットが切ない。

 その後、しばらくして、本隊のテントに行っていたメイデン少将が戻ってきた。

「どうでした? 」

「向こうの指揮を取っているフリージア少将が疲労困憊でね。とても軍議が開けるような状況じゃないから諸々は明日になるそうだ。」

「大変そうですね。」

「そりゃあな。もうすでに予定より遅れているっていうのに。何があったんだ全く。」

「軍議が明日ってことは、まだここからは動けないんですか? 」

「そうだよ。それと、他人事みたいに言っているが、軍議には君も出るそうだよ。タイセイくん。」

「え、なんで? 」

「私は知らんよ。パゴスキー君がそう言っていたんだ。」

軍議に出るなんて、考えただけで今から胃がキリキリと痛んでくる。

 メイデン少将は少し苛立ちながらその後もボヤいていた。よくは分からなかったが、あいづちを打ちながら聞いていると、彼は疲れたといって自分のテントに帰っていった。

 昼間寝こけていたせいで、夜中になっても僕たちは眠れなかった。

「静かですね。」

ホルンメランの兵たちも、シャラトーゼの兵たちも、みな眠ってしまっていた。シャラトーゼの兵の中には、あまりの疲れに地べたで寝ている者もいた。

 目立つからいけないと、灯火も消されてしまったので、辺りは暗い。見上げた空は満天の星空だった。

「あそこにあるのは全部星かい? 」

「そりゃそうですよ。不思議なことを言いますね。」

「いやいや、流れ星みたいな蛍だっているんだから。」

元の世界とは違う、まだ見慣れない星々はホタルでなくとも、何かの生き物に見えてしまう。星座を決めた人々の心が今なら分かりそうだ。

 天の川はもちろんない。それらしいのもなかった。

「恋しいな。」

「ホルンメランが? 」

「いや、故郷が。」

今更ながら思い出してしまう。これだから、眠れない夜はいけない。

 従軍してから数日。穏やかで静かな夜は不似合いかもしれない。町の中ほども音がないから、淋しさが募ってくる。

「やっぱり夜は寝るべきだね。」

「寝られないならそれでもいいんじゃないですか? 」

ライアンくんは馬車の縁に座っている。

「けれどこんなに哀しいよ。気を抜けば涙が出そうだ。」

「センチメンタルですか? けれど悪夢を見るよりはいいでしょう。」

「悪夢は僕たちを置き去りにはせずにいてくれる。」

「もう無理にでも横になったほうがいい、タイセイさん。」

ライアンくんは僕を諭した。

 兵士くんが見当たらない。

「そういえば、兵士くんは? 」

「クロードくんなら、外です。」

「どうして? 」

「トレーニングだそうです。昼間カマキリに及び腰になったのが悔しかったのでしょう。」

「へえ、彼もそんなことを。」

「誰にだって悩みはありますよ。前に進もうとする人ならね。」

結局、僕はそのあと無理矢理眠った。

 


 翌朝、皮肉なほどに快晴だった。

「おはよう、君たち。」

「寝るのが遅かったせいで二人の寝起きもスッキリはしていない。」

馬車の窓の外を見ると、兵士たちもところどころでノッソリと起き上がっていた。

 朝食前に軍議は開かれた。僕にも昨晩言われた通りに招集がかかった。

 テントの中は、前より窮屈になっていた。シャラトーゼの将校まで含まれていたからだ。

 それだから、中に入るときはかなり緊張してしまった。僕の席は入り口近くに用意されていた。

 そこで僕は初めてシャラトーゼ指揮官のフリージア少将をみた。いかにも貴族という感じの男だったが、まだ疲れている様子だ。

 進行はピオーネがした。

「これより、ホルンメラン・シャラトーゼ連合軍によるニフライン征討の軍議を始めます。」

「ちょっと待った。」

さっそく割り込んだのは、フリージア少将だった。

「どうして軍人じゃない者がここにいるのだ? 」

僕のことじゃないか! さっそく彼は僕について突っ込んできた。

「こちらの問題です。」

「こっちの問題でもあるだろう? ホルンメランはそんなに軍人が足りないのか? 一般人を連れてきたって役に立たないだろう。」

「いえいえ、大いに役に立ってくれますよ。そちらの疲れ果てたボロ兵たちよりは。」

「貴様!! 」

いや、もうこの人たち協力する気ないじゃないか。

 メイデン少将と、シャラトーゼの副官が互いの指揮官をなだめたのでその場は一旦収まった。

 シャラトーゼの副官は女性だった。名前はスフレ・ファンプールといった。階級はなんとフリージア少将よりも上の中将だった。

 ファンプール中将がシャラトーゼ側の説明をした。

「我が軍はニフライン管轄内に入る際に防衛線を形成していたニフライン分団と交戦。恥ずかしながら苦戦を強いられ、進軍が遅れてしまいました。」

中将は淡々と話した。

 皆静かに聞いていたが、またフリージア少将が口を開いた。

「それなんだが、どうしてニフラインの防衛線は全くの無傷だったんだ? お前たちホルンメランが先に通っていたはずだろう? 」

 ピオーネが答えてしまうとまた舌戦になってしまうと察したメイデン少将が答えた。

「我らは敗走するニフライン分団に変装してニフラインに入ったので、防衛線とは一切交戦しておりません。」

シャラトーゼの将校たちはざわついた。

「なに? そうか。だからピンピンした状態でこちらを襲ってきたということか。」

フリージア少将は苦虫を噛んだような顔をしていた。

 再び、ファンプール中将が話し始めた。

「我らの軍は、すでに防衛線が崩壊した前提で進軍しておりましたので、万全の態勢で反撃されることは予期しておりませんでした。」

だからあんなにボロボロになっていたのか。

 フリージア少将は不満げだ。

「貴軍の策略で一番被害を被ったのは、我らというわけだ。何の皮肉なんだ? これは。」

「ただただあなたがマヌケだっただけでしょう。」

「何を!! 」

ああ、また始まっちゃったよ。会ってそれほど経ってもないだろうに、とんでもない仲の悪さだ。

 結局、副官二人が互いの指揮官をおさめて、以後はファンプール中将が進行した。

 彼女は、群青の髪を垂らしながら、卓上の地図を見下ろした。地図にはニフライン全域が示されている。

「私たちシャラトーゼ本団はこのまま西方へ侵攻し、直接ニフラインの都市を攻めます。ホルンメランの方々には南方に築かれている諸々の砦を抑えていただきたい。」

今度はホルンメランの将校たちがざわめき出した。

 当然だ。ようは、後からニフライン入りしてきた本団がいいとこ取りをしようという話である。ホルンメランの兵たちが納得するはずがない。

「それはおかしいだろう! 」

「そうだ! 本団だからって舐めるなよ! 」

ところどころから不満が叫ばれた。

 「やめてください! 」

それを止めたのは、驚くことにピオーネだった。

「やめてください、何を言ったところで変わるものでもないでしょう。」

一番納得しないだろうと思われたピオーネがこう言ったものだから、ホルンメランの将校たちもそれ以上は何も言わずに黙ってしまった。

 フリージア少将は少し機嫌が直った。

「ほう、田舎者の割には物分かりがいいじゃないか。」

「ええ、貴族よりは幾分か利口ですよ。」

ここの険悪さは相変わらずだった。二人の様子をファンプール中将は呆れた様子で見ていた。

 そのまま軍議が終わった。いや、長かった方だ。共同の軍議は方針だけ確認するものだから、普通はもっと短く済むはずのものである。

 ホルンメランの将校だけになったテント内で、ピオーネは他の将校たちに詰め寄られていた。

「少将! どうして引き下がったのです! あれじゃうちの兵たちは馬鹿を見ますよ! 」

「本団相手だからって卑屈になることないじゃないですか! 」

もっともな意見だった。

 だが、ピオーネは笑っていた。

「そんなに心配しなくても、功は逃げませんよ。」

彼女の言葉に、将校たちはポカンとしていた。
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