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七章 木こりの唄
三十六話
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どうしたことか、半日経ってもシャラトーゼ本団は到着しなかった。
「どうしたんだろうね? 道中で何かあったのかな? 」
「何かは分からないですけど、思わしくないことが起きてしまったのは確かでしょうね。」
本団は影も見えない。双眼鏡で辺りを見回している兵士くんがそう言うのだから、間違いはないだろう。
動物たちは相変わらず元気だ。長旅に付き合っているというのに、元気なやつらだ。
プレドーラで戦列に加わった、というか一番の功をあげたカエル馬も元気にぴょんぴょん跳ねている。
プレドーラ戦のあと、ご褒美に人参をいっぱいもらったようで、ご機嫌なのだ。
だけど、暇だ。本団が来る前に攻撃を始めるわけにもいかないので、ここから動けない。だからといってここで何かが起きるわけでもない。今だって僕は馬車の中でゴロゴロしている。
「何もすることないんです? 」
「そりゃそうだろ? 本団を待つ以外に何するって言うんだよ? 」
「歌い鳥。」
「あ……。」
完全に失念していた。そうだ、子爵から頼まれていたんだった! 穏やかな歌を歌ってくれる歌い鳥を作らなければならない。
歌い鳥は連日雅楽のメロディを力強く歌っている。ちょっとうるさく感じる時もあったけど、今ではいいBGMだ。
しかし、子爵はこれじゃ満足に眠れない。彼の安眠のためにも、もっと落ち着いたメロディーを歌うやつを配合してやらねばならない。
「ここらへんは生き物も多いですし、いろいろ試してみることができますよ。」
ライアンくんは図鑑をすでに出していた。
兵士くんも呼んでさっそく作業を開始した。けれどもなかなかアイデアが出ない。
音楽はちょっとふわふわしすぎている。いや、音楽家とかプロの人たちからしたらすごくしっかりとした概念があるのだろうが、素人の僕たちからしたら、よく分からないことが多い。
なので、結果としてそれを配合で作り出すというのも当然難航してしまう。
図鑑をいくらめくってみても、ろくな考えが浮かばない。
「もう手当たり次第配合してしまえばいいんじゃないですかね? 」
「いやそれは無理だよ。」
「なんでです? いつもやってるじゃありませんか? 」
「今回は行軍中だろ。下手に動物の数を増やしすぎると抱えきれなくなってしまう。自分たちが作った動物たちを置いていくなんてしたくないだろう? 」
「まあ、そうですけど……。」
今回は試作をむやみに試すことができない。
だから、一層何をしたらいいのかが分からなくなってしまった。すっかり途方に暮れている。
「どうしましょうか? 」
「もうホルンメランに帰ってからでいいんじゃないんですか? 」
「そうはいかんだろう。帰るのがいつになるのか分からないんだし。」
八方塞がりだ。ホルンメラン行く前に頑張って終わらせておけばよかったのに。
きっと遅れてしまってもノース子爵は許してくれるだろう。けれど、さすがに申し訳ない。
「悩んでいてもしょうがないですし、一旦外の空気でも吸いましょう。」
ライアンくんの提案に従って、僕たち三人は馬車の外に出た。
「ああ、やっぱり自然は空気が綺麗で美味しいですね。」
「そうだね。ホルンメランじゃあり得ないくらい澄んでいる。」
元の世界がどこもかしこも排気ガスまみれだった僕にとってはホルンメランの空気も十分綺麗なのだが、ここの空気は格別だ。
僕たちは陣営を出て、森林浴に洒落込んだ。森は静かで、少し暗い。時々鳥が翼を動かす音が聞こえて来るのが、森林に高く響いて、落ち着きがあった。
突然のことだった。
「ズドーン! 」
遠くから轟音が響いてきた。
「何の音だ? 今の。」
「陣営とはまた違う方向ですね。」
「砲弾でもないですよ、この音。」
すごい音だっただけに、無性に気になってしまった。
「ズドーン! 」
まただ。
「なんなんでしょう、本当に。」
「誰かいるんですかね。」
正直めちゃくちゃ気になる。だけど、同じくらい怖い。あんなにすごい音がしてるんだから、もしかしたら危ないかも知れない。
兵士くんとライアンくんは、やっぱり気になるようで、音のする方に歩き始めた。
「大丈夫なの? とんでもないやつがいたりとかしない? 」
「見に行くくらいなら大丈夫でしょ。」
兵士くんが先頭でズカズカと突き進んでいく。
「ズドーン! 」
また音が鳴った。さっきよりも近くなっている。
「こっちですよ。」
音のする方に早足で向かった。
無心に突き進む間にも、音は立て続けに聞こえていた。
「もうそろそろだとは思うんですけどね。」
そう兵士くんが呟いたときだった。
「ズドーン!! 」
目の前で巨木が倒れたのだ。
「木が倒れる音だったんですね、この音。」
巨木は根に近いあたりのところから倒れていた。
それより目についた影が一つ。
「木の向こうに誰かがいるぞ! 」
「身構えた方がいいですよ! 」
……木の向こうにいたのは、カマキリだった。
「あれって、魔物? カマキリの見た目してるけど。」
ただのカマキリというには無理があるくらいにデカいのだ。全長は人よりも大きい。深緑の体は森に溶け込んでいた。
カマキリは僕たちには目もくれず、また別の木のもとへと向かった。木の前までたどり着くと、体を大きくしならせて振りかぶった。
引き絞られた弓が放たれるようにカマキリのカマが振り抜かれた。全く抵抗がないかのように、巨木は切れてしまった。
「ズドーン! 」
とまた木が倒れた。
今度はすぐ次の木に行くことはなかった。
「~~♪~~~♪♪ 」
歌い始めたのだ。カマキリが歌うというのも、おかしな話だが、それでもそいつは歌った。
「これ、聞き覚えがあります。」
そう言ったのは兵士くんだった。
「このメロディ、僕の子供のときに聴いた記憶があります。」
「へえ、何の歌なの? 」
「たしか、『木こりの唄』だったと思います。実際に木こりのおじさんが歌っていました。」
ほほう、割と有名な歌のようだ。
「もしかしたらその歌、このカマキリがオリジナルなんじゃないんですかね? 」
「それは十分にあり得るな。てか人間がカマキリに歌を教えるほうが無理がないか? 」
「ハハ、それもそうですね。」
カマキリは歌を歌い終えると、また木を切り始めた。
「どうします、そっとして引き返しましょうか。」
「危ないやつなのかい? 」
「いや、こちらから何かをしない限りは危険はありません。なんせ木こりですから。」
ライアンくんは元来た道を引き返そうとした。
「でもあいつ、いい感じに歌ってたじゃないか。」
「はい? 何を考えて……」
「捕まえよう! 」
ライアンくんはため息をつき、兵士くんは露骨に嫌そうな顔をした。
兵士くんは剣を持っていた。
「いやいや、今回は僕はいやですよ? 」
自分に任せられるだろう仕事を察したのだろう。
「そんなこと言ったって、君の他にはいないじゃないか。」
「いますよ! 軍人が大量に! 」
ああ、それもそうか。
僕たちは一旦陣まで戻った。軍人たちはみんな暇そうにしていた。
ただやはり見知らぬ兵士に頼むわけにはいかない。それなりに強い人に頼まなければ、危ない。
しかし、知り合いとなると、将校になってしまう。流石にメイデン少将に頼むことはできない。彼にもしものことがあれば、僕たちの部隊から指揮官がいなくなってしまう。
他の部隊の方まで足をのばして知り合いを探した。
騎馬部隊は輪をかけて暇を持て余していた。馬たちは柵に繋がれて行儀良く並んでいた。
だらしないのはむしろ人間たちのほう。みんな何をするわけでもなく、ひたすらグウタラしている。
隊長、つまりはレイナス大佐なのだが、彼はテントの中にいた。例に漏れず彼も暇そうだった。
「こんにちは、大佐。」
「ああ、タイセイさん。」
「……参ってますね。」
「ええ、馬の餌やりくらいしかやることがありませんから。」
大佐はしおれていた。
「実は大佐に頼みたいことがありまして……」
「へえ、何です? 」
「カマキリと戦ってほしいのです。」
大佐は意味が分からないという顔をした。
「森の奥に、カマキリがいたんです。かなり大きな。そいつを捕獲したいのですが、いかんせん僕たちだけじゃ無理があって……」
「ああ、そういうことですか。それならいいですよ。」
「え、いいの? 」
「退屈で死にそうでしたから。」
大佐は意気揚々と武器と防具とを準備し始めた。
「どうしたんだろうね? 道中で何かあったのかな? 」
「何かは分からないですけど、思わしくないことが起きてしまったのは確かでしょうね。」
本団は影も見えない。双眼鏡で辺りを見回している兵士くんがそう言うのだから、間違いはないだろう。
動物たちは相変わらず元気だ。長旅に付き合っているというのに、元気なやつらだ。
プレドーラで戦列に加わった、というか一番の功をあげたカエル馬も元気にぴょんぴょん跳ねている。
プレドーラ戦のあと、ご褒美に人参をいっぱいもらったようで、ご機嫌なのだ。
だけど、暇だ。本団が来る前に攻撃を始めるわけにもいかないので、ここから動けない。だからといってここで何かが起きるわけでもない。今だって僕は馬車の中でゴロゴロしている。
「何もすることないんです? 」
「そりゃそうだろ? 本団を待つ以外に何するって言うんだよ? 」
「歌い鳥。」
「あ……。」
完全に失念していた。そうだ、子爵から頼まれていたんだった! 穏やかな歌を歌ってくれる歌い鳥を作らなければならない。
歌い鳥は連日雅楽のメロディを力強く歌っている。ちょっとうるさく感じる時もあったけど、今ではいいBGMだ。
しかし、子爵はこれじゃ満足に眠れない。彼の安眠のためにも、もっと落ち着いたメロディーを歌うやつを配合してやらねばならない。
「ここらへんは生き物も多いですし、いろいろ試してみることができますよ。」
ライアンくんは図鑑をすでに出していた。
兵士くんも呼んでさっそく作業を開始した。けれどもなかなかアイデアが出ない。
音楽はちょっとふわふわしすぎている。いや、音楽家とかプロの人たちからしたらすごくしっかりとした概念があるのだろうが、素人の僕たちからしたら、よく分からないことが多い。
なので、結果としてそれを配合で作り出すというのも当然難航してしまう。
図鑑をいくらめくってみても、ろくな考えが浮かばない。
「もう手当たり次第配合してしまえばいいんじゃないですかね? 」
「いやそれは無理だよ。」
「なんでです? いつもやってるじゃありませんか? 」
「今回は行軍中だろ。下手に動物の数を増やしすぎると抱えきれなくなってしまう。自分たちが作った動物たちを置いていくなんてしたくないだろう? 」
「まあ、そうですけど……。」
今回は試作をむやみに試すことができない。
だから、一層何をしたらいいのかが分からなくなってしまった。すっかり途方に暮れている。
「どうしましょうか? 」
「もうホルンメランに帰ってからでいいんじゃないんですか? 」
「そうはいかんだろう。帰るのがいつになるのか分からないんだし。」
八方塞がりだ。ホルンメラン行く前に頑張って終わらせておけばよかったのに。
きっと遅れてしまってもノース子爵は許してくれるだろう。けれど、さすがに申し訳ない。
「悩んでいてもしょうがないですし、一旦外の空気でも吸いましょう。」
ライアンくんの提案に従って、僕たち三人は馬車の外に出た。
「ああ、やっぱり自然は空気が綺麗で美味しいですね。」
「そうだね。ホルンメランじゃあり得ないくらい澄んでいる。」
元の世界がどこもかしこも排気ガスまみれだった僕にとってはホルンメランの空気も十分綺麗なのだが、ここの空気は格別だ。
僕たちは陣営を出て、森林浴に洒落込んだ。森は静かで、少し暗い。時々鳥が翼を動かす音が聞こえて来るのが、森林に高く響いて、落ち着きがあった。
突然のことだった。
「ズドーン! 」
遠くから轟音が響いてきた。
「何の音だ? 今の。」
「陣営とはまた違う方向ですね。」
「砲弾でもないですよ、この音。」
すごい音だっただけに、無性に気になってしまった。
「ズドーン! 」
まただ。
「なんなんでしょう、本当に。」
「誰かいるんですかね。」
正直めちゃくちゃ気になる。だけど、同じくらい怖い。あんなにすごい音がしてるんだから、もしかしたら危ないかも知れない。
兵士くんとライアンくんは、やっぱり気になるようで、音のする方に歩き始めた。
「大丈夫なの? とんでもないやつがいたりとかしない? 」
「見に行くくらいなら大丈夫でしょ。」
兵士くんが先頭でズカズカと突き進んでいく。
「ズドーン! 」
また音が鳴った。さっきよりも近くなっている。
「こっちですよ。」
音のする方に早足で向かった。
無心に突き進む間にも、音は立て続けに聞こえていた。
「もうそろそろだとは思うんですけどね。」
そう兵士くんが呟いたときだった。
「ズドーン!! 」
目の前で巨木が倒れたのだ。
「木が倒れる音だったんですね、この音。」
巨木は根に近いあたりのところから倒れていた。
それより目についた影が一つ。
「木の向こうに誰かがいるぞ! 」
「身構えた方がいいですよ! 」
……木の向こうにいたのは、カマキリだった。
「あれって、魔物? カマキリの見た目してるけど。」
ただのカマキリというには無理があるくらいにデカいのだ。全長は人よりも大きい。深緑の体は森に溶け込んでいた。
カマキリは僕たちには目もくれず、また別の木のもとへと向かった。木の前までたどり着くと、体を大きくしならせて振りかぶった。
引き絞られた弓が放たれるようにカマキリのカマが振り抜かれた。全く抵抗がないかのように、巨木は切れてしまった。
「ズドーン! 」
とまた木が倒れた。
今度はすぐ次の木に行くことはなかった。
「~~♪~~~♪♪ 」
歌い始めたのだ。カマキリが歌うというのも、おかしな話だが、それでもそいつは歌った。
「これ、聞き覚えがあります。」
そう言ったのは兵士くんだった。
「このメロディ、僕の子供のときに聴いた記憶があります。」
「へえ、何の歌なの? 」
「たしか、『木こりの唄』だったと思います。実際に木こりのおじさんが歌っていました。」
ほほう、割と有名な歌のようだ。
「もしかしたらその歌、このカマキリがオリジナルなんじゃないんですかね? 」
「それは十分にあり得るな。てか人間がカマキリに歌を教えるほうが無理がないか? 」
「ハハ、それもそうですね。」
カマキリは歌を歌い終えると、また木を切り始めた。
「どうします、そっとして引き返しましょうか。」
「危ないやつなのかい? 」
「いや、こちらから何かをしない限りは危険はありません。なんせ木こりですから。」
ライアンくんは元来た道を引き返そうとした。
「でもあいつ、いい感じに歌ってたじゃないか。」
「はい? 何を考えて……」
「捕まえよう! 」
ライアンくんはため息をつき、兵士くんは露骨に嫌そうな顔をした。
兵士くんは剣を持っていた。
「いやいや、今回は僕はいやですよ? 」
自分に任せられるだろう仕事を察したのだろう。
「そんなこと言ったって、君の他にはいないじゃないか。」
「いますよ! 軍人が大量に! 」
ああ、それもそうか。
僕たちは一旦陣まで戻った。軍人たちはみんな暇そうにしていた。
ただやはり見知らぬ兵士に頼むわけにはいかない。それなりに強い人に頼まなければ、危ない。
しかし、知り合いとなると、将校になってしまう。流石にメイデン少将に頼むことはできない。彼にもしものことがあれば、僕たちの部隊から指揮官がいなくなってしまう。
他の部隊の方まで足をのばして知り合いを探した。
騎馬部隊は輪をかけて暇を持て余していた。馬たちは柵に繋がれて行儀良く並んでいた。
だらしないのはむしろ人間たちのほう。みんな何をするわけでもなく、ひたすらグウタラしている。
隊長、つまりはレイナス大佐なのだが、彼はテントの中にいた。例に漏れず彼も暇そうだった。
「こんにちは、大佐。」
「ああ、タイセイさん。」
「……参ってますね。」
「ええ、馬の餌やりくらいしかやることがありませんから。」
大佐はしおれていた。
「実は大佐に頼みたいことがありまして……」
「へえ、何です? 」
「カマキリと戦ってほしいのです。」
大佐は意味が分からないという顔をした。
「森の奥に、カマキリがいたんです。かなり大きな。そいつを捕獲したいのですが、いかんせん僕たちだけじゃ無理があって……」
「ああ、そういうことですか。それならいいですよ。」
「え、いいの? 」
「退屈で死にそうでしたから。」
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