伯爵夫人の殺しは優美に 〜貴族のお嬢様なのに天性の射撃センスで暗躍します!〜

中島菘

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五話

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 向かいのビルに男が数人見える! ここからでも見えるほどにタバコの煙が充満している。男たちはみんな私が会ったことのないようなガラの悪さで、一瞬ギョッとしてしまった。

「ええと……あの方たちは?」

「今回のターゲットだよ。俺たちは彼らに見つかっちゃいけないから、気をつけてくれ」

「どういうことですの!?」

「男のなかでも、一番奥に見える白髪にハットを被った恰幅のいいジジイがいるだろ?」

「ええ、いますわね」

 確かに一番奥には葉巻を加えた一際凶悪な人相のお爺さんが座っている。睨むだけで人を殺してしまえそうな眼力だわ。

「そのジジイを撃て。それが今回の仕事だよ」

「ええ! 人を撃つの!?」

「そりゃそうだよ。逆に何を撃つと思ったんだ?」

 ……想定外だわ! どうしてこうなっちゃったのかしら? 私、今からあのお爺さんを撃つの?

「ち、ちょっとお聞きしたいのですけど……」

「なんだい?」

「あのお爺さんは、どうして撃たれるのです? なにか撃たれるようなことをしたのですか?」

「そりゃそうさ」

 ターナーは無造作に写真を取り出して、私に見せた。

「これだよ。ほら」

 そこに写っていたのは、あのお爺さんが似たような男たちを集めて何やら企み事をしている様子だった。

「これは?」

「あのジジイを含めて、この写真の中に写っているのはみんなマフィアだ。それだけならまだいいんだがな。こいつら、貴族院の爆破テロを計画しているらしいんだよ」

「……!」

 貴族院といったら、夫の勤め先じゃないの! そこを爆破する? 

「本気でおっしゃってるの?」

「こんなところで嘘をつくはずがないだろ? その計画を阻止するために、今回この依頼が来たんだよ」

 な、なんということかしら! あのお爺さんを放っておけば、夫が危険に晒されるかもしれないわ! 

「それだから、頑張ってほしいのさ。君はあのジジイの脳天を撃ち抜くのさ」

「それを、私が?」

「そう、君がやるんだよ。僕たちは下に戻ってこれを使って見ておく」

 ターナーは店長が両手で抱えている機械を指差した。これは……いわゆるドローンというやつかしら? これを飛ばして遠くから見ておくっていうのかしら?

「ええ! あなたたちは遠くから見てるだけなんですの?」

「そりゃあね。僕たちまでここに留まっていたら、向こうに気づかれてしまうよ」

「そうですよ、レイディ・フランシス。今回は初仕事ですから僕たちもモニタリングしてますが、本来はあなたのような殺し屋が一人で乗り込むのですよ」

「えええ!」

 私、本当に殺し屋になっちゃうの! ひょっとして、とんでもないところに就職しちゃったんじゃないかしら!

「初仕事で緊張しているでしょうが、どうか頑張ってください。あなたの働きがこの国のためになるのですから」

 店長はそう言い残すと、ターナーと一緒に立ち去ってしまった。そして残されたのは私と狙撃銃と拳銃二丁。あとはトランシーバーを一つ渡された。ターナーたちと連絡をとるためのものね。しんと静かになっちゃうと、心細さがとんでもないわ。

 だけど、乗りかかった船だ。それに、私の夫が危険に晒されるかもしれないっていうのだから、私が頑張らなくちゃいけない。

 私は一人、向かいのビルの中がよく見える窓際に移った。

「あのお爺さんね。ちょっと気の毒だけど、夫を狙うっていうなら、仕方ないわ」

 自分に言い聞かせて、バッグから狙撃銃を取り出した。知識がない私のために、すでに準備がすべて済んでいる。あとは構えて撃つだけね。

「……見えづらいわね」

 向こうの建物が煙で見えづらくなっているわ。これじゃ中々狙えない。

「カツッ、カツッ、カツッ、カツッ」

「え?」

 足音が聞こえてきた。ターナーたちが戻ってきたのかしら?

「もしもし? 誰かしら?」

 スコープから目を離して、後ろを振り返ってそう呼びかけたのだけど、返事は返ってこない。

 それが余計に不安を煽るから、私はトランシーバーに話しかけた。

「ターナー? ビルに戻ってきてる?」

「いや? もう俺たちは外に出てるぞ?」

 え……じゃあこの足音はだれ?

 足音はだんだんと大きくなってくる! もうすぐそこかもしれない。同じフロアにいるのは確実ね。

 こんなボロボロの建物に入ってくるくらいだから、普通の人じゃない!

「カツッ、カツッ……」

 足音が止まった! 

「何者だ? 女だな?」

 私の方が聞きたいことを、その人は私に問いかけてきた。部屋を出たところにいるのかな?

「ええと……」

 こういうときって、あんまり名前を言わない方がいいのかしら? でも、なんで言えば……あ、そうだ!

「フランキー、フランキーですわ!」

 これなら別に本名だったり身分だったりがバレないはず!

「……聞いたことないな。どこの刺客かは知らないが、我が主人を脅かす者は排除させていただく」

「あのお爺さんに仕えているの?」

「ああそうだ。いわゆる用心棒。それだから貴様のような暗殺者は仕事上消えてもらう」

 部屋の入り口に、声の主の男が現れた。短髪で筋肉質の巨漢! とんでもなく怖いわ!

「どうしたフランキー!」

「目の前に怖い男の人が!」

「なに……まずい! 逃げろ!」

「そうは言っても、入り口が塞がっていますわ!」

 もう逃げられない! やるしかないわ! この人には殺気がある。間違いなく私を殺すつもりだわ。

 私は拳銃を抜き取った。男はすでに銃を構えていて

「ズドン!」

「キャ!」

「ふん、見た目と違ってすばしっこいな」

 本当に撃ってきた! 

「逃げろフランキー!」

 トランシーバーから声がするけど、そんなの無理よ! 入口を塞がれてるわ!

 もう何が何だか訳がわからない。だけど、そんなんで死んでしまうのは嫌よ!

「何とかなれ!」

 目をつむってしまったけど、私は思い切って引き金を弾いた!
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