伯爵夫人の殺しは優美に 〜貴族のお嬢様なのに天性の射撃センスで暗躍します!〜

中島菘

文字の大きさ
上 下
1 / 5

一話

しおりを挟む
 さえずる小鳥を窓から見れば、ほのり暑い日差しが顔に注ぐ。こんなにも穏やかな日常ってあるかしら? いや、ないわ。みんなもっとこう、激しい人生を送っているはずだもの。それなのに、私ときたら何事もない昼下がりを過ごしてる。

 何事もないのは今に始まったことじゃないわ。ずっと前からよ。何事もない少女時代、何事もない青春、それに何事もない今現在。

 不幸だなんて口が裂けても言えない。むしろ私は、世間から見れば幸福そのものだろう。旦那様は高潔な貴族だし、それに私にとてもやさしい。はっきり言って完璧。その妻たる私は伯爵夫人ということになるから、この何一つ不自由のない暮らしがあるのも、ある意味納得だ。こんなことを言ってしまうと、顰蹙を買ってしまいそうだけどね。

 でも、だからこそ……

「刺激が足りないわ!」

 私の人生には、特にこれといったアクセントが全くない。とてつもない困難も、それを乗り越えた経験もない。大不幸が一度もなかっただなんて、なんて幸福だろうと思うかもしれないけれど、そんなことはない。

 もしも人生を大海に喩えるとするならば、私の人生はずっと凪だろう。風が立たなければ波もない。そんな人生だ。それが果たして幸せかしら?

「どうしたんだいフランシス? そんな声出して」

 隣にいた夫が、突然声を出した私を不思議そうに見ていた。彼の名はハイト・ダカール、このジャチ王国の伯爵で、政府に務めている。

 そんな彼は、私を大切にしてくれるよい夫だ。歳は二歳私より年上で、落ち着いている。端的に言って理想の夫とでもいうべきかしら? 

「いいえ、何でもないわ。だけどね、なんとなく退屈なのよ」

「……それはそうだろうね」

「え?」

 彼は驚くと思っていた。だからこう、平然と返されて逆に私が驚いてしまう。

「どうしてそう思うの?」

「だって、君はずっと家にいるじゃないか。そんなの息が詰まってしまって当たり前だよ。もっと外に出て、なにか刺激的なことを始めるといいさ……」

「刺激的なことね……」

 私は日頃、外にほとんど出ない。唯一外出するのは、週に一回程度近所のカフェに行くくらい。それを除いたら、本当に家の外には出ない。友人と会うときも、この屋敷に招いており、こちらから出向くことなんてまずない。

「まあそう急いで見つけることでもないさ。外の世界を見ていれば、きっとそのうち素敵なものに出会えるはずだよ」

 彼は爽やかに笑った。

 とはいえ、そもそも外のことを知らない私に外の刺激を探すこと自体無理がある。

「仕方ない、あそこに行こうかしら」

 私は、唯一出かけるそのカフェに向かった。前に行ってからまだ一週間経っていないけれど、今日は特別。なにせ、偉大な決断をした日だから。

 カフェに行って、その決断を意味のあるものにしよう。きっとなにかヒントがあるはずだわ。あそこは雰囲気がいいもの。

 カフェは、私の家があるこのストリートをずっとまっすぐ行ったところの左手にある。大通り沿いの人気店だ。それだから、客もたくさんいてにぎわっている。普段屋敷に閉じこもっている私からすれば、このくらい騒がしいほうが心地いい。

「おや、いらっしゃいませレイディ・フランシス」

 私はすっかりこの店の常連なので、店長とは顔なじみになっている。この人もなかなかに人が良くて、普段私が来ることになっている日は私のために窓側のいい席を確保してくれている。

「申し訳ないです、今日は貴女がいらっしゃるとは思わず、いつもの席が埋まってしまっております」

「ああ、気にしないで。突然来ちゃったのは私の方だもの」

 あいにく、今日はその席が埋まってしまっているらしい。私は店の奥の方の壁際にある席に座った。

 店の雰囲気としては、上品というよりも、どちらかといえば大衆向けのわいわいとした感じになっている。店長には品があるが、内装はどこか若者向けを意識している。いい店だけど、一つだけ難点があるとすれば、このカフェはビルの一階に入っているので、上の階にも別の店か何かがあり、天井が低いことかしら。ちょっとだけ窮屈な気がする。

 店長は私のところにメニュー表を持ってきてくれた。

「普段と違う曜日にお越しになったということは、メニューも違うということでしょうか?」

「ああ、いえ。普段通りパンケーキでよろしくね」

「左様ですか。しかしあいにくコーヒーのほうは」

「分かってる。日替わりだから今日はいつものと違うのね」

「ええ、そうでございます」

「構わないわ」

「ありがとうございます」

 彼はメニュー表を直した。

「それでレイディ・フランシス、貴女はなにやら意志があってここに来ているようにお見受けするのですが」

「さすがね店長。私、刺激を探しているの」

「刺激、ですか」

「そう、退屈な日常を変えてくれるスパイスになってくれるものよ。家にいるばかりの私にもっと張りのある人生を送らせてくれる、そんな何かが欲しい」

 店長は天井を見上げて、すこし考えるそぶりを見せた。そして私の顔を再び見ると言った。

「ならば……いや、こんなことを伯爵夫人ともあろうお方に言うのは憚られますな」

「いいえ構わないから言ってちょうだい」

 店長はやはりちょっとためらったけれど、口を開いた。

「働いてみる、というのはいかがでしょうか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...