【完結】サトリ様と花謡いの巫女の手習い〜奪われ虐げられた私は伝説の巫女様でした〜

日月ゆの

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「話せないのなら、文字を書いてごらん?」

 篝火で白銀の髪を輝かせるこの世のものとは思えない美しい男が言った。
 床に這いつくばることしかできない巫女は息を呑み、青年の声に宿る言い様のない荘厳さに、圧倒された。
 次いで、ああ、なにも罪もない自分を助けに来てくれた、と巫女はその男の出現に安堵した。

 青年に伴っていた黒目がちの少年が巫女の前に、細筆と帳面を置く。
 その少年も浮世離れした美しい顔もしていた。
 突然、巫女の社に現れた美貌の青年と少年に驚きはした。
 だが、彼らの人ならざる容姿と纏う空気に、自分を助けるために彼らを土地神様が遣わせてくれた、と巫女は確信した。

 巫女は突然、祈祷中に喉を焼かれるような痛みに貫かた。手足が干からびたようにシワを刻みだした。
 痛みに悶え苦しむ巫女を里の者達は置き去りにし、「祟りだ!」と叫びながら逃げた。

 それから間もなく、社に残された彼女は変わり果てた姿になった。

 手足は干からびたように細く、黒々と豊かな髪はパサパサに乾いた白髪に、落ち窪んだ瞳は生気も無い。
 また、常に全身をひりひりと焼けるような感覚に包まれ、少しでも動くと身を引き裂かれるような痛みが走る。
 まるで全身が炎に包まれているかのような苦しさを常に感じていた。

 どうにかこの苦しみから解放されたい、と巫女は縋る思いで筆に手を伸ばす。
 骨が軋む音とともに激痛に襲われ、呻き声がもれたが、巫女はなんとか筆を取る。



 なぜこんなことになってしまったのだろう。
 今日は巫女にとって人生最良の日になるはずだった。

 自分よりも巫女の力がないくせに、美しい顔なだけで里の男や先代の巫女にまで可愛がられていた女。
 巫女になる夢を奪ったのに、未だに美しく笑う目障りな女。
 巫女の能力は自分の方が優れているのに、いつもその女ばかりが注目され特別扱いされる。
 見た目が美しいだけの、いつもヘラヘラ笑っているだけの女なのに。
 その大ッキライな女の娘をやっと排除できた日だった。

 巫女は、元々その娘を妊娠中に強力な呪いをかけ、母子ともども命を奪おうとしたが、失敗した。
 最初はなぜ呪いが効かなかったのか分からなかったが、娘が誕生した瞬間にその理由が明らかになった。

 娘の持つ巫女としての力が高く、自分がかけた呪いを防いでいた、と。

 巫女にとって最も許せないことだった。
 幼い頃より目障りだった女を事故に見せかけ、崖から落とし、足の自由を奪って筆頭巫女候補から外した。そうやって娘の母を出し抜き、ようやく巫女になれたというのに。
 
 なりふりかまわず得たその地位を娘に奪われるなんて。

 だから、巫女は呪いでその娘の声を奪った。

 巫女からしたら、自分を脅かす存在をただ消しただけ。正当な行為だ。
 その娘が声を失い、苦しもうが、罪悪感など微塵も感じない。
 むしろ、もっと苦しみを与え、間違っても自分に逆らう気を起こさぬよう、恐怖を植え付けておこうとさえ考えた。

 小さな子どもにとっては親が絶対である、そのためその親を通じて積極的に罰を与えさせた。
 罰の理由なんてどうでも良かった。
 ただその娘の落ち度で両親が苦しむ姿を見せつけ、罪悪感と恐怖に縛るためだったのだから。
 娘が大きくなる頃には里で自由に笑うことも許さず、暴力への恐怖を徹底的に娘の体と心に染み込ませた。

 また、巫女の地位を狙う野心を持たせぬよう、あらゆる手段で絶望させた。

 生贄にしたその日、娘が大事にしていた簪を奪い、心の篭った母への手紙を見せつけるように燃やした。

 巫女はいつも自分が正しいことをしていると疑わなかった。
 だからこそ、なぜ今、自分が声を奪われたのか理解できなかった。


「……なるほど」

 痛みに手が震え、動かないながらも、必死に巫女は書きつけた。
 その手紙を読んだ青年が、長い沈黙のあとやっとその美しい唇を動かした。

 巫女は青年の美しさに見惚れた意識をその言葉で浮上させた。
 そして、おおいに期待した。
 御伽草子のように、この美しい神の使いの青年たちが自分を助けてくれることを。

「呆れるほど、自己保身の言葉の数々だ。ましてや、欲にことかき、自分を置き去りにした里の者たちに罰を望む、と」

 青年は声を荒げた訳ではない。しかし、その声は空気を切り裂くように響く。
 その言葉には、ただ静かな冷徹さが込められている。
 巫女は恐怖で体が硬直し、反応することすらできない。
 
 まるでその声自体が圧倒的な力を持っているかのようだった。

「こんな汚い手紙いらないな……」

 ふっと表情を失くした青年は、ひらりと手紙を優雅に振った。
 たちまちその手紙が青い炎を噴き出しながら、燃え尽きた。

 せっかく痛みを堪え書いた手紙を一切の躊躇もなく燃やされた。
 自分の必死な思いを踏みにじる行為に、巫女は心の奥から怒りが湧きあがる。
 篝火が巫女の歪んだ顔を照らす。その顔には強い怒りが込められていた。
 キっと睨みつける巫女を、闇に光る金色の瞳が冷淡に見下ろした。
 
「茜ちゃんは自分の命を捨て、ただ『助けてください』とだけ私に言った。お前とは違う」

 吐き捨てるように青年は言う。無慈悲に巫女の存在を否定するように。
 その1言で巫女は、瞬時に、目の前の青年が自分を助けることはない、と悟った。

「さて、この醜女をどうしようか。紫生はどうしたい?」

 青年は、振り向き問いかけた。 

「あ? このまま手紙のように燃やせばいいだろ?」

 暗闇の中、気づくと青年がそこに立っていた。
 血のような赤い目をした青年の眼光は怒りと冷徹な殺意が込められている。
 無慈悲に響く声は、氷の刃のように鋭い。
 聞いているだけで怒りに燃えていたはずの心が凍り、足が震えて止まらなくなった。
 恐怖と絶望が巫女に迫る。

「うーん。あの子の子孫の命はこんな腐ったやつでも奪えないよ。それに、茜ちゃんがこれから暮らす神聖な社をコイツの血で汚したくないだろ?」
「まあな。別のとこで俺が斬るか?」
「紫生の手を煩わすのも可哀想だから、こうしよう!」

 青年たちが話し合い、気が逸れた時を逃さず、巫女は痛む体をひきずり、社の扉を目指し、這っていく。
 進むたびに激痛が身体を貫き、目を開けるのが耐え難くなるが、今この時を逃せば青年たちに殺されてしまう。

 (むざむざ殺されてたまるか)

 怒りとも似つかぬ惨めさが胸を灼き、生への執着が巫女の朽ちた手足を動かす。

 この男たちは何度も『茜』のことを口にし、自分を貶めてくる。
 まさか、あの忌々しい『茜』がこの男たちを自分に差し向けたのだろうか。

 (まどろっこしく生贄にせず、直接手を下せば良かった)

 そんなことを考えたその瞬間。
 重い足が背中に叩きつけられ、巫女の頭から、簪が落ちる。
 骨が砕けるような衝撃と鋭い痛みが走り、巫女は息もできない。
 全身を震わせる痛みが、打ち付けられた場所から広がっていく。

「おい。お前……どこまで俺を怒らせれば気が済むんだ?」

 凍てつくような声、言葉の端々に冷酷な殺気が漂う。息を呑むような緊張感が空気を支配した。

 ⸺もうだめだ

 再び容赦ない足音と共に背骨が砕けるような音が響いた。
 神経を駆け上がる激痛と、どうしようもない恐怖。
 泣き叫び、助けを求めたい衝動に駆られるも、体は全く動かない。
 命乞いすらできないまま、信じがたい絶望に巫女は呑み込まれ、嬲られる。

 社の中で、かすかな光を反射し、彼女の目に飛び込んできたのは、茜から奪った朱色の簪だった。
 その簪は、かつて自分の美しい髪を飾っていたはずのもの。
 しかし、今は、彼女の罪の証として、冷たく光を放っていた。

 そして、ようやく理解する。
 簪を贈ったのは狂気めいた殺意を自分へ向けるこの青年だ。
 巫女は彼らの怒りの原因と自分が取り返しのつかない過ちを犯したことを。
 知らぬ間にカチカチと歯が音を立てる。
 茜にした仕打ちのすべてが走馬灯のように頭を駆け巡り、自らの犯した罪を責め立てる。

 信じたくない真実。懺悔も許されぬほど、もう手遅れだ。
 無力感に押しつぶされたように巫女の視界が真っ白に染まる。

「もう、君にできることはない。さようなら」

 哀れみと悼み、慈愛を含んだ真白の声が最後に響く。
 だらりと力なく横たわり、虚ろな巫女の体が淡い光を帯び始めた。
 瞬間、紫生は足を退け、顔に驚愕の色を浮かべた。

「おい! こいつどうすんだよ! ハエになってんじゃねーか! 殺すより厄介だろ!」

 巫女の身体は光を放ち出し、光の塊はゆっくりと形を変えていく。
 ほどなく、小さなハエが飛び去っていく。
 ハエは篝火に引き寄せられたように、燃えさかる炎の中へと消えていった。

 3人はそのハエが炎に飛び込んでいく様子を静かに見守った。

「うわ。やっぱり……そうなったじゃねーかよ。殺したくないとかどの口がいったんだよ」
「ん? 紫生は私をなんだと思っているの?」
「ねちねちやり返して、自分の手を汚さない狡猾な蛇」
「あのね、蛇は“再生”と“変容”の象徴なの! だから最後の慈悲で、彼女をハエに生まれ変わらせてあげたんだよ」

 えっへんと胸を張る真白に、呆れたように紫生はため息を大きく吐く。

「茜には黙っていような」

 紫生は床に落ちた簪を拾い、愛おしげに見つめながら言った。
 
 
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