【完結】サトリ様と花謡いの巫女の手習い〜奪われ虐げられた私は伝説の巫女様でした〜

日月ゆの

文字の大きさ
上 下
22 / 30

22

しおりを挟む

「そうだよ。茜ちゃんは声がでない呪いにかけられている。執念深く、生まれる前からね」

 そう話を切り出した真白は、茜にかけられた呪いの詳細を淡々と説明する。
 茜の呪いは『声』を奪うものであるもの。真白でさえ驚くような強力で悪質な呪いだということ。さらに、真白は禍々しいものが茜に憑いていると慎重に言った。

「女の生霊が茜ちゃんの首を締めているんだよね。心当たりないかな、怨まれている女の人いない?」

 茜は直感で巫女の顔が浮かんだ。あの狂気じみた瞳に浮かぶどろりと淀んだ感情を。
 途端、茜の体は恐怖で血の気が引き、震えがとまらなくなる。
 自分が今どこにいるのかさえ曖昧になるくらい、視界がグラつく。

(こわい。誰か)

 真白と紫生は、突然表情を変え、震えだした茜に呪いの術者の正体や茜が生贄となった状況を察する。
 2人は神妙な顔でお互いを見やり、頷いた。
 怯えを耐えるように唇を噛みしめる茜に紫生は声をかける。

「おい! 茜?!」

 紫生の声に恐怖に呑まれた茜の意識が浮上する。
 険しい表情をした紫生の顔が見え、茜はやっと息を吐く。
 震える手で、紫生の着物を掴んだ。

(紫生がいるなら大丈夫?)

「ああ。その呪って来た巫女は呪いごと消し炭にしてやるから。少し落ち着け」

 優しい声に似つかわしくない物騒なことを言いながら、紫生は茜を抱きしめる。
 胸元に茜の頬を寄せ、背中をそっと撫でた。

 茜は聞こえる紫生の鼓動に、安心し、体の力を抜く。そのまま紫生の腕に体を預けた。
 落ち着いた頭で考えると、巫女があれほど茜の声を怖がっていた理由が呪っていたせいだと理解できた。
 だが、やはりこの疑問に戻る。
 呪うほど茜の声をなぜ彼女は恐れるのか。
 茜が元巫女候補筆頭であった母の娘だからだろうか。
 では、母を苦しめるためだけに呪っていた?

 紫生が茜を擦る手を止め、思いついたように真白へ問いかけた。

「なあ、もしかして茜の呪いって、こいつの“魂”に関係すんのかもしれねえ」
「あは。確かに茜ちゃんの“魂”って澄み渡って美味しそうだから……一理あるね。これだけ澄んだ魂持っている子をみたのは『花謡いの巫女』の始祖以来だもん。声を取り戻したら、さぞや素晴らしい歌を聞かせてくれそうだよね。雨乞いごときで、私の力なんて貸す必要もないくらいの歌を」

 真白は茜を見つめているがどこか遠くを見ているような眼差しでうっとりと言った。
 突然の『魂』などの言葉に、茜は首を傾げた。

「茜の『声』の力の凄さを恐れたそいつが、声を奪うために呪ったということか。巫女のくせに」
「巫女だからこそなのかもな。茜ちゃんの歌はそれだけ脅威だと考えたんじゃない?自らの歌を超える力を」
「チッ……女の嫉妬かよ」

 低い声で吐き捨てた紫生に、真白は同意するように肩をすくめた。

(私の声の凄さ? 脅威?)

 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、話に置いて行かれた茜に真白が説明する。

「あのね、簡単に言うと、呪いが解けた茜ちゃんが歌えば、何でもできるくらい凄いものなんだ。里へ雨を降らすという望みも叶うくらい」

 真白が言葉を区切ると、迷うように視線を外す。

「私が気がかりなのは、……呪ってきた巫女や里の者たちのことなんだけど」

(巫女や里の皆が気がかり?)

「茜。お前は本当に里の者たちのために雨を降らせて良いのか? 散々今までお前のことを……」

 紫生が厳しい声で言う。心配そうに茜を覗き込む緋色の瞳は真剣だ。

(紫生は、私が里でどんな扱いを受けていたのか、全て知っていたんだ……)

「すまん。お前が言いたくないことだとわかっていた。巫女に加担した里の奴らなんか救う必要があるか?」

 なぜ、今まで気が付かなかったの。考えてみたらわかることだ。
 サトリである紫生には、茜が里で折檻されていたことも、巫女のことなんかお見通しなはずだ。

 紫生の言い方から察するに、茜の知られたくないという気持ちを尊重して黙っていてくれたのだろう。

 茜を静かに見つめる瞳は苦しげな色をしている。
 見守るだけでは辛かったと雄弁に語る。

 紫生はどこまでも優しい。
 こんなに深い優しさをいつのまにかもらっていたなんて。たまらなく嬉しい。

 茜は僅かに微笑み、紫生の手をそっと取る。

「あ、茜?」

 紫生の大きな手に頬を擦り寄せる。
 改めて知った紫生の優しさに、言葉では伝えきれない気持ちを伝えたかった。

 あのね、紫生。知られたくなかったのは、紫生と会っている時は茜はただ・・の茜でいたかったの。
 巫女や里のものに虐げられている茜は忘れたかったの。
 人前で笑うことすら許されない、一人の人として扱われない惨めな自分を。

 紫生は茜の声が出なくても、いつも茜の言葉を見つけてくれた。
 それがどれだけ茜の心に光を灯し、明日を導く希望の光になったか。

 だからこそ、紫生に失望されたり、呆れられたりしたくなかった。

「それはありえない」

 紫生が茜の言葉を遮る。
 彼の怒りを孕んだ声に、茜は嬉しさで思わず笑みが漏れる。

 わかっているよ。
 紫生が信用できないからではなくて、茜がただ臆病だっただけ。
 紫生と過ごす幸せな時間が大切過ぎて、失いたくなかったの。

 でも、もう大丈夫。

 体を包む紫生の温もりが静かに心に染み渡り、知らないうちに勇気をもらっていることに気づいた。
 その温もりに背中を押され、巫女への恐れを越え、前に踏みだしたい。

 皆に話した上で、茜が幸せになる道を選ぶ。

 いつも支えてくれていた紫生のために。

(紫生。ありがとう、ありのままを真白様へ話すよ)

「それでこそ、茜だな」

 紫生は柔らかな笑みを浮かべ、茜の頭を優しく撫でた。
 茜はその手のひらに、今まで以上に強い絆を感じると、思わず紫生に向かって照れたように小さく笑みを浮かべた。

「真白。里での様子を茜の言葉で伝えたいそうだ。良いか?」
「ああ。ゆっくりでいいし、話したくないことは無理に書かなくてもいいからね」
「最悪、俺からも詳しく話せるからな」

 紫生と真白の優しい言葉、かーくんの頷きに、心がじんわり温まる。
 ふんと気合を入れ、茜は筆を取り、里での境遇を書き始めた。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」

まほりろ
恋愛
 聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。  だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗 り換えた。 「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」  聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。  そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。 「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。 ※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。 ※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。 ※二章はアルファポリス先行投稿です! ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます! ※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17 ※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...