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しおりを挟む「そうだよ。茜ちゃんは声がでない呪いにかけられている。執念深く、生まれる前からね」
そう話を切り出した真白は、茜にかけられた呪いの詳細を淡々と説明する。
茜の呪いは『声』を奪うものであるもの。真白でさえ驚くような強力で悪質な呪いだということ。さらに、真白は禍々しいものが茜に憑いていると慎重に言った。
「女の生霊が茜ちゃんの首を締めているんだよね。心当たりないかな、怨まれている女の人いない?」
茜は直感で巫女の顔が浮かんだ。あの狂気じみた瞳に浮かぶどろりと淀んだ感情を。
途端、茜の体は恐怖で血の気が引き、震えがとまらなくなる。
自分が今どこにいるのかさえ曖昧になるくらい、視界がグラつく。
(こわい。誰か)
真白と紫生は、突然表情を変え、震えだした茜に呪いの術者の正体や茜が生贄となった状況を察する。
2人は神妙な顔でお互いを見やり、頷いた。
怯えを耐えるように唇を噛みしめる茜に紫生は声をかける。
「おい! 茜?!」
紫生の声に恐怖に呑まれた茜の意識が浮上する。
険しい表情をした紫生の顔が見え、茜はやっと息を吐く。
震える手で、紫生の着物を掴んだ。
(紫生がいるなら大丈夫?)
「ああ。その呪って来た巫女は呪いごと消し炭にしてやるから。少し落ち着け」
優しい声に似つかわしくない物騒なことを言いながら、紫生は茜を抱きしめる。
胸元に茜の頬を寄せ、背中をそっと撫でた。
茜は聞こえる紫生の鼓動に、安心し、体の力を抜く。そのまま紫生の腕に体を預けた。
落ち着いた頭で考えると、巫女があれほど茜の声を怖がっていた理由が呪っていたせいだと理解できた。
だが、やはりこの疑問に戻る。
呪うほど茜の声をなぜ彼女は恐れるのか。
茜が元巫女候補筆頭であった母の娘だからだろうか。
では、母を苦しめるためだけに呪っていた?
紫生が茜を擦る手を止め、思いついたように真白へ問いかけた。
「なあ、もしかして茜の呪いって、こいつの“魂”に関係すんのかもしれねえ」
「あは。確かに茜ちゃんの“魂”って澄み渡って美味しそうだから……一理あるね。これだけ澄んだ魂持っている子をみたのは『花謡いの巫女』の始祖以来だもん。声を取り戻したら、さぞや素晴らしい歌を聞かせてくれそうだよね。雨乞いごときで、私の力なんて貸す必要もないくらいの歌を」
真白は茜を見つめているがどこか遠くを見ているような眼差しでうっとりと言った。
突然の『魂』などの言葉に、茜は首を傾げた。
「茜の『声』の力の凄さを恐れたそいつが、声を奪うために呪ったということか。巫女のくせに」
「巫女だからこそなのかもな。茜ちゃんの歌はそれだけ脅威だと考えたんじゃない?自らの歌を超える力を」
「チッ……女の嫉妬かよ」
低い声で吐き捨てた紫生に、真白は同意するように肩をすくめた。
(私の声の凄さ? 脅威?)
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、話に置いて行かれた茜に真白が説明する。
「あのね、簡単に言うと、呪いが解けた茜ちゃんが歌えば、何でもできるくらい凄いものなんだ。里へ雨を降らすという望みも叶うくらい」
真白が言葉を区切ると、迷うように視線を外す。
「私が気がかりなのは、……呪ってきた巫女や里の者たちのことなんだけど」
(巫女や里の皆が気がかり?)
「茜。お前は本当に里の者たちのために雨を降らせて良いのか? 散々今までお前のことを……」
紫生が厳しい声で言う。心配そうに茜を覗き込む緋色の瞳は真剣だ。
(紫生は、私が里でどんな扱いを受けていたのか、全て知っていたんだ……)
「すまん。お前が言いたくないことだとわかっていた。巫女に加担した里の奴らなんか救う必要があるか?」
なぜ、今まで気が付かなかったの。考えてみたらわかることだ。
サトリである紫生には、茜が里で折檻されていたことも、巫女のことなんかお見通しなはずだ。
紫生の言い方から察するに、茜の知られたくないという気持ちを尊重して黙っていてくれたのだろう。
茜を静かに見つめる瞳は苦しげな色をしている。
見守るだけでは辛かったと雄弁に語る。
紫生はどこまでも優しい。
こんなに深い優しさをいつのまにかもらっていたなんて。たまらなく嬉しい。
茜は僅かに微笑み、紫生の手をそっと取る。
「あ、茜?」
紫生の大きな手に頬を擦り寄せる。
改めて知った紫生の優しさに、言葉では伝えきれない気持ちを伝えたかった。
あのね、紫生。知られたくなかったのは、紫生と会っている時は茜はただの茜でいたかったの。
巫女や里のものに虐げられている茜は忘れたかったの。
人前で笑うことすら許されない、一人の人として扱われない惨めな自分を。
紫生は茜の声が出なくても、いつも茜の言葉を見つけてくれた。
それがどれだけ茜の心に光を灯し、明日を導く希望の光になったか。
だからこそ、紫生に失望されたり、呆れられたりしたくなかった。
「それはありえない」
紫生が茜の言葉を遮る。
彼の怒りを孕んだ声に、茜は嬉しさで思わず笑みが漏れる。
わかっているよ。
紫生が信用できないからではなくて、茜がただ臆病だっただけ。
紫生と過ごす幸せな時間が大切過ぎて、失いたくなかったの。
でも、もう大丈夫。
体を包む紫生の温もりが静かに心に染み渡り、知らないうちに勇気をもらっていることに気づいた。
その温もりに背中を押され、巫女への恐れを越え、前に踏みだしたい。
皆に話した上で、茜が幸せになる道を選ぶ。
いつも支えてくれていた紫生のために。
(紫生。ありがとう、ありのままを真白様へ話すよ)
「それでこそ、茜だな」
紫生は柔らかな笑みを浮かべ、茜の頭を優しく撫でた。
茜はその手のひらに、今まで以上に強い絆を感じると、思わず紫生に向かって照れたように小さく笑みを浮かべた。
「真白。里での様子を茜の言葉で伝えたいそうだ。良いか?」
「ああ。ゆっくりでいいし、話したくないことは無理に書かなくてもいいからね」
「最悪、俺からも詳しく話せるからな」
紫生と真白の優しい言葉、かーくんの頷きに、心がじんわり温まる。
ふんと気合を入れ、茜は筆を取り、里での境遇を書き始めた。
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