【完結】サトリ様と花謡いの巫女の手習い〜奪われ虐げられた私は伝説の巫女様でした〜

日月ゆの

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 決死の覚悟で書きつけた帳面から顔を上げた茜は、真白の袖を引く。
 茜の据わった目を見た真白はぎくり、と身を竦ませる。
 ごとっと音を立て、膳に徳利を置いた真白は青白い顔をしながら早口で言い募った。

「あの! ね! 紫生が酒を持ってきたら、ちゃんと雨は降らせるから! 先に茜ちゃんの声を封じる呪いを解いちゃうね!」

「?!」

 驚きで、茜は帳面をバサリと小刻みに震えた手から落とす。帳面はちょうどこちらへ膝を向けた真白の太ももの上へ着地した。

 言われた言葉が理解できない。
 いや、理解をしているからこそわからない。

 傍若無人な友人は紫生で、雨乞いのため行きたくない故郷まで酒を取りに行った。

 あまつさえ茜は声を封じる呪いにかかっていた?
 呪いが解ければ声が出せるようになる?

 まさか、まさか。

(紫生にまた会えるの?)

 ほんの僅かな希望が茜の胸に灯る。
 だが、「期待をしてはいけない」と冷静な自分が切に訴える。

 茜は過去、現実の無情さに裏切られ続けた。

 ふいに真白の言葉が蘇る。

 ⸺君の望みは叶うよ

(本当に真白様がすべて叶えてくれる?)

 期待と不安が胸の中でせめぎあう。どちらを信じて良いのか、わからない。

 なのに、期待と喜びでどくどくと自然と鼓動は速まり、体が熱くなる。
 同時に押し寄せる不安に駆られた体が、小刻みに震え出した。
 頭の中も身体の反応もちぐはぐだ。
 嬉しさと恐怖が一度に押し寄せてくる感覚に、茜は動けなくなった。

 動かない茜を不思議そうに見つめた真白は、ふと膝元へ落ちた帳面を拾い上げる。そして、目を大きく見開いた。

『あかねをたべてあめをふらせてください。このためにきょうきました。おねがいします。さとのみんなをたすけてください』

 がたがたに歪んだ文字はところどころ潰れて形を為さない。
 それでも、真白へと確かに伝わった。

 真白は「ごめん……」と苦しげに小さく呟くと、落とした視線を茜と再び合わせた。

「……最初からこう言えばよかった。茜ちゃんを不安にさせたね。紫生から話を聞いているから、里へ雨は必ず降らせる。君は食べられなくて良いし声も戻るよ」

 慈しむような威厳ある声が茜の耳へ確かに届く。

(雨……がふるし、声も戻る?)

 期待に心が震える。なのに、心の奥底に湧く疑念は消えない。

(これは本当に現実なの?)

 不安が茜を離さない。
 喜びの中に潜む戸惑いが、まるで茜を試すかのように次々と襲いかかる。

 茜は思わず、すがりつくように真白へ尋ねる。
 ほんと? と唇を動かすが、喉から漏れるのは息だけ。

「茜ちゃんと里の皆を助けるよ」

 真白は頷くと、言い聞かせるように力強い声を出した。

「………ッ」

 助かる! 皆が、お母さんとお父さんが!

 嬉しさが定まらない心の中で爆発するように広がる。
 しかし、その一方で、手に余る感情に圧倒されていく。

(夢としか思えない。こんな奇跡が本当に起きるなんて!)

 全身を駆け巡る初めての喜びに、茜はどうしてよいのか、わからなくなった。

 微笑む真白へ、かける言葉を探しても、出てこない。

 胸が詰まり、呼吸をするのも苦しい。
 何もかもが混乱し、茜の視界がぼやけ、口元が自然と緩んでいく。

 涙を堪える茜に、真白がそっと手を伸ばしたその時。

 スパァーン

 障子を乱暴に開く音が部屋に轟いた。
 突然の大きな音に、茜は驚き身体を大きく竦ませる。
 真白は茜に伸ばしかけた手を空中で止め、慌てて振り向き障子を見た。

「真白お前っ! 茜をどこにやった?! あいつになにか⸺」

 紫生が怒声とともに、障子を引き裂くようにして飛び込んできた。

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