【完結】サトリ様と花謡いの巫女の手習い〜奪われ虐げられた私は伝説の巫女様でした〜

日月ゆの

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 里の裏山の中腹、祠へ続く小道手前にぽつんと据えられた朱色が鮮やかな小さい鳥居。

 泣きながら駕籠に揺られた茜は、数分後、鳥居の前で降ろされた。


 茜は記憶の中の土地神様の祠とはまるで違う景色に、呆然と立ち尽くしていた。
 ちなみに駕籠の担ぎ手たちはこの祠の惨状に「たたりだっ!」と悲鳴を上げそそくさと退散してしまった。

 以前、鳥居の周囲は、木々が乱雑に生い茂り、祠が立つ池までの細道は薄暗く不気味だった。
 それが今や、山火事でもあったかごとく鳥居周辺の木々が煤焦げていた。漂う煤の匂いが鼻を突き、茜は思わず顔をしかめる。
 葉が焼き払われたおかげで周囲に夏の眩しい日差しが降り注いでいるため明るく、鳥居の奥まで視界明瞭だ。
 周囲の真っ黒に焦げた木々を気にしなければ、だが。

(えっと、どうして? )

 
 全く想定外の事態により死への恐怖が若干薄れた茜は、ふらりと足を踏み出し、鳥居をくぐる。

 鳥居の奥に広がる景色に息をのんだ。

 小さな池へ続く小道沿いの木々も煤焦げていた。鬱蒼と茂る木々の葉は見るも無残に焼き払われていた。
 一足先に落葉の季節が訪れたのかと錯覚してしまいそうな程、生い茂る葉が執拗に燃やされている。
 まるで別の世界に踏み込んだかのように感じる。

 しかし、その明るさの中に漂う不気味な雰囲気に、茜は身が震えるような感覚を覚えた。

 茜は燃え落ちた葉を踏んだ。感触も無く、すぐに粉々になった。
 葉の上から半歩足をずらしただけで、地面に大量の炭の粉ができた。
 持ち上げた真新しい草履の裏には真っ黒な粉がびっしりとこびりついている。

 山火事にしては燃えている箇所が限定的だ。木の幹には焦げ跡がなく、燃えているのは葉や小枝だけだった。まるで誰かが意図的に火を放ったかのようだ。
 道案内されるように茜は両脇が煤焦げている真っ直ぐな細道を進んでいく。

 夏になろうとする日ざしを遮る木陰が全く無い道は薄布を被る茜には熱く、じんわりと汗が滲んだ頃。
 見慣れた小池と祠を視界の先に捉えた。
 小池の水面に反射する陽光の明るさが茜の目を射り、ぱちぱちと眩しさで瞬きを繰り返す。

「……あれ?珍しいね。 可愛いお嬢さんはどうしてここに?」
「!?」

 眩しさが薄れた視界には、いつのまにか浮世離れした美貌の青年が佇んでいる。細身で長身、白装束を纏い、腰まで伸びた白銀の髪を揺らす。金色の切れ長な双眸は驚きに見張っていた。

 茜は彼の容姿の美しさではなく、抗うことができないような圧倒的な力を感じ、知らず知らず身を竦ませていた。今すぐこの青年に膝をおり、頭を垂れたくなる衝動をこらえるために。
 無言で見つめ続ける茜に、青年は人好きしそうな笑みを浮かべ、不思議そうに首を傾げている。
 すると、茜に凪いだ眼差しを向けていた彼が一瞬金色の瞳を眇める。得心がいったようにぱん、と手を叩くと茜の腕を取る。

「あのさ、それじゃ今は・・話せないよね! じゃあこっち来て!」

(え?! な、なんで?! )

 青年は茜の腕を引いたまま、小さな祠へ向かう。ずんずんと迷い無く進む背中をみながら茜は心の中で必死に紫生に助けを求めた。

(紫生!! 変なお兄さんに誘拐されちゃう! 助けて!! )
 
 茜は彼の腕を振りほどこうと必死に抵抗するが、青年は意に介さず、軽々と引き寄せて歩き出した。彼が何を望んでいるのか、理解できないまま、茜はただ恐怖を感じていた。
 腰の高さしかないボロボロな祠の前まで来た青年は、やっと立ち止まった。
 それから、肩越しに振り返り、ふふっと楽し気に笑う。

「大丈夫。君の願いは叶うよ」

 突然、凛と響いた言葉に茜はなぜか身体が震えた。けれど、なぜか、不思議な安心感が胸に広がり、全身の力が抜けていくような感覚を覚えた。茜の腕をぐいっと引っ張る青年は祠へ飛び込むように足を踏み切る。

 このまま二人で祠に突っ込んでいけば、壊れてしまう。
 そう茜が危機を覚えた時、祠自体が眩しく光り出す。

 待ち構えたように祠の極小さな観音扉が勝手に開き、扉奥から白銀光の光が弾け、突風が巻き起こった。
 激しい風に頭の薄布が煽られ、ふわりと空へ舞い上がる。

 え、と空を見上げ、足を止めた茜の腕をさらに抱えるように両腕で引く青年はわくわく楽しそうに言った。

「ようこそ! 茜ちゃん!」

 青年がそう言うと祠の光はさらに眩しく輝きだす。

 突然名前を呼ばれて驚く茜の身体を腕ごと引きずり、どんと押し込む。瞬間、二人は光に包まれる。茜は何か大きな力に導かれるように、吸い寄せられ、扉へ近づいていく。

 二人を包む白銀光は扉の中へ吸い込まれるように収束し、ゆっくり音もなく左右の扉が閉まっていく。

 祠の扉が閉まり、そこに二人の姿はなく。残されたのは空からひらひら落ちてくる薄布だけだった。

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