【完結】サトリ様と花謡いの巫女の手習い〜奪われ虐げられた私は伝説の巫女様でした〜

日月ゆの

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「は? 雨を今すぐ降らす方法? なんでそんなこと聞くんだよ?」

 茜は今日の分の仕事を終え、裏山で紫生におち会うとすぐに問いかけた。

 あの後、小川へ水を汲みに行ったが、井戸だけでなく小川も水量が大幅に減っていた。
 なんとか必要量の水を汲めたが、もし明日やそれ以降全く雨が降らなければ、今後がかなり危ない。
 小川は勢いを失いチョロチョロと流れていただけだった。この梅雨の時期にこんなに日差しがつよければ、すぐに干上がってしまいそうだ。

 茜たちの頭上に広がる空は雲一つない快晴であり、雨が降る気配が全くない。
 その不安がさらに募る。

 干ばつは作物が育たないことも心配だが、なによりも水不足が心配だ。人間も家畜も、喉が乾けば生きていけないからだ。
 昔、隣接する里同士が水をめぐり争ったこともあると聞いた。
 さらに干ばつによる飢饉ききんを引き起こせば、大勢が命を落とす。

 茜は必死に身振り手振りでそのことを紫生へ説明する。

「そうか。お前たち人間には水は必要だな……」

 紫生はあたかも初めて知ったかというように頷きながら、言った。
 そして、考え込むように腕を組みながら、あやかしには水や食料が無くても生きていけることを説明した。
 言い終えると、紫生は何故か難しい顔をした。

「あー、その、俺は雨を降らせたりはできないな。そういうのは里の土地神とかの仕事だしな……」

(そうなんだ。里の土地神様にお祈りしたらいいのかな)

 土地神としてこの辺りを守護する水神の白大蛇が住むという、裏山中腹の小さな池に奉られる祠。
 祠の周囲には草木が生い茂り、昼間でも薄暗く、やや不気味な場所だ。
 土地神の大蛇は気に入らない人間を丸呑みにしてしまうという、噂もある。

(あそこにお参りにいくのか。……少し怖いな)

 茜は肩を落とし、しゅんとした表情を浮かべた。すると、ハッとした様子の紫生は手のひらを上に向け赤い炎を生み出した。

「あっ! 火は出せる! ほらな! だからそんな顔は……」

 眉を下げ、困りきった顔で紫生は、子供をあやすように茜を慰めようとする。

(火?!え、でも私そんな変なお顔していたかな)

茜はゆらゆら燃える炎に驚きながら、自分がどれだけひどい顔をしていたのかを自覚した。

(大丈夫だよ。ただ紫生は何でも知っているから、ちょっと甘えただけなの)

 くいっと紫生の袖を引っ張り、見上げて微笑む。
 茜は心の中でお礼を言う。

「……甘える」

 紫生は、大きく目を見開くと惚けたようにオウム返しに呟く。
 手のひらの炎がぽふゅんと気の抜けた音を立てて消えた。

 変なことを言ったつもりがないのにどうしたんだろう。

 不思議そうに見つめる茜に両手を伸ばし、優しく頬を挟み、顔を引き寄せられた。
 茜は思わず息を呑み、紫生の茜色の瞳にのぞき込まれる。

「俺だけに甘えてもいいから、他の誰にもそんなこと言うなよ」

 地を這うような声で紫生が言った。

 よくわからないが、茜の言葉を聞けるのは紫生だけだから誰にもそんなことはできない。
 (紫生だから甘えるんだよ)
 茜はそう心の中で反論をする。

 なぜか一瞬動きを止めた紫生が脱力したようにため息をついた。

「くそっ」

 何かを我慢するように唸った紫生は、茜の頬をむにむにと揉みだした。

「あ゙ー、お前はなんでこんなに……。あいつにこんなことすんの嫌だけどやるかぁ……」

 紫生は、ぶつくさ呟きながら茜の頬を揉みくちゃにする。
 その顔は、眉間にしわを寄せているが、口元はによによ緩んでいるという、なんとも不思議な表情だった。

(いきなり変な顔しても紫生はかっこいいな)

 突然顔を揉まれたのは全くよくわからない。
 茜はそんな紫生の顔に見惚れ、自分も彼の表情が移ったように口元をほころばせていた。

 しばらく茜の頬をこね回し、小さく咳払いをした紫生が両頬から手を離す。
 そして、茜の頭に手を乗せた。

「その雨や水不足の件は茜に甘えられた・・・・・俺もなにかできないか考えておく。まずは今日書く予定の母親への手紙を頑張れよ」

 紫生の頼もしい言葉にじんわり胸が温かくなる。
 些細な不安を漏らした茜の言葉を誠実に受け止めてくれた。
 それだけでなく、心を軽くしようとする気遣ってくれた。
 紫生はいつももったいないくらい優しい。

(いつもありがとう)

 心の中でいろいろとたくさん込めた感謝を告げる。

「気にしなくていい」

 わしゃわしゃと頭を撫でる手がくすぐったい。

「ほら、さっさと書かないと日が暮れるぞ」

 そう言ってふいっと顔をそらし、茜の腕を掴みながら木陰へ足早に進みだす。
 その耳が微かに赤いのを茜は見逃さなかった。

 茜はさらに頬が緩んでいくのを止められなかった。

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