【完結】サトリ様と花謡いの巫女の手習い〜奪われ虐げられた私は伝説の巫女様でした〜

日月ゆの

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 巫女の本性を知ってしまった茜は、あの日以来巫女や里の者へ期待するのはやめた。

 茜はかつて、心のどこかで希望を抱いていた。

 いつか声が出たら、里の人々や巫女も、きっと自分を認めてくれるだろうと。

 しかし、その期待は裏切られた。生まれた当初から嫌われ、何をしようが気に障り、この閉ざされた世界ではただひたすら虐げられる存在であることに気付かされた。

 それにあの巫女から家族を守るためには、今は母親の二の舞いになるのは避けたい。

 手や足でも傷つけられてしまえば母をあの女から守れなくなってしまう。

 あんな巫女であってもどれだけ惨めで滑稽であろうと意向に従うしか道がない。

 茜が生きている限り巫女の敵意対象は自分に向き、母へ再び危害を加えることは無いだろうから。

 不興を買わないためにも、目立たず、声も出さず、笑うこともせずいるしかない。

 あの日、巫女の禍々しい笑顔が脳裏に蘇る。

 幼い頃から憧れ、尊敬していたはずのその巫女が、今や茜にとっては最も恐ろしい存在となっている。あの笑顔の奥に潜む冷徹な意図が心の奥底で震えを引き起こす。

 また、あのおどろおどろしい瞳。
 この眼差しに再び晒されると考えただけで、茜はざわざわと不快な気持ちで心が真っ黒く染まる。

 なにも出来ない悔しさで胸の中で静かな怒りがふつふつとこみ上げ、燻り続けるのだ。
 どうして自分だけがこんな悲惨な目にあわないとならないのか、と。

 だが、巫女なんかに支配され、恐れに屈する自分を茜は許せなかった。
 不安に呑み込まれてしまうことを、どうしても避けたかった。

(それにいつか代替わりするだろうから、あのひといつまでも巫女でいる訳じゃないし、大丈夫! )

 未来も今とそう変わらない状況や苦痛があるかもしれない、けれどせっかくなら明るい未来があると信じたい。

 だって、声が出せない私の言葉を全て拾ってくれる紫生と出会えた奇跡も起きたのだから。




 茜は巫女や里の者たちからの視線から逃げるようにこそこそ裏山に毎日通うようになった。

 毎回なぜかいる紫生と会話をしていくうちにこの里がいかに人の世と隔絶されているのか知った。

 人の踏み込まない山奥とは違い、他の街にはもっと沢山の人が住んでおり名前も知らない隣人もいる、と。

 また、茜のように話せない者、目の見えない者のように色々な事情を抱えた者もいることを。

 そして彼は暇つぶしに茜へ文字を教えだした。
 茜のように話せない者は文字を綴り意思疎通をはかっているからと。

 しかし、里のものでも極一部、巫女候補や里の上役しか読めない文字だ。
 習っても、この里ではほとんど通じないから無駄になってしまわないか。

 そう躊躇った茜へ紫生は母は文字を読めるのか聞いた。

 母は元巫女候補であり読み書きもできると答える茜に紫生は、母へ感謝の手紙を書けば良いと諭した。

 文字ならば茜の言葉をそのまま母へ家族に伝えられるから無駄では無いと断言する。

 紫生は茜が言葉を伝えられないもどかしさを抱いていることに気づき、寄り添ってくれた。

 紫生の優しさにくすぐったさと同時に妙な甘さで茜の胸は満たされ、その日より文字を習い始めた。

 紫生はかなり暇だったようで、茜に大層熱心に文字を教えてくれた。

 毎日約束しているわけもないのに、どんなに遅くても必ず紫生が待ち構えており、一つ一つの文字を丁寧に教えてくれた。その優しさが茜にとってはなによりも温かく感じた。

 ひらがなを50音覚えるため文字の書き取りも、自ら筆と和紙を準備した紫生に文字通り手取り足取り文字の書き方を教えてもらった。

 紫生は茜の後ろへ周り、手を添えて一緒に筆を運ぶ。1文字ずつ、筆運びや力加減を何度も覚えるまで根気強く紫生は茜に覚えさせた。
 後ろから抱きしめられるような格好が、茜を支えてくれているようで心が温かくなった。
 彼の手の平の温もりが伝わり、茜は何度も筆を運びながら、その優しさを一文字一文字に刻みこんでいった。

 ある日、茜は気づく。面倒くさがりな紫生の性格上ありえないくらい甲斐甲斐しい教え方だ、と。そんなに自分は要領が悪いのかと自省し、さらに真剣に文字の習得に励んだ。
 
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