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はじまりの10歳
13.運命の人は美しい 《レオン・リューグナーside》4
しおりを挟む「んしょ。これでいいよね!」
花壇の前にしゃがみ、土をスコップの背でペシペシ満足気に叩いてならすラズは花の妖精だ。
苗の根本にかぶせる土の量がまちまちになり、土の山の大きさが不揃いなラズの植えた苗たち。
意外にラズは大雑把なところがあるのか。はぁ、可愛いところしか無い、生きる奇跡。
「あぁ。あとは水をやるだけだ⸺」
ラズに良いところを見せたい俺は、得意の水魔法を展開する。
しかし、いつも温室で広範囲の水を撒くよりも小規模な魔法は魔力制御が難しい。
言い訳だが、ラズが可愛すぎる目で俺を見るのも悪い。
ラズがあの小さな爪の中まで土まみれにし、一生懸命植えた俺達の愛の結晶に、大量の水が降りかかりそうになる。
咄嗟に大量の水を逃がそうと手を晴れ渡る大空に向かって振り上げる。
なんとか寸前で魔力を抑え込んだが、水の飛沫が勢い良く空に向かって飛び散った。
「わぁ! きれーいっ!! 虹だ!」
空に飛び散った水飛沫は太陽の光で煌めき、赤、青、緑の七色の虹を作りだす。
きらきら瞳を輝かせるラズの白髪に虹色の光が反射し、様々に溶け合う色を鮮やかに映す。
幾重にも色を重ねながら煌めく光で彩る白髪。
「……美しい」
例えようもない美しさと清らかさ。ラズそのものだ。
思わず出た言葉。
「ねー。虹きれーい! レオすごーい!」
ラズは虹に触ろうと両手をまっすぐ空に向かって伸ばす。
彼の動きに合わせ、波打つように揺れる虹色に染まり輝く髪。
目を閉じると消えてしまいそうなくらい、幻想的で美しい瞬間。
一生忘れられないよう、多幸感の眩しさでくらみそうになりながら心に刻み込んだ。
美しい幸せの思い出だ。
はぁ、あの言葉はラズには伝わらないか。虹ではなく、ラズの白髪がという意味だったんだけどな。
『色無し』と言われてしまう白髪の持つ美しさは、俺だけが知っていると思えば⸺
俺だけじゃない。
おい。専属従者とか言ったお前。
何故、ラズをそんな瞳で見ている。
見覚えがある、その瞳。
憧憬でもない、恋情を滲ませた瞳。
手に入れたくてしょうがないくせに、叶わない奴等の魅せられた瞳。
嫌だ。ラズが俺以外の奴の手を取るのも、やっと感じた『幸せ』が離れていくのも。
俺の幸せな運命は『ラズ・クレイドル』そのものなんだ。
彼がいるだけで、俺はいくらでもこの先幸せになれるのに。
お互いに求め、思いやって、しきたりや結婚という理由すら些細なことにする、優しく美しい関係なのに。
渡さない。
誰にも渡す気なんかさらさら無い。
優しい俺の運命の人『ラズ・クレイドル』
「ラズ? 次は俺にラズの好きなものを隅々まで教えてくれ」
そう言って手を伸ばせば、ラズは土まみれの手をその従者に拭いてもらう。
とてとて俺のそばに駆け寄り、照れ臭そうにはにかみながら躊躇いなく俺の手を取った。ざまぁ。
従者よ。舌打ちばっかりじゃ、ラズには届かない。
それにな、俺は焦がれてやまないこの小さな温もりを一生離すつもりはない。
この手ごと切り離されても。
◇◇◇◇
ラズの好きなことは読書だということで、おすすめの本の話をすることになった。
ラズが読書好きだからか、公爵邸の図書室はかなり立派だった。
天井につきそうなほど巨大な書架が連なり、その書架に収められている本も数が膨大だ。
「えっとね、こっちに僕のお気に入りの場所があるの、座ろ?」
薄暗い部屋に明り取りのためのステンドグラス窓の前には長椅子が置いてあり、ラズのお気に入りの場所だそうだ。ラズの小さな手に引かれ、隣同士で腰掛ける。
すると、鼻先にうっすらわずかに薫って来た匂い。ラズの匂いだ。簡単に胸が高鳴った。
ラズとの距離は、拳1個分くらいしかなく、少し動くだけで膝と膝が触れそうだ。
こんな薄暗い部屋に2人きり。しかもこの密着具合だ。
もしかして、ラズも俺のことを?
これは、遠回しに誘われている?
いや、でもそういうことは、いくらこの先結婚する事が決まっている俺達でも! 良くないだろう!
物事には順序があり、俺達は未だ幼いからな。キスしかダメだ! 頬のみ!
が、我慢。俺はやれば出来る子。レオン・リューグナー!!
「あ、のっラズ? ち、近くないか?」
やましさで少し声が上擦ったが、上出来だろう。
「……え?」
ラズは良くわからないと言うように、大きな瞳を瞬く。……可愛いが過ぎる。
もうこの体勢のままで良いんじゃ、という考えに呆気なく流されそうになった瞬間。
「そうですね! ラズ様失礼します」
爽やかな声とともに、ラズの体が長椅子の端まで遠退いた。
「え、エリアス?! ちょ?!」
「ところでラズ様。レオン殿下にお見せする本を取りにいきませんか?」
呆然とする俺の視界いっぱいに専属従者と言うやつの背中しかない。ラズのかけらも見えなくされた。
声だけでも可愛さは補給出来るが、視覚ではそれはまた別次元の可愛さを補給できるのに。
「ちょっと待ってね。レオに見せたい本を取ってくるね!」
ラズはご機嫌に言い残すと専属従者を従え、巨大書架の間に消えた。
ラズの背中さえ見えないようにするのは、流石にやり過ぎでは? あの専属従者とかいうやつ。
でも、ラズの好きな本ってなんだろうか。楽しみだな。
それに、ラズと2人きりで図書室に通えるならば、これから俺の趣味は読書だと言い張ろう。
もやもやとうきうきが入り交じった感情を持て余す俺のところへ、数分後、ラズが戻って来た。
専属従者に数冊持たせているが、ラズが大事そうに抱えているのは1冊の絵本だけ。
これが僕の1番好きな絵本なんだ、とはにかみながらラズは絵本を俺に差し出した。
表紙の角が取れるくらい読み古した絵本。
子供の頃に俺も母親に読み聞かされ、誰もが知っているくらい有名な『王子様』が主人公の童話だ。
かつては俺も、この主人公になりきり、ページをめくる時間がもどかしくなる程物語の行く末にワクワクした。
「あのね、レオってこの本に出てくる王子様みたいでかっこいいよね! 見た目がそっくり!」
ゆっくりとページをめくるラズが、物語の主人公である『王子様』を指差した。
幼い頃憧れた物語の主人公に似て、かっこいいと言われ、浮かれた。
愛しのラズにも俺がかっこいいと思ってもらえたことが、憧れの主人公に似ていることよりも不思議と嬉しい。
父親譲りである王族特有の黄金色の髪、濃い蒼の瞳は俺にとっても自慢の色だ。
自身の持つ色がラズにとっても好ましいと知り、さらに好きになれた。
じゃあ、先程気付いたラズの白髪やピンクの瞳の美しさを俺が素直に伝えられたら、ラズも自分の色を好きになれるだろうか。
初対面で『色無し』と言ってしまった後悔が、未だに抜けない棘のように引っかかるんだ。
あの時はどれだけ酷い言葉をラズにぶつけたのか気付かなかった。
しかし、今日ラズが持ってくる絵本はどれも……。
悪役として描かれているのは『白髪』もしくは『銀髪』だ。
黒に準ずる『蒼』を持つ王族やクレイドルは美しい。
白や銀など薄い色合いを持つものは『色無し』であり、醜悪。
そんな偏った考えに染まった俺は安易にラズを傷つけてしまった。
ラズの白髪が虹色に染まった優美さ、ピンクの瞳は食べてしまいたいくらい美味しそうに可愛い。
それに、ラズはいたいけで飾りない優しさを持っている。そう、童話の主人公のような。
それを素直に伝えられたら、ラズも自分の色が好きになれるんじゃないか。
「……ありがとう。あのその……」
絵本を読み終わったラズが表紙を優しく撫でる。大人びたその横顔に息を呑む。
諦めたような眼差しは、挿絵の悪役に向けられている。
「あ、レオはこの本面白くなかったかな?」
「面白いよ……そのラズはなんでこの本が好きなんだ?」
質問を返されタイミングを失い、やる気が萎んだ俺は無難なことを聞く。
「ふふふ、この絵本は読む人によってお話が変わる『魔法の絵本』って昔誰かに教えてもらったんだ。その時から、僕の1番大好きな絵本になったんだよ」
ラズと専属従者が素早く目配せし合った気がする。
だが、すぐに見せたラズの照れ臭そうな笑みに、可愛いの文字で頭が埋め尽くされた。
専属従者も謎に口元を抑えながら顔を逸らしていたが、ラズのこの可愛さならば普通の反応だな。
その後、ラズの可愛さを存分に堪能してしまった俺は、結局白髪の美しさを伝えられなかった。
自宅に帰り独り反省会だ。
ラズの可愛さにずるずるとタイミングを逃してしまう……というのは違うな。
俺が未だに勇気が持てないんだ。再び不用意な発言をしさらにラズを傷つけてしまうのが怖い。
傷つけて、嫌われてしまうのが嫌だ。
『しきたり』しか俺とラズを繋ぐものが無い。
いつか舅によって話が立ち消えそうな頼りない繋がり。
まだ出会ったばかりだけれど、俺がラズを好きだ。このまま結婚したい。
じゃあラズは俺と結婚したいと思うほど好きなのか?
将来、舅から婚約を破棄されそうになったら、ラズは俺を選んでくれるだろうか。
怖い。
嫌だ。
でも、1番嫌なのは、ラズに嫌われること。
ラズにもさらに俺自身を知ってもらい、結婚したいくらい好きになってもらいたい。
よし! ラズの隣に立っても恥ずかしくない格好いい『王子様』を目指そう。
苦手だった公務や勉強も頑張り、見た目だけでなく中身も格好いい『王子様』になるぞ!
いつか、童話の『王子様』のように自分の思いを真っ直ぐ伝えられるように。
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