上 下
67 / 74
最後の18歳

67.クレイドル聖爵家嫡男『ラズ・クレイドル』として

しおりを挟む

 「今日もダメかぁー」

 僕の情けない声がドーム上の巨大な天井に反響する。
 黒大理石が窓から入り込む陽光を反射させ宝石のように輝く、重厚かつ煌びやかなこの聖堂。
 左右対称に配置され聖堂を支える柱も、もちろん黒大理石だ。
 さらに立派な柱の間、壁一面に嵌め込まれるのは豪華なステンドグラスなの。

 空気さえも違うと錯覚してしまい、無意識に背筋がシャンっと伸びる荘厳な聖堂だ

 そんな聖堂のど真ん中、祭壇の前でゴロンっと毛足の長い絨毯に寝転ぶ。
 体全体で絨毯のふわふわな感触を受けとめながら、目に入るはなんとも美麗な宗教画だ。

「……これが聖女だけしか見れないんなんてもったいないな」

 そう。神殿の財力や権威を余すことなくつぎ込み、妥協を許さず造り上げられた聖堂は聖女様専用なのだ。
 ジェスター教の象徴である聖女様への信仰心が凄過ぎてこわいよね。
 見るだけでブルブル震えてしまいそうな絢爛豪華なこの場に立ちいれるのは僕だけ。

 イヴはまだ正式な聖女様となる資格が無いから。

 その理由は聖女様と正式に成るには、一定基準の教養と『聖魔法』が必要だから。
 聖女様って国内外の王族と交流するし、その際ジェスター教の象徴としての振る舞いも求められる。

 この一定基準の教養を、未だに王立学院に在籍中のイヴでは圧倒的に満たし切れていない。

 他国の礼儀作法や言語などが含まれる聖女様として必要不可欠な教養。
 僕がクレイドル公爵家嫡男として、子供の頃からみっちり教えこまれたものだったんだよね。

 だからさ。クレイドル公爵家一門から代替わりのような頻度で聖女様が選ばれる理由を察してしまったよ。

 がらんとした聖堂の天井画は見る人間が限られていようが美しい。
 創世神が荒れたこの地に降臨し、世界を創造する一場面を切り取った絵画。
 細部の配色にまで気を配り、繊細かつダイナミックに天井全体を覆う。

「細かな違う色を重ねているんだ。……きれい」

 闇に浮かぶ2つの満ちた月。
 漆黒の髪を風に流す創世神様。

 闇夜や創造神の髪を表現する微細に違う黒色は、見るものを圧倒する気高い美しさを放つ。

「なんで無視するんだよ……神様」

 ここ数日、僕はある目的で聖堂に通いつめ祈りを捧げている。
 もちろんウインドウを表示させてみたが反応無し。

 今日もダメもとで、頭の中で「ウインドウオープン」と念じれば、青白いウインドウが音を出し、出現する。

 ウインドウにはここ数日全く変わり無い内容が表示されていた。

 【贖罪】
 《かけがえの無いものを捧げ、罪をあがなうために救うスキル》

 いつもながらポエミーな説明文に驚くよね。

「勝手に呼ぶくせにさ……」

 そうなんだ。今までは神様のお部屋へ強制的に招かれていた。
 よくわからないタイミングでさ。

 初めて招かれたのはウインドウが出現した日。
 次は『聖力』の実験をした夜。
 その次は……。

 あぁ。そういうことなんだ。
 呆れるほど神様は確かに僕を大事に想ってくれている。

「ありがとう。神様。……ごめんね」

 僕はローブの懐から短剣を抜き出す。
 思いっきり振り上げ、胸元に剣先を突き立てた。

 ⸺今度は僕が会いに行くよ。

 ◇◇◇◇

「このバカッ!」

 パシン、と頬に衝撃。
 熱を伴いながらじんじんと痛みが頬に拡がっていく。
 この痛みすら神様が僕を想う優しさなんだと思ったら、噛みしめるように叩かれた頬を撫でていた。

「な、なんでだよ……。笑ってすることじゃないッ」
「心配させてごめん。どうしても神様に会いたかったんだ」

 いつも通り神様のお部屋のベッド端に腰掛けたまま、真正面に立つ神様をじっと見上げる。
 怒りに手を震わせ、顔を真っ赤にする神様。
 大好きな漆黒の瞳が怒りに揺れる。

「は?」
「僕が死にかけると神様が助けてくれるからさ。必ずね」

 怒った顔から気の抜けた表情へ一瞬で変わる。
 彼の纏う怒りの温度が急降下していくのがわかる。
 そして、頬を淡く染め動揺したようにすい、と視線を逸した。

「今までありがとう。大好き」

 いつも飄々と気怠げな彼を僕が崩せた。
 優越感のような、ほの暗さを秘めた喜びが湧いてくる。
 初めての感情を抱いた自分自身に驚きながら、立ち上がり神様にぎゅうと抱きついた。

「あ、う、」

 神様はさらに顔を真っ赤にすると変な声を漏らす。

「ねえ。いい加減さ。全てを教えて欲しいな。僕はずっと『ラズ・クレイドル』だったんだよね?」

 ひゅん、と息を呑む神様。
 いつになく動揺しきった姿。怯えが滲んでいる。
 目の前の痛ましい姿に、神様からどこまでも深く想われていたのを知る。

「大丈夫だよ。全てを知っても、この愛しい世界をちゃんと救うからさ」
「…………」

 言葉も無く、黙り込む神様。
 安心させるように、小さく震えるその背中をそっと撫でる。

「僕は2度も『ラズ・クレイドル』として生きられたのを感謝しているんだ。おかげで、真っ当に皆を愛せた。それに、愛しい皆の些細な日常を救える力をくれてありがとう」

 僕の気持ちが伝わるだろうか。
 神様が僕を大切に思い、心を砕き、慈悲深く与えてくれた機会。
 その選択が誓って間違いでは無い、と。
 罪悪感なんて神様が感じる必要は無い。

 不安しかないが、振り払うように必死に言葉をかき集める。

 あなたが僕に教えてくれた。いや、気づかせてくれた幸せな想い。
 人を愛おしみ、そっと寄り添う気持ち。
 大切にしたいし、ずっと忘れないよ。

 祈るように声へ出した時には、ぐずぐずに震えてしまった。

「……それに、信じて欲しいな。共に歩んで来た今までの日々と神様自身をさ」

 信じて欲しい。
 あなたがこれまで一緒に歩んできた今世・・の『癒やし』の聖爵家嫡男『ラズ・クレイドル』を。
 そして、あんな前世・・の僕にも救いの手を差し伸べてしまう。
 月明かりのようにそっと寄り添い、穏やかに包み込む愛を持つ神様自身を。

「あなたが創った世界は愛に満ち溢れているよ。この僕が、妬ましく絶望に堕ちたくらいにね」

 あえて自虐的に言ってみせれば。

「……ラズは本当に良い子に育ったな」

 神様がしみじみと呟いた。

 ねえ、神様。それは違うよ。
 前世の僕はお世辞にも良い子ではない。なんせ子供じみた癇癪で世界を滅ぼしてしまった。
 やっと良い子になれたのは神様のおかげ。
 ウインドウ越しに時に叱咤し、励ましてくれた。
 神様が僕を信じてひっそり見守り、愛を注いでくれたから。

「神様がずっと見捨てず、僕を愛してくれた生かしてくれたおかげだよ。ありがとう」

 ふふっと小さく笑いを洩らした神様はやっと顔を上げた。

「俺のラズはキレイなだけじゃ無くて、中身はイケメンだったな」
「ヘヘッ、ありがとう」

 僕の両肩を掴み上から覗き込む神様は穏やかで、なんとなくすっきりしたお顔をしていた。

「全てを聞いて俺を恨んでも、もう手遅れだからな」
「大丈夫だよ」

 悪ぶった言い方だけど、わざわざ聞いてしまう優しさが嬉しい。
 それにね、大好きな神様になら、何されたって良いんだ。喜んでなんでも受け止めちゃうよ。
 自覚したばかりの重い気持ちが少ーしだけでも伝わればな、と淡い期待を瞳にのせ見つめ返した。

「これからラズは俺のものになるしかないんだから」
「……ん?」
「全てが終わったら、ここへラズをずーっと閉じ込めて、俺だけのラズにするって話」

「……ドウイウこと?」

 思わずカタコトの日本語がもれ出てきた。

 僕のヘロヘロな声が部屋中に広まり、さっきまでのシリアスな空気をぶち壊す。

 だってさ。内容に脈絡がなさすぎる。
 僕の質問に全く答えていない。
 補足した体で神様は続けたけど、さらに混沌を呼ぶ内容だったしさ。

 閉じ込めるとか、神様のものになるとかだよ?
 それだと、神様がさ。
 あの、その、僕のことをさ……とか勘違いしちゃう。

 期待に顔が熱を持ち、絶対変なお顔をしている自覚があるから、神様のお顔が見れない。
 苦し紛れに神様の背中の服をキュッと掴んだまま胸へ顔を埋めた。
 ぶはっ! と吹き出した神様は、眉を下げた苦笑い。

「可愛いすぎだ! もう腹括るしかないなー」

 神様はご機嫌な声を出しながら、僕を軽々抱き上げベッドへ腰掛けた。
 僕を膝に乗せ、背後から抱きかかえぎゅっと腕の中に閉じ込める。

 肩に頭を載せると、今の今まで隠してきた内容を淡々と話し出す。
 さっきまで躊躇っていたのが嘘みたいに。

「日本で自宅警備中、ド〇クエに夢中になっていた俺は気を失い。目が覚めたら……この部屋にいたんだ……」

 突然、異世界転移テンプレのプロローグ始まっちゃった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生したから断罪ルート回避しようとした結果、王太子殿下を溺愛してる

琥月ルル
BL
【完結】俺は、前世で姉がプレイしていた十八禁乙女ゲームに登場する当て馬役の公爵令息・ウィリアムに転生した。ゲームでは、攻略対象の王太子・エドワードとヒロイン・セシリアの恋路を邪魔する悪役として断罪され、ウィリアムは悲惨な結末を迎える。ところが、断罪ルートを回避するためにゲームとは違う行動を重ねるうちに、エドワードに惹かれていく自分に気付く。それに、なんとエドワードも俺を特別な存在だと思ってくれているようで…!?そんな期待に胸を高鳴らせていた俺だったが、ヒロイン・セシリアの乱入で俺たちの恋は予期せぬ大波乱の予感!? 黒髪垂れ目・ゆるふわ系のフェロモンあふれる無自覚スパダリな超絶美形の悪役令息(?)と、金髪碧眼・全てが完璧だけど裏で死ぬほど努力してる美人系の王子様(攻略対象)が織りなす、切なくも甘く幸せな恋の物語。 ※主人公が攻めです。王子様(受け)を溺愛します。攻めも受けもお互いに一途。糖度高め。 ※えろは後半に集中してます。キスやえっちなど、いちゃいちゃメインの話にはタイトルの後に♡がつきます。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

堅物王子の側妃は降嫁と言われたので王宮騎士になって返り咲く

あさ田ぱん
BL
辺境伯の四男のアナベルは堅物王子ギルフォードと政略結婚をして側妃となった。ギルフォードは好色な王に習って側妃を数名抱えていたが、いずれも白い結婚で、国庫を圧迫する後宮を縮小したいと考えている。アナベルは唯一の男の側妃で他の側妃からの虐めにも耐えて頑張っていたが、スタンピードが発生したことでギルフォードは側妃達を降嫁させると宣言する。 堅物王子攻×健気受け R18には※をつけております。 いろいろとご指摘の箇所を修正、改稿してアップしています。 ※皇→王に修正、などなど、タイトルも変えました

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

召喚されない神子と不機嫌な騎士

拓海のり
BL
気が付いたら異世界で、エルヴェという少年の身体に入っていたオレ。 神殿の神官見習いの身分はなかなかにハードだし、オレ付きの筈の護衛は素っ気ないけれど、チート能力で乗り切れるのか? ご都合主義、よくある話、軽めのゆるゆる設定です。なんちゃってファンタジー。他サイト様にも投稿しています。 男性だけの世界です。男性妊娠の表現があります。

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

使用人【モブA】の俺が婚約破棄に巻き込まれた挙句、公爵家の兄弟から溺愛されるなんて聞いてませんけど!?

亜沙美多郎
BL
悪役令嬢ものの漫画の世界にモブとして転生した『モブA』は、婚約破棄の現場を一人の傍観者として見ていた。 しかし公爵家嫡男であるリュシアンから「この人と結婚する」と突然言われ、困惑するモブA。 さらにリュシアンの弟アルチュールが乱入し、「僕もこの使用人が好きだった」と取り合いになってしまった。 リュシアンの提案でキスで勝負することとなった二人だが、それでは決着がつかず、セックスで勝負する流れになってしまう。二人から責められるモブAは翻弄され、愛される喜びを知る……。 前編、中編、後編の3部完結です。 お気に入り登録、いいね、など、応援よろしくお願いします♡ ★ホトラン入り、ありがとうございます! ★ムーンさんで日間短編ランキング1位 週間短編ランキング1位頂きました。

【完結】残念な悪役の元王子に転生したので、何とかざまぁを回避したい!

  *  
BL
R18BLゲームで、頭弱く魔力最低、きゃんきゃん吠えるだけの残念なちっちゃい悪役、元王子のリユィに転生してしまいました……! R18なお話には*がついています。 お話の本編は完結していますが、おまけのお話を更新したりします。

処理中です...