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最後の18歳
66.出来過ぎる弟は天才かも
しおりを挟む「っあ! イヴっ! 強引に突っ込まないでっ! やっ!」
「っはぁ! ごめん! 抑えられないッ! らッず!」
手の平から無理矢理注ぎ込まれたイヴの聖力が僕の体を駆け回る。
大量の濃紺色した聖力に僕の白銀色が浸食され、一気に染め上げられる感覚。
お互いの体の境界が無くなって、抗い難い甘やかな波に攫われそうで、怖い。
けど、強烈な感覚に全身から力が抜け、何も考えられなくなっていく。
「ぁあああ! やぁ! へん!」
「やばいっラズの中に僕のが入っている。はっ、ラズのお顔えっちッ!」
両手を離したいのに、力が入らず逆に握りこんでしまう。
甘やかな波を押し返したくて、僕からも聖力をイヴへありったけ注ぎ込む。
「んあっ! いっぱい!! だぁっめぇ!」
「っ! ラズが僕の中に?! ……くっ」
イヴが余裕無さそうな声をあげると、一際ぞくぞくと追い立てる波が僕達を襲う。
頭が真っ白になるような感覚に浮かされる。
背を弓なりに反らせ、2人同時に声にならない悲鳴の様な声を上げた。
僕達の荒々しい息が、静かな浴室へ反響しながら重なる。
「……はぁ。今度はベッドの上で……しよう……これは危ない」
「……うん。……しんどい……むり」
脱力したように浴槽の縁に背を預けもたれるイヴ。
僕はそんなイヴの首筋にぐったりと寄りかかる。
2人の心臓がドックンドックン拍動しているのがわかるほどの疲労感が僕達を襲っていた。
しばらく2人で抱き合いながら、初めて異物を受け入れた気怠さを深呼吸を繰り返しながら逃がし、息を整えた。
その後は、いつの間にか肩に流れ落ちてしまった僕の乱れた髪を、イヴが結い直した。
でも、ずっと向き合って抱き合う体勢なのはなぜなのか。
イヴが頑なに体を離してくれない。
抵抗する力も残っていない僕は、イヴの肩へこめかみをこてりと軽く乗せる
半身浴みたいに腰だけ浴槽に浸かっているから、のぼせることは無いし。
今は、まだ動きたくないの。
「ふふっ、ラズが甘えてくれて嬉しい」
「んー、いまはお兄ちゃんおやすみなの……」
「ッなにその……可愛さ!! 僕をどうしたいの?!」
イヴは苦しげに唸り、呼吸が荒くなった。
それでも、僕の肩が冷えないように、手でお湯を掬いせっせと掛けてくれて優しい。
しばらくイヴの肩でぽわぽわしつつ休憩していた。
ふと、思いだした神託のお話をイヴに聞くと、すんごく興奮し始めたよ。
「ねー、イヴ。神託って……夢に現れたんだよね。その人が神様ってなんでわかったの?」
「あのね! 本当に創世神様が夢に現れたんだ。漆黒を纏う御姿はラズと並ぶくらい神々しくも麗しい! その美しさに僕は確信したよ! その方が紛れもなく創世神様であらせられる、と!」
緩く穏やかだけれど威圧感がある話し方、白髪に対する熱量、漆黒の瞳と髪。
イヴのお話を聞く限りでは、僕が知る「神様」だった。
じゃあさ、僕に直接神託を降せば良かったと思うんだ。
可愛い弟にあんな残酷な事を言わせないで欲しかった。
いや。イヴは神様に会えたのに、僕は会えなかったから、嫉妬しているんだ。
あさましい嫉妬を抱く自分自身に驚きながら、自己嫌悪。
イヴは全く関係無いのに巻き込まれただけなのにさ。
大切な弟の気持ちを優先して考えてあげられない、本当に僕はダメダメなお兄ちゃんだ。
自分の最低さ加減に嫌気がさし、ついため息が漏れた。
イヴのうなじの後れ毛がふわりと揺れる。
あ、と何やら悩ましげな声を漏らし、擽ったそうにイヴが身を竦めた。
ちゃぷん、ちゃぷんと湯が揺れる水音。
鼻先を擽るイヴからするシャンプーの香り。
思い詰めたような沈黙が僕達を包む。
「……イヴからシャンプーの良い香りがするね」
いたたまれない空気を変えようしてみたけど、アホなことしか言えなかった。
「ラズのほうが甘くて良い香りがするよ」
イヴは、すん、と匂いを嗅ぐように僕の首筋に顔を近づけた。
「ねえ、ラズに聞きたいことが……」
「ん?」
「……あの。その、先日のレオン殿下との婚約発表は、ラズの意思では無いよね?」
イヴにしては、遠回しな言い方だ。
あぁ。イヴはレオと結婚したいんだな。
僕はレオと結婚しないから、心配要らないよ。
イヴの立場だったら、僕に言いづらいよね。あー、恋バナってどうすればいいの。
「イブは……レオと結婚したいんだよ……ね?」
「は?」
「あ、えっと。隠さなくてよいよ。初対面の時にも言っていたし……、僕の婚約者候補だったから言いづらいかもしれないけ、ぁあっ!」
なになに? 変な感じ……だ。
チリっとした痛みがうなじに走り、甘いようなしびれが体に残る。
イヴがなにかしたの?
いつの間にかうなじにイブの顔が埋まっている。
イヴはうなじに唇を押し付けたまま、動かした。
唇が動くと、吐息の熱や唇の柔らかさがうなじに伝わり、かなり擽ったい。
「ねぇ。ラズにとって僕は……なに?」
イヴの声が弱々しく不安げに掠れている。
それなのに離す気は無い、と言うように腰にきつく巻きつけられた腕にさらにぐいっと抱きしめられた。
「大好きだし、愛してる弟だよ」
「ふふふ……あははは!」
「ん、んやっ! くすぐったいよぉっ!」
「ラズ? 僕はあなたを兄と思っていない」
イヴはすごく真剣な声でそう言うと、すっと体を離す。
至近距離で彼の本紫の瞳と視線が絡む。
「う、うそ」
やっぱり、と諦められたらどんなに良かっただろう。
「嘘じゃないよ」
僕を真っ直ぐ見つめるクレイドルの美しい色彩を如実に表した紫色の瞳。
羨ましくて堪らなかったその色は、大好きな弟のもの。
やっと今世では羨ましいと素直に認め、仲良くできたのに。
「僕はイヴが好き。弟として愛しているの。家族に成れて嬉しかったの! お願いだからさ……イヴは僕のこと……嫌い?」
視界がゆらゆら揺れだし、ぼやけていく。
自分でも何を言っているのかわからない。
僕はダメなお兄ちゃんだけど、イヴを弟として愛しているんだ。
「あー、待って! ラズがそういうのに疎いのはわかっているから、泣かないで!」
深呼吸して、とイブに言われ、背中を優しく叩かれながら、スーハー深呼吸を一緒に繰り返す。
悲しい気持ちが少し落ち着きイヴを見上げれば、いつものイヴが、苦笑いしていた。
「あのね。ラズのことを嫌いになった訳じゃなくて、むしろ……」
「むしろ?」
イブが頬を淡く染め、なぜか気まずそうに視線をさまよわせだす。
僕はそんな様子にじわりじわりと嫌な不安が胸に広がっていく。
「………っ。もう、一緒にお風呂へ入るの止めよう」
「え?」
「ラズを愛しているんだ。……だから僕はもう耐えられない」
イヴは悲しげにまつ毛を伏せぽつりとそう言うと、顔を上げる。
僕を見つめる紫の瞳は切ないくらい甘い熱を孕む。
見覚えのある瞳を他でも無い僕へ向けられる意味が理解できずに戸惑い、逸らすこともでき無い。
だってそれは僕に向けるものじゃない。
僕の頬を、イヴはひどく優しい手つきでするり、と撫でた。
お湯に浸かっていたからなのか、とても熱い手。
見つめる眼差しはとろりと蕩けているのに、瞳の奥底には危険な光を帯びていた。
未だに起こったことが理解できず固まる僕に、困ったようにイブはふっと笑う。
その笑みは、愛らしい『弟』の微笑みだ。
「ラズは病み上がりだから、もう出たほうが良いね」
何事も無かったように、イヴは僕を抱え浴場から出ていく。
真っ直ぐ前を向くイヴの横顔。
僕はイヴからの突然の告白に、思考停止状態で声をかけることができない。
イヴは脱衣場に控えたエリアスへ僕を託し、踵を返し浴場へ戻る。一切僕と目を合わせずに。
脱衣室の椅子に放心状態の僕は座らせられた。
エリアスは、すぐさまふわふわタオルをぽんぽん押し付けるように丁寧に体を拭く。
気遣うようなエリアスの手付きに、訳がわからずぽろぽろ涙が零れてきた
「ラズさま?!」
「違う。ちが、う。ちがうよね? お兄ちゃん、としてだよね?」
エリアスが一瞬、言葉を詰まらせ固まる。
「……っ! なん、のことか……私には分かりませんのでお答えできません」
エリアスは声を沈ませそう言うと、色々なものを呑み込むみたいに口を噤んだ。
「……ちがう……よね? 僕はおとうとじゃないよ……」
背中が消えていった浴場の扉へ向かい、イヴが伝えたかった衝撃の事実を問いかけた。
僕は気付いてしまったんだ。
入浴中、イヴが僕のお腹をチラチラ見ていたことをさ。
僕の真っ白で柔らかなお腹では、『兄』とは思えないって事なんだよ。
だらしないお腹が視界に入るのが耐えられないんだ。
⸺『弟』にしかみれない。『弟』として僕を愛しているんだ。
「……そっちに考えたんですね。さすがラズ様です」
かなり珍しくエリアスに褒められたのに、全く嬉しくないのはなんでだろうか。
「それとラズ様。うなじに『聖魔法』を即刻かけてください。コレは視界に入れなくて良いので」
何かに気付いたエリアスは、とんでも無く凍てついた空気を醸し出し始める。
服を着せることも忘れ、僕の手をうなじへ持っていき『聖魔法』を無理強いする。
「え? な、なんで?」
「は、や、く。ラズ様は私だけを見ていれば良いのです。こんなの消してしまいましょう」
「……わかったよ」
両頬の涙を手の平で拭い、鼻先が触れ合いそうなくらい近く、ずいっっと無表情なお顔を近づけるエリアス。
エリアスからの狂気じみた迫力に押し負けた僕は、疑問符を浮かべながらうなじに『聖魔法』をかけた。
大きな両手で顔を持ちながら、瞬きもせずじっと見つめるのはやめて欲しい。
シンプルに恐いよ?!
「よく出来ましたね。ラズ様」
ご機嫌になったエリアスに頭を優しく撫でられ、やっと服を着せてもらえました。
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