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最後の16歳

65.ん?弟の様子がおかしいぞ

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 僕が泣き出したら、皆がパニック状態で背中を摩りだしたり、頭を撫でてくれてね。
 その優しさにどんどん涙が溢れて、体の中の水分を全部出しちゃうかと思った。
 でもね、本当に大切で幸せな時間だった。

 その日の夜。
 イヴと2人きりでお話をしたい僕は久しぶりにイヴをお風呂に誘った。

 おじさまから聖女様専用のお風呂があると教えられたからさ。

 その聖女様専用のお風呂は圧巻の豪勢さだった。
 公爵邸のお風呂も大きく広かったけれど、ここに比べたら可愛いものだったよ。

 公爵邸のお風呂が2つは入るくらいの巨大浴場だったから。前世の温泉旅館にある大浴場くらいだ。

 大理石で掘られた獅子の口から大量のお湯が流れ、10人以上の大人が広々と入れそうな大理石の浴槽をたっぷりなお湯で満たす。

 しかもお湯は乳白色の色をしており、湯から立ち上るとってもいい匂いが浴場を満たしている。

 浴槽内には段差があり、湯に浸かりながら座り寛げるようになっていた。
 深さもそれなりにありそうで、手すり付き階段が備え付けられている。

 僕達は浴場の扉を開けた瞬間、大浴場の豪勢さに2人仲良く裸で呆然と固まった。

「……学院の寮の大浴場よりも大きい」
「へー。そんなに大きいんだ! でもみんなでお風呂に入るの楽しそう!」 
「……他の生徒に体をじろじろ見られたり、良いことないよ」

 なんだかイブの眉間にシワが寄って、苦々しい表情を浮かべる。
 そんなに皆でお風呂に入るのが、嫌だったのかな。
 家だと僕と入る時以外は、一人でお風呂入っていたからさ。大人数での入浴に慣れなかったのかもな。
 いつも僕とお風呂入るときも、前を隠すし恥ずかしがりやさんだもんね。
 元日本男児な僕は、気にならないから前を隠すなんてしないけど。

「ふふっ! じゃあ今日は僕と2人だけで貸し切りだから、ゆっくりできるね!」
「はいっ」

 イブの手をぎゅっと握りながらにっこり笑いかけると、イブも嬉しそうに笑顔を返してくれた。
 二人で手を繋いで大理石の床を滑らないよう慎重にペタペタ歩いていく。
 風呂椅子に隣同士で腰掛け、いつも通り髪や体を洗いあうことに。

「んっ、あ、ンんっ! イブッ……もうやめてよぉ……」

 くすぐったくて変な声が出ちゃうよぉ。

 背中を洗うイブの大きな手の平が、ふわふわの泡を撫で、塗りひろげる。
 柔らかい泡が肌の上をにゅるにゅる滑らかにすべりながら脇腹、胸に当たる。
 その刺激につい身をよじらせ、情けない声が漏れる。

「すみません。久しぶりにラズの体を洗ったから、もたついてしまいました!」

 イヴが真っ赤なお顔なんだけど、すごく良い笑顔で僕の顔を見る。
 もたついた、と言う割にイヴはテキパキと洗面器にお湯を溜めた。
 僕の肩から洗面器のお湯をゆっくり掛けながら、泡を手の平で背中をなぞるように時間をかけて洗いながす。

 手の平が肌の上を滑るたびにぞわり、となんかむず痒い刺激を与えられる。
 止めようと思うのにさらに鼻にかかった声が出てきてしまう。
 
「ひやぁ、ぅん、ぁあ、……ん」

 広すぎる浴場に僕の変な声が反響する。
 自分の声だと思えないほど甘い声が恥ずかしい。
 思わずイヴの腕にしがみつき、早くしてと目で訴える。

「ぅあ、いっヴ……はや、く」
「んぐっ! 。っわかりましたぁ!」

 優しいイヴは、僕の必死な訴えに、何かを我慢する声を上げる。
 先程とは違い、僕の体にお湯をざばりっと勢い良くかけ、泡を一気に流し終わる。

 もう終わって良かった。
 イヴの洗い方ってすっごく丁寧なんだけと、くすぐったいんだよお。

 これだけ丁寧に洗われたら、ちゃんとお礼をしたほうがよいよね。
 今度はお礼に僕がイヴの背中を流す番だ!


「じゃあ今度は」
「ぼ、僕は自分で洗うっ! その、あの、水も浴びたいです!」

 僕が石鹸を手に取った途端、イヴが内股の前屈みになりながら、焦ったように手を突き出す。
 真っ赤なお顔で、目が血走っているし、鼻息も荒い。

 のぼせちゃったのかな。
 イヴと二人だけで神託や色々なお話をしたかったから、お風呂にさそったけど、イヴの体調が最優先だよね。

「のぼせちゃった? それなら浴槽入るのやめ」
「大丈夫っ!! 落ち着かせたら、必ずラズと入る! だから先入って待ってて!」

 イヴが必死に言い募るから、僕だけ先に巨大浴槽へ。

 浴槽にゆっくり足を差し入れていたら、背中からザバンザバンと激しい水音が。
 なぜかイブがお腹だけに何回も水を大量にかけている。

 よくわからない。
 イヴの様子が気になるけど、あれだけ豪快にお水をかけられるなら体調は大丈夫だよね。

 ほっと一安心し、巨大浴槽を楽しむことに。
 大きく手足を伸ばしてもまだまだ余裕でゆとりのある浴槽。
 たっぷりなお湯に温泉気分でテンションが上がる。
 僕は湯の中で体の力を抜き、ぷかぷかとお湯に体を委ねた。

 ゆったり体を浮かせながら見えるは、天窓から覗く満天の星と2つの満ちた月。
 湯けむりに射し込む月光が白い虹のように揺らめきとても幻想的だ。

 片方の月はやっぱりトドメ色をしている。
 神託で予言された、魔物のスタンピードが起こること関係あるのかな。
 この現象は僕しかわからないからさ。
 うーん。よくわかんない。

 色々あり過ぎて疲れた僕は、自然と目蓋を閉じ、気ままに揺蕩う。

 すると、ざぶざぶと騒がしい波音が近付き、お湯が大きく波立つ。

 突然の大波にさらわれないためにも、体を起こし、足をバタバタ動かして溺れないように底へつま先を着けた。
 けど、すぐになぜかふわりと体が浮く。
 イヴが、僕を横抱っこしてお湯から掬い上げていた。

「ラズ?! い、いきて」

 焦った声がずぶ濡れの僕にかけられる。  

「えっと……イヴどうしたの?」
「は? え? なんで……? 溺れてたんじゃ?」
「ぷかぷかお湯に浮かんでただけだよ?」
「…………」

 必死な形相のイヴとお風呂の気持ち良さにぽやんとした僕。
 2人の間になんともいえない微妙な空気が流れた。

「じゃあここで僕と一緒に大人しく浸かりましょうね、ラズ兄様?」

 僕が溺れたと勘違いしたイブが、僕の体を軽々横抱きしたまま浴槽の段差へ腰掛けた。
 お膝の上に乗せられるのは恥ずかしくて、抜け出そうともがいた。
 けれど、さらに腕へ力を入れられガッチリ体を固定されました。

 うぅ。イヴがエリアスみたいな端正な笑顔を浮かべているよ。
 しかもわざわざ『ラズ兄様』って言う時は怒っている時なんだよー!

「……はい」

 不服ながらも、イヴをじっと見上げお返事しました。
 イヴは嬉しそうにふにゃりと優しく微笑んだ。

 僕よりもイヴは頭半個分も背が高くなったからかな。
 微笑みながら上気した頬、まとめ上げた濡れ髪から水がぽたりと滴り、首筋から鎖骨の窪みに流れる。
 さらに羨ましいくらい見事に縦線が入り、割れている腹筋。
 年下のはずの彼から、とんでも無い色気が滴っているのだ。

 悔しくて自分の真っ白でひょろひょろな体をちらりと見てみるが、柔らかそうな薄いお腹が出てきた。
 これでは兄の威厳が全く無いよね。
 いくら食べても太れないし、背も伸びません。

「ラズ? どうした? 話があるんじゃなかった?」

 整った眉を下げ、首を傾げるイヴのうなじの後れ毛がぱらり、と1房落ちる。
 その姿は、恐ろしいくらいの色気垂れ流し状態だ。
『弟』相手にドキドキしてしまった居心地悪さをごまかすように、瞳の能力と聖力の秘密話を切り出した。

「あ、いや、ね。僕の瞳が持つ力と、クレイドルが聖力を受け付けない理由を話しておきたかったんだ」
「……えっとラズの潤んだ瞳へ光栄にも映った者達が、その美しさに眩むことで多種の変態へ変貌し、変態が連鎖していく能力だよね? それが僕達の体質と関係あるの?」
「…………一から説明するからね」

 良くわからないことを真剣な顔で言うイヴだ。
 そういえば、イヴは時々僕に対して妙なことをいう子だったな。
 こんな珍妙なやり取りも、懐かしく感じてしまうよ。

 懐かしさに頬を緩めながら、聖力や他のものがモヤに見えることをイヴへ気負いなく告白した。
 ついでにクレイドルの体質の秘密を教えた。

 一人一人聖力の色が違うため、拒否反応で他の聖力を受け付けないということを。

 これが理解できれば、聖力の色を変化させることでクレイドルの治癒も可能であり、クレイドルは重症を負っても見捨てられることは無い。
 また、自身の命が危険な状況に陥った際、大切な従者をモノの様に盾にとることもなくなる。

「……なるほど。だから、ラズは僕の髪を治せたんだ。じゃあ、僕も聖力の色を変化させれば、ラズを癒せるんだよね?」

 うんうんと頷きながら僕の話を聞いていたイヴは、その優秀な頭脳で先入観無く僕の瞳のことやクレイドルの体質の件も受け入れ理解したようだ。
 そして、キランっと瞳を輝かせた。

「あ、うん。でも色が見えないと難しいから練習を」
「今からしよう」

 食い気味に被された声と目が据わった『弟』に怯み、つい頷いたお兄ちゃんです。
 お互いの聖力の違いを体で体感するため、まずはお試しでお互いの聖力を流し合いをすることに。
 色が見えないイヴでは、聖力の僅かな違いを体で理解してもらうしか方法がない。
 クレイドル家系は実践主義で脳筋なのだ。

「まずはラズの中へ僕を入れさせて?」

 両脇に手を突っ込まれ、くるりと体の向きを変えられる。
 イヴのお膝へ跨るように向かい合わせに座らせられた。
 妙に甘えるように囁きかける声は、それぞれ両手の指をするり、と絡めた。
 手をぎゅうぎゅう握る強さにやる気を感じます。

 色気とやる気がダダ漏れた『弟』と、聖力を送り合い、聖力の色を変える練習することになった。
 
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