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最後の18歳
64.予想外の反応とヤンデレの終わり
しおりを挟む「ラズの居ない世界って、そもそも必要ないな!」
この重苦しい沈黙や痛ましい雰囲気が長く続くと思っていたところ、レオが明るい声を上げた。
「んん? レオ?!」
思わず向かいに腰掛けたレオの顔を見るけれど、彼は得意気に片目を瞑った。
「確かにな。せっかくならば最後にラズとお風呂に一緒に入りたかったがな」
「あ、アッシュ?!」
真面目な声音のバリトンがおかしな言葉を紡ぐ。
アッシュは悔しげに、クッと眉を寄せ拳で太ももを叩く。
「……僕は何回も一緒にお風呂に入って、柔肌を泡まみれにしていますよ」
「へぁ?! イヴも?!」
「「「「はぁ?」」」」
ど、どうしよう。皆がおかしな神託のせいで、妄言を吐きながら睨み合い出したよ。
おじさまは謎に余裕そうな表情……、いや、あれは絶対に面白がっているよ!
笑いを堪えるように、弧を描く唇の端がピクピク小刻みに震えている。
あの神様はなんでこんな神託降したんだよ。皆が混乱し過ぎて、おかしい反応したじゃないか。
いや、まさかとは思うが、最後の希望としてね。
本当にその神託ってあのダルダル神様からなのかな。
「あのさ。イヴ」
「はいっ! ラズが僕だけになんですか? あっ! 最後に僕とやっと気持いいことしますか?」
イヴが弾けんばかりの可憐な笑顔から、突然真っ赤な舌でぺろりと下唇を舐めだすとスッと雰囲気が豹変した。
なんか最近こうやって、別人みたいなえっちなお顔と仕草をするんだよね。
男の色気たっっぷりのさ。
お兄ちゃんは弟の成長が早すぎて、いつも驚かされるよ。寂しいです。
「ラズの初めては婚約者の私のモノなんだよね?」
「ひぃあん! レオ、みみダメッ」
突然、レオがソファーへ腰をグイグイ進め座って来た。
僕の腰に手を回し、不意打ちに耳元で囁くから変な声が出ちゃった。
熱い吐息とレオの低くて艶のある甘い声が耳を擽るから。僕、耳弱いのにさ。
レオも知っているはずなのに、いつもしてくるんだよ。
少しむくれた僕はレオを引き離そうとグイグイ肩を一生懸命押すけど、レオはニコニコ笑うだけで全然効いてない!
むしろご機嫌に腰に絡めた腕に力を入れながら、僕のつむじにちゅっちゅっとキスを落としてくる。
おかしい。この前の頬へのキスもそうだ。
学院に行きだしてから、スキンシップが激しいぞ。
僕が数日間も目覚めなかったから、心配を拗らせてしまったのかな。
神様からのアレをしても変な顔しないで喜んでくれる、優しい婚約者候補が。
「おいっ! 婚約者候補はラズから離れろよっ!」
半ば諦めかけていたら、アッシュとイヴがレオの腕の中から助けてくれる。
ぐいっと両腕を引っ張られ、立ち上がらせてくれた。
大変頼もしい力の強さだったよ。男の子としてはモリッとした筋肉と腕力は憧れるよね。
「アッシュ。ありがとうー」
「ラ、ラズ?! 久々はっ! 刺激がッ!!」
助け出されたままアッシュに抱きつくとふわりと爽やかな匂いがした。
アッシュの照れ屋さんなの、可愛いよね。
うふふふ、とだらし無く頬を緩ませ、ついたくましい胸に頬を擦り寄せる。
「ヘタレ騎士がまたですか……。ラズ様はこちらへ」
エリアスがやれやれとした様子でアッシュの鼻にハンカチをぐぐっと押し付ける。僕をアッシュの腕から引き離す。
エリアスにそっと腕を引かれ、てとてと歩かされる。
ピタッと足を止めたエリアスに両肩を押さえつけられて、ほぼ強制的におじさまの隣へ座らされた。
いつも通り過ぎる僕達の騒がしいやり取りをおじさまに見られた気恥ずかしさで、俯いてしまう。
「……ラズ。なにも心配要らないよ」
温もりがこもる声のおじさまにぽん、と頭を優しく叩かれる。
「おじ、さま?」
「私達は君の命を犠牲にしてまで生き延びようとはしない。それに、あらかじめ2ヶ月後に魔物の襲来が判明しているなら、前もって備えれば良いだけなんだから。各国が協力し、その日に魔物を迎え撃ちさえすれば世界は救われるんだ。
そうだな。神殿からは魔物襲来の件だけ発表しよう。もちろん、リヒトにもそう伝え、この事は秘匿する」
「……ッ、でもさ」
「大人を見くびるな」
静かな、有無を言わせない厳しい声に息を呑む。
「ラズ一人に……。ううん、守るべき子供に世界の行く末を背負わし、命を奪う訳にはいかない。大人としてのプライドが許さないよ」
それにね、とおじさまはふっと緊張を解き、笑いまじりに視線を促すようにずらす。
いつの間にか皆がソファーから立ち上がり、僕の目の前に立っていた。
レオが1歩前に出ると、僕の左手をそっと握り、片膝を付く。
白色のマントがふわっと舞いながら真紅のカーペットへ広がり、レオが口を開いた。
「ラズがいない世界なんて美しくないから、俺には必要ない! 清らかな温もりに焦がれる俺は、この手を絶対に離さないからな」
眩いまでに輝く黄金色の王子様が、昏く絡めとるような瞳で見上げる。
ふいに右手にも重なる温もり。
アッシュが硬い手の平で僕の手を包むように握ったまま跪く。
「誰かの心を安らげるため、可憐に笑えるしなやかな強さを持つラズは俺にとって憧れであり、生きる目標だ。凛と前だけを見て進む君がいない世界は、生きる意味も無い」
いつも艶めくバリトンは真摯に言葉を並べていく。
穏やかな深緑の瞳の奥に、揺るぎ無い熱が力強く滾る。
「僕はっ! ラズの愛らしい甘さに包まれ無いと、息をするのでさえ苦しいんだ。そんな世界なんて耐えられない。ねぇ、まだまだ一緒にいてよ」
イヴの乞うような切ない声が、僕の手を持ち跪く2人の間に割り込む。
正面から僕を抱き締めた腕は、神にだって渡しはしないんだからな、と低く呟いた。
いつも無邪気な可愛い弟の彼から聞いたことも無い、危うさを孕む声で。
「もう私を置いて一人で果てないで下さい。あなたのいない世界へ置き去りにされるのは、私にとって死を選ぶ程の絶望なのです。たとえラズ様の望む先が地獄の底でも、どうか永久にお側へ置いて下さいね」
エリアスは重い大層不穏な言葉を紡ぎだすよう、丁寧に声に出した。エリアスは、にっこり美しい笑みを浮かべ、隙のない優雅な礼をした。
従者としての重い決意……では無く、宣言だったな。
おじさまはじめ皆の眼差しや言葉から、同じ想いが強く伝わって来る。
⸺死ぬ事はない、と。
歓喜がこの身に満ちる。
けれど、彼らからの温もりが満ちていくに連れ、自分が犯した愚かな罪の重さがひしひしと心に迫る。
「……ッ」
僕が動けない間にも、それぞれ違う温もりや抱き締める腕は離れることは無い。
温もりや力の強さから皆からの覚悟を感じる。
胸の中が切ないくらい優しい温もりに包まれ、嬉しすぎて苦しくなる。
「う、れしい。あ……りがとう。」
涙が溢れて、嗚咽混じりの言葉の形をなさない声しか出ない。
どうして。
人生3周もしているのに、うまく言葉が思いつかない。
子供じみた言葉だけが僕の頭や胸の中に溢れる。
「みんなが……だいすき」
それでもなんとか伝えたくて、止まらない涙とともに吐き出すように声に出す。
胸の中に溢れている幸せで大切な気持ちを、もっともっと伝えたいのに。
全然、足らない。
ピコン!
突如、差し示すようにウインドウが出現し、文字が浮かびだす。
『LvMax last step「僕の命と世界の平和どっちが大事?」と婚約者候補に聞いてみよう!』
相変わらずよくわからない指示内容だ。
ただわかることは、「LvMax last step」と書いてある。
もうこれで『贖罪』スキルが獲得できる。
わかっているよ。
僕が犠牲になるのを、優しく包む温もりたちが断じて望んでいないのは。
だからこそ。
1回目の人生で、この世界と、皆の些細な日常を奪ってしまった『贖罪』を、僕はしなければならない。
優し過ぎる皆が生きるこの世界を愛しているから。
今は。
ふふっ、神様が僕の心を見透かし、このタイミングに合わせてくれたのかな。
前までの僕だったら、周りの皆、婚約者からの答えを聞くのが怖い。
自分に向けられた『愛』を試すような問いを皆に出来なかった。
自分が当たり前に愛されていることに、自信が持てなかったんだ。
でもね。
じんわり包む温もりたちと丁寧に積み重ねた日々が糧になり、その恐怖がけし飛ぶ。
「ねえ、僕の命と世界の平和どっちが大事?」
自分でも信じられないくらい、さっきとは違いするりと口が動く。
瞬きも許さ無いとばかりに皆が答える。
ピコン!
『【贖罪】を獲得しました!』
ウインドウが謎に煌びやかな光のエフェクトに彩られる。
『清く正しく美しいヤンデレになれました! おめでとう!!』
『よく頑張りました!』
もう全部がダメだった。
神様がくれた今までの人生、訳もわからずにウインドウの指示に従い必死にもがいてきた。
それは、この胸に絶えず溢れる想いを理解するためだったんだ。
⸺愛しい
愛しい皆の些細な日常、皆から届いた『色んなかたちの愛』を、この世界を失いたくない、と切に願う。
どうしようも無く幸せで、大切にしたい想いに、僕は泣き崩れた。
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