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最後の18歳

62.まさかの再会。

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「ラズ。いや、聖女様。目を覚まされ」
「いつも通りにしてよ。おじさま」
「聖女様の仰せの通りに」

 豪奢な扉から神妙な様子で入って来たおじさまはヒョイ、とおどけて肩を竦ませる。
 手に持ったローブをエリアスへ指示を出し手渡す。
 ベッド脇にあるこれまた贅を凝らしたライオン足の細工椅子に腰を下ろすおじさま。
 僕はエリアスが持つそのローブに視線が釘付けだ。

 おじさまが今着ている黒色のローブと形が一緒なんだけれど、白色のローブだ。
 ストラという肩にかける飾り布は黒色ではあるが、圧倒的に白色が目立つ。
 ジェスター教の聖女様といえば黒色のローブなのに。

 前世で、僕がラスボスとなった時に着ていたもの。
 聖女に成れなかった・・・・・・僕のローブ。

 ⸺気持ち悪いくらい同じだ

 おじさまも僕の視線を追い、ローブを見つめたまま話し出した。

「あれは、『聖女ラズ・クレイドル』だけのローブだよ……」
「そ、うなんだ」
「大神官たちは、黒1色が良かったらしいんだけどね。私の権限でラズの持つ色を多く取り入れたよ」

「ラズの眩しく輝く清らかな白髪をイメージしたんだ!」と、芝居がかった仕草で両手を広げたおじさま。

 その姿から、彼からの悪意や作為的な意図は感じられない。
 憤りが一気に霧散し、嬉しさでほんわか胸が満たされる。
 僕が纏う色へ、前聖女様の持つ権力を振りかざしまくった彼なりの純粋な配慮だ。

『漆黒』を崇めるジェスター教の聖女様が『白髪』で、忌み嫌う『色無し』だなんて。
 神託により選ばれたとしても、信徒からの反発や聖女選出の正統性さえ疑われるだろう。
 神殿が用意したローブに白を多く使用することで、神殿から正真正銘承認された聖女様であることをアピールできる。
『白髪の色無し』であっても、『ラズ・クレイドル』を聖女様と神殿は擁立した、と。

 この言外の牽制は、表立って反対しない面々や混乱状態の神殿内でも僕を守る強固な盾となる。

 恐いよね。大人の世界ってさ。

 だからこそ、僕を守るために心を砕いてくれる存在はとてもありがたい。
 おじさまなりの僕への愛情の示し方なんだよ。

 ちょっと、いろいろな意味で圧強めかなとは思うけど。
 うん、だってね。褒めて! という無言の圧を、彼が浮かべるキラキラ満面の笑みから感じるよ。

「ありがとう、おじさま。大好き」

 人生3週目の僕は空気を読み、さらに心を込めた愛の言葉と微笑みのオプションまで追加した。
 とっても嬉しい心に沁みるような優しさを僕からもおじさまへ返したかったからさ。

 ⸺もう出し惜しみなんてしない。

 感謝の気持ちや好意を真っ直ぐ伝えていくんだ。
 今の僕は、こんなにも皆に愛され、僕も皆を愛しているから。

「やっと……起きたばかりなのに、ラズには沢山話さなければならないことがあるんだ」

 自分を抱き締め悶えていたおじさまが、ややあって憂うように視線を落とし小さく息を吐く。
 顔を上げると、真剣な表情でお話を切り出す。
 その眼差しは確かに憐憫を含んでいた。

「ここは神殿内の聖女様のみが使用可能な部屋なんだ。倒れてしまった時にここへ運ばれたんだけど……」
「?」
「ラズは5日間目覚めなくて……グスッ」

 おじさまが突然、俯き目元を押さえた。声がかすかに震えている。

「とにかく目覚めて良かったよ。目覚めたばかりだから体調に気遣いしたいんだけれど、聖女様としてラズにはこれからしてもらいたい事があるんだ」

 ぐっと顔を上げたおじさまは、もう聖女様の微笑みを浮かべていた。

 おじさま曰く、神託を受けたのは「イヴ」であり、夢に創造神様が現れ、言葉を残した。
 その創造神様からの神託の内容は主に2つ。
 1つ目は、『白髪がきれいで、あざと可愛いラズ・クレイドルを聖女に選ぶこと』
 僕は何回もおじさまに確認した。「あざと可愛い」って部分を特に。
 無情にも否定してくれなかったよ。

「もう1つ降された神託内容は、直接ラズに自分から伝えるとイヴが言い張ってね。神託をイヴから聞いて欲しい」
「……おじさまたちも内容を知らないの?」
「うん。……イヴも神託を受けた・・・聖女様になるからね。私達から無理強いは出来ないんだ」
「イヴも聖女様になったんだ!」

 ちょうどそのタイミングで、エリアスが淹れてくれた紅茶の香りがふわりと漂い出す。
 お話が長くなりそうだったので、休憩の為におじさまと紅茶を口にする。
 飲みやすく冷まされた、鮮やかな琥珀色した紅茶。
 ほんのり甘く、最後に柑橘系の香りがすっと鼻を抜ける、いつもの味だ。

「ふふっ。エリアスの紅茶をここでも飲めるのは嬉しい」
「そうか。従者ぐらいなら、私の一存で付けてあげられるけど……」

 僕が紅茶を飲む姿を見つめるおじさまは、そこで一旦言葉を区切り、沈痛な面持ちで目を伏せた。

「ラズがもうクレイドル公爵邸へ帰ることは難しいと思ってくれ」
「え?」
「ラズが神託に選ばれた聖女様であると同時に、完全治癒や魔物を消滅させられる能力があると神殿が発表した」
「そ、う、なんだ」

 ドクリ、と心臓が嫌な音を立てはじめた。無意識にカップを持つ手に力が入る。
 ぐいっと身を乗り出したおじさまは、僕の腕を掴んだ。

「ラズの真のおじさまは俺だよね?! ディランじゃ無いよね?!」
「へぁ?」

 全く脈絡の無い内容の言葉に固まる僕を見たおじさまは、みるみるうちに顔色が悪くなる。
 そして、ガバリっと勢い良くベッドに突っ伏した。
 ベッドがボヨンと揺れ、カップから紅茶を溢すかと思ったけど、エリアスがタイミング良くカップをさっと受け取ってくれた。

 専属侍従のお仕事が素晴らしすぎる。

「王家がしきたりによるラズと第二王子の婚約を全世界へ正式発表したんだよ~!! あのくそディランがー!!」
「お、おじさま。落ち着い」

 取り乱したおじさまを宥めるようと声をかけ、手を伸ばす。

「落ち着け無いよ! あまつさえ、ラズからは『ディランおじさま』と呼ばれている、とか円満婚約アピールまでしたんだよ?! 候補で保留中な、の、に!!」

 遮るように、振りかぶって顔を上げたおじさまは、陛下の口調をマネしだした。
 妙にキザったらしい悪意の篭ったマネだったけど。

 なんでこのタイミングで婚約を公表したんだろう。
 成人までは婚約は保留のはずだったよね。
 しかも、なんで家に帰れないのか。
 おじさまも聖女様だったけど、神殿内にある旦那さんとの愛の巣で暮らしていたよ。

 こてん、こてん首を傾げていると、不意にエリアスと視線が合う。

「ラズ様は、由緒正しき『聖爵家』の後継であり、神託により初めて選ばれた聖女様におなりになったんですよ。
 それだけでなく、世界で唯一、完全治癒や魔物を完全に屠ることが可能という稀有な能力をお持ちですよね。我が麗しのご主人様?」
「う、えぇ。はい」
「そのため、ただ今、各国の王族はじめ高位貴族からラズ様への婚約が数えきれないほど申し込まれています。
 無礼な不届き者達がラズ様との婚約を狙い大勢お屋敷に侵入しており、大変危険な状態です」

 また、ラズ様への求婚の多さと王家が無断発表した偽婚約発表により、ご当主様の機嫌がすこぶる悪いです。
 公爵邸は今、地獄の底みたいな雰囲気なんですよ。

 悪魔のようにぞっとする程妖艶な笑みをたたえ、諭すようにエリアスが言った。

 恐いよ。つらつら説明する文言さえも、地獄の底仕様じゃん。
 悪意しかない辛辣過ぎる説明だ。
 脳内に公爵邸をバックにした魔王様とにっこり笑顔の悪魔さんが降臨していますよ。
 うちの専属従者の変わり身の速さが凄すぎる。

 うーん、なるほど。万が一に備え、神殿に避難しろってことか。
 神殿内なら、王族の来訪すら神殿側から拒否も可能。身を隠すには、絶対安全な不可侵領域だ。

 あとは、その無礼な不届き者達へ向け、牽制目的で僕とレオの婚約をフライング発表したのか。
 ディランおじさまなりに、僕の身を案じてくださったんだな。
 やや強引過ぎる方法ではあるけれど。
 自国の王族との婚姻が予定されている僕に求婚する貴族は減るよね。他国の王族なら、なおさらだ。

 ふふっ、嬉しいなぁ。
 突然手の平をくるりと返した、世界の人々からの賞賛や評価よりも。
 今までともに過ごしてきた皆からの温かな気遣いのほうが、僕の胸に響くよ。

 よおーし! ディランおじさま宛にお礼のお手紙を後でいっぱい書こう!
 タテ読み禁止の注意書きも添えてさ。

「ラズにはもうおじさまは俺がいるじゃないか……。真のおじさまは……」

 ぶつくさ半べそかきながら、ベットに再び突っ伏していたおじさま。
 とっても広いベッドの上を強張った腕と足をなんとか動かして、這って移動。

「おじさまはおじさまだよ! だーい好き!」

 そう言いながら、僕は覆いかぶさるようにおじさまにぎゅっと抱きついた。

「ぐえぇっ」

 あ、肘がカクンと折れちゃって、勢いがつきすぎた。ごめん、おじさま。
 
 
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