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兆す15歳→16歳

47.おもい、知る

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 「その方に触れんじゃねーよ!! 獣ごときがっ!!」

 物騒な声がビリビリと鼓膜を震わせる。
 エリアスだ。来てくれた。

「はぁ?! お前! なんなん⸺」

 獣人の声を遮るように何かが高速でビュンっと通り過ぎる音。
 でも、やけに重いものがぶつかるような音が続いた。

 嫌な予感がするけれど、確かめたい好奇心に勝てなく顔を上げる。
 目の前の獣人が、血だらけになっている人らしき物体を受け止めていた。

 思わず、青白い顔の獣人が抱いている物体をじーっと観察する。
 血だらけな人物の背中は大きい刃で薙いだように裂けている。また、無数に細かく切り裂かれた傷もある。
 竜巻に巻き込まれた人みたいだけど、ややあってエリアスの風魔法でやられたことに気づいた。

 僕がぼやんとしている間に、エリアスは血だらけの人ごと獣人を空に高く蹴り上げ、地面に叩きつけた。
 意識を失い地面に突っ伏す獣人を見下ろし、尻尾を何故か掴む。

「ラズ様? 尻尾か命どちらをこいつから奪いましょうか?」

 エリアスはにこやかにそう問いかけた。
 お菓子選ぶみたいに簡単に言わないで。
 僕が訳がわからず黙っていると、さも子供に諭すようにいう。

「あぁ。獣人にとっての尻尾は、獣人種族としてのアイデンティティを表します。なので、命の次に大事なものなんですよ。こいつの獣人としての尊厳を奪うか、それとも命。どちらにしましょう?」
「どっちもいらないよ」
「……なぜ?」

 心底理解不能とばかりに首を傾げるエリアスだ。
 美青年が悩ましげに首を傾げると色気がすごいが、手に持っている血だらけの尻尾がそれを台無しにさせる。

 絶対どちらかを選ばなければならないのかな。こんな残虐な2択はしたくないよ。
 エリアスにもさせたくない。

「あのさ。エリアス」
「…………」
「抱っこしてよ。腰が抜けて立てないんだ」

 両手をエリアスに向かって差し出し、「おねがい」と子供の頃のように抱っこをせがむ。

 眉間にシワをグッと寄せ、今にも泣きそうな表情を浮かべたエリアスは僕を抱きかかえた。

 ◇◇◇◇

 獣人の処女喪失時の雄叫びが大きかったからなのか、エリアスが町中で大暴れしたからなのか不明だけれど、あの後自警団の方々やらが集まった。
 そして、あの獣人たち含む賊は回収された。エリアスがほぼ全員をぶちのめした後だったけど。

 また、その騒ぎに巻き込まれたことで、僕とエリアスの素性もバレてしまった。
 公爵家へ忖度されまくった僕達は、後日、事情を聞くという事ですぐに開放された。

 規則的な馬の蹄の音がよく聞こえます。
 馬車の中の空気がとてつもなく悲壮感を極めている。

 車窓から差し込む夕日が馬車内を琥珀色に染め抜き、真正面に座るエリアスの瞳の色みたい。
 真正面の琥珀色は先程から声を出さず、床に視線を留めている。
 馬車内に満ちる悲壮感の原因はこの方です。

「ねえ。言いたいことがあるなら言ってよ」
「ありません」

 きっぱりとした口調だけれど、エリアスは頑なに僕と視線を合わせない。
 言いたいことがあるのは理解できる。というか、僕も言いたいことがあるから。

「ごめんね。エリアス」
「っ……ラズ様が謝られることはありません」
「僕が勝手に1人になったから、エリアスを傷付けちゃったでしょ。……また」

 エリアスのお顔がやっと向いたと思ったら、ぎゅうっと拳を膝の上で握ったまま無言。
 琥珀色の瞳が揺れたのは、気のせいじゃないはず。

 焦れた僕は、真正面の琥珀色を見据えた。

「命令だ。エリアス、言え」

 琥珀色の瞳が更に大きく揺れた。
 細長くふうーと息を吐く音が聞こえた途端に、大きな手で両手を包み込むようにそっと握られる。

「あなたはいい加減思い知るべきだッ!!」

 エリアスは振り絞るように悔しげに声を荒げた。

「え、エリ」
「ラズ様は自身の価値を全く理解していない。クレイドル公爵家の嫡男、聖力が使えているからでもなく。『色無し』であることさえも、関係なくあなたを欲する人間が多いことを! それだけラズ様の優しさや存在に救われ、囚われた人間が沢山います。もっと自分を大切にしてください」
「…………」
「あなたが傷つくくらいなら、私が代わりに傷つきます。あなたが死ぬなら、私が代わりに死にます!」

 突然爆発するように告げられた想いが重い。
 静かな怒りに燃える琥珀色が鋭く射抜く。
 エリアスにこれだけ大げさに言わせてしまうほど、今回の事件で傷つけちゃったんだ。

 エリアスは長いまつ毛をふるり、と震わせながら伏せた。

「もう俺を置いて、独りで死ぬのは止めてくれ。……私を置いて行かないでください。隣でなくても良いんです。あなたが果てるその時まで、側に控えることを許していただきたいのです」

 謝るくらいなら、と懇願するように僕の手の甲に額を押し当てた。

 僕の返事を待つように恭しく頭を垂れ続ける専属従者。
 彼の情緒の乱高下が激しく、理解が追いつかない。
 今、確かにわかることは、エリアスのこんなにやるせない姿はもう見たくないし、させたくない。

 でも、この重い忠誠心が僕は泣けてきてしまうくらい嬉しかったんだ。
 ラスボスになる未来を見せられてから、僕の心の片隅にずっと居座る仄暗い不安。
 独りで死にたくない。
 気付かずにいたかった不安をエリアスの重過ぎるくらいの忠誠心に思い知らされた。

 このままエリアスの望むまま返事をしてしまったら、ラスボスになる未来に彼を巻き込んでしまうかも知れない。
 もちろん、ラスボスにならないようにしていくけれど、万が一失敗したら?

 主人として従者の想いも守りたい、エリアスの未来も守りたい。

 欲張りで臆病者な僕は、なにも返すことができずにじっとエリアスを見つめることしかできない。

 張り詰めた沈黙が車内を支配し、エリアスも額に手をあてたまま微動だにしない。

 もしかして、承諾の返事するまでエリアスは粘るつもりなのか、と疑い始めたころ。
 馬車は公爵邸に無事到着する。
 やっと顔を上げたエリアスは、いつもの無表情、慇懃無礼の専属従者に戻っていた。
 馬車から降りたら、さっそく普段通りにエリアスのお小言が始まりだす。

「ラズ様。お屋敷に戻ったら、ご当主様からみっちりお説教されてくださいね。ついでに、もう治癒院への慰問はぜっったい出来ませんよ」
「…………うん」
「それと、小さな柔らかい手の平を傷つけた相手を教えてください。速やかに処します」
「……なにもしなくていいから」

 変わり身の早いエリアスにぐるぐる思考をかき乱されながら、僕はお父様に見つかる前にそそくさと自室に向かう。

 今日はなんだかすっごい色々ありすぎて、精神的消耗がひどくて疲れたよ。
 もうこのまま一生この公爵邸にひきこもって自宅警備生活を謳歌しようかな、と視界の先に見える自室の扉を一心不乱に目指していた。

 そんな僕の目の前に。

 ピコンっ!

『Lv4 step4 「他の薄っぺらい人間と仲良くしないで、僕のことしか見ないでね」と言いながら婚約者候補に抱きつき、周囲の人間に見せつけよう!』

 どういうこと?!
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