上 下
46 / 69
兆す14歳→15歳

46. 暴漢さん、獣人、処女喪失

しおりを挟む
 
 男の子に案内された路地裏。
 もう石畳の道ですらなくなり、むき出しの土の道。
 陽が傾くような時間でもないのに、路地全体が薄暗い。
 人気がない路地は、レンガ造りの同じ様な数階建て建物と建物の間にあり道が細く、狭い。
 建物の間に脇道はあるけれど、子供や猫くらいしか通れないほどの広さ。
 大人の身幅では脇道に入ったら最後、肩がひっかかり出れないだろう。

 小さな彼が逃げ込めば、大人は追って来られない。

 躊躇うように、時折止まる小さい足が向かう先は予想通り。この路地の行き止まりだ。

 出来すぎた状況に、逆に安心感さえ覚えながらついていく僕。
 今からやましい事しますって雰囲気が匂わせ、どころではないよな。

 案の定、僕が足を踏み入れた途端に、路地の奥から体格の良い、人相の悪い男が1人現れる。

「ああ。坊主はちゃんと連れて来てくれたんだな! こいつ俺の友達なんだよ!」
「…………」

 馴れ馴れしささえ感じる口調でわざとらしく大きな声で話しかけられた。
 絶賛ぼっち中の僕だけど、友人の人となりくらいは選ぶよ。

 怯えて膝を震わせる男の子と、そいつの間にスッと身体を滑り込ませる。
 青白い顔で立ちすくむ男の子に向かって叫んだ。

「早く! 走れ!! 緑髪の美青年がいるから!」

 ばたばた必死な足音が遠ざかるのを聞きながら、眼前の男にゆったり微笑む。

「こんにちは。お待たせしました」

 なぜか男が頬をほんのり染め、瞳を潤ませた。なんとも熱っぽい視線が顔に向けられる。
 えっと、執事長に危ない目に遭いそうになったら微笑め、と云われたけど。ナニコレ。

「あ、えっと。怪我人がいるなら治療しますから、いってください。沢山いるなら僕から治癒院に支援を頼みますので」

 戸惑いながら話し合いでの交渉を持ちかけた。

「あ、あぁあ゙!」

 いきなり叫びながら顔を覆い踞る男。怪我人は彼本人だったのかも、と治療するため駆け寄る。
 先程様子がおかしかったのは怪我のせいだったのか。
 身をかがめ、窺うように男の顔を覗き込んだとき。
 顔に粘性の液体をびしゃっとぶっかけられた

「大丈夫ですか? ち⸺っ」

 おかげで眼鏡がベッチョリと汚れ、前が見えない。

「な、なんで効かないんだよっッ?! 即効性麻酔の原液だぞ!!」

 顔全体をとろとろ滴り落ちる液体が口に入りこんできた。
 男の驚愕の声を聞きながら、薬特有の甘ったる過ぎる味が舌に広がる。

 いや。クレイドルですし。毒とか無効化しちゃうし。

 僕が『クレイドル』だと知っての犯行ではないのか、と思いながら、眼鏡を外そうとツルに手をかける。
 舌打ちまじりに、地面に何かが叩きつけられる音。
 ついで、ガシャン、とガラスが割れる音が耳に届く。

 反射的に、眼鏡を男がいるであろう場所に投げつけ、走り出そうと踵を返す。

 男が眼鏡を踏みつけ、僕の腕を掴み引き寄せた。

「お前! クレイドルなのか?!」

 掴んでいる腕をそのままに男は問いかける。
 問いかけを無視し、袖で顔を拭い、逃げ出そうと腕を引っ張るがびくともしない。
 男の眼光が段々ギラギラし出し、歓喜に染まる。

「あははははっ! さいっこうだ! まさか! あの! クレイドル!」
「ち、ちがっ!」
「ちがわねーッッ! 治癒ができて毒が効果無いなんて化け物はソイツらだけだっ!」
「化け物っ?!」

 ひどい! 僕達一族は聖力が使えるだけのただの人間だ!
 きっと睨みつけると、唇を歪め嗤う男。

「あぁ! とっても金になるキレイな化け物だ! わかるか?! そいつら1人捕まえるだけで一生金に困らない!」

 興奮した男は、口からつばを飛ばしながらどこか夢見心地にぺらぺら喋りだした。

「ほら! 最近は魔物の出現ですーぐ怪我するもんだから、お貴族さまは怪我で死んじゃうんじゃないかって怖がってぶるぶる震えてる! だ、か、ら、お前ら化け物の価値が跳ね上がってんだよ!」

 俺達の国で売ったら相当な値がつくぞっ!と高笑いにも似た下品な笑い声を上げた。

 笑う男の頭にピョコンっと丸くてヒョウ柄の獣耳が生えだし始める。
 そして、みるみる間に体が膨れ上がり巨大化し、お尻にはヒョウ柄の細長い尻尾が生えている。
 破れてしまった衣服から見える体毛もヒョウ柄。

「あ? 興奮して獣化したな。まあいいか」
「じゅうじん……」

 隣国は獣人さんの国だって、本やレオからのお話で知ってはいたけど、出会うのは初めてだ。

「悪いな! 治癒者が少ない俺達の国で聖力を持つ子を沢山孕んでくれよっ!」

 初めての獣人さんに呆気にとられていると、ひょいっと脇に抱えられた。

「な、な!!」

 ジタバタもがくように手足を動かし抵抗してみたけれど、腕力の差で意味なしだ。

 走り出した獣人さんはかなりの俊足で路地裏を駆け抜ける。
 迫る行き止まりの壁も脅威の脚力で難なく超え、さらに路地の奥へ向かう。

「こいつは見た目もとびきりよいし、クレイドルなら王族に売りつけても良いよなッッ!」

 確かに、他国から見れば『クレイドル』が住むこの国は、かなり恵まれている。
 クレイドルさえいれば、半永続的に「治癒者」を産み、増やすことが可能。
 クレイドル分家の庶子ですら、喉から手が出るほどだろうけど!
 ほ、本家の嫡男なんです。他国の王族に売られてしまったら、バッチバチの国際問題だよ!
 しかも、聖女さまの親戚ですから、神殿も敵にまわすよ。

「ひゃあっ!」
「ははっ! その反応はもしかして処女かよ!! またまた値が跳ね上がるな!」

 楽しげに僕のお尻を手の平でつつぅーと撫で上げた獣人。
 不快な感触と羞恥にカッと頭に血がのぼった。

 くっそう!! もう手加減してあげない!!

 僕が抵抗出来ないと見くびっているうちに反撃開始だ。
 ベストの胸元に手を差し入れ、細長いペーパーナイフ状の短剣を素早く抜き出す。
 そのまま勢いを殺さず、眼前にご機嫌に揺れる尻尾の根本に突き立てた。

「ぎゃああぁ!!!!」

 痛みに呻く声を聞きながら、短剣をさらに深く、ぐぐっと押し込みながら手首をクイッと回転させる。

 獣人のお尻の穴にズッポリ食い込む刃。
 これで簡単に刃が抜けないぞ! しかも刃全体がミスリル鋼製の軽いのに切れ味抜群な特注品!
 レオがお守りにってプレゼントしてくれたんだよ。
 レオの瞳に似たサファイアが装飾され、とってもキレイで僕のお気に入りだったのに。
 まさか、獣人の処女を奪うことになるなんてさ。

 痛みに耐えきれなくなった獣人が叫びながら、軽々と僕を放り投げた。

 かなりの距離を飛ばされたけど、先に地面に手をつき前転の要領でくるんと受身を取り、衝撃を受け流す。
 着地先が土の道で柔らかかったから、無傷で済んだ。

 受身やさっきの技はアッシュとエリアス直伝だ。
 2人に教わる技は相手に致命傷を確実に負わすことが目的だから、過剰防衛気味なの。
 でも、この獣人には手加減なし!

「ゔおぉぉおー!!」

 苦しげに処女を喪失したお尻を押さえる獣人。
 受け身の衝撃でずれたかつらを戻しながら、その雄たけびを背後に聞きながら必死に駆け出す。

 僕が逃げ出したことに気付いた鋭い爪が恐ろしい速さで追ってきた。
 もうほとんどつまずきながら、ひたすら足を動かして。

 けれど、引きこもりぼっちの僕の体力はかなり貧弱だ。
 疲労に足がもつれ、べちゃっと勢い良く地面に転げた。

 追ってくる獣人の顔が、なにかを面白がるような残忍なものに変わる。
 息が切れ、呼吸をする度に肺から血の味がする。
 もう、走れない。
 それを本能的に悟り、せめてもの抵抗で地面にお尻をつけたまま、なりふりかまわず後ずさる。

「おーい。商品の顔には傷はつけないから、安心しろよ」

 全然安心できないよ!
 やけにゆっくりと迫るお尻を押さえる獣人から、僕はとにかく身を守るように、両腕で顔をかばうように覆った。

 またごめん! エリアス!! と心の中で叫んだ瞬間。

「その方に触れんじゃねーよ!! 獣ごときがっ!!」

 とんでもなく物騒な声が路地に響いた。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...