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兆す15歳→16歳

39. 修羅場から地獄化したお茶会 in公爵邸 2

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「勝手に寮をラズと一緒の部屋にしようとしたからか?! くっ、ダブルベッドにしたのが原因なのかい?!」
「あ、ああぁ! 学校へ行っている隙にラズの部屋へ侵入し、枕やシーツの匂いを嗅ごうとしたからですか?! もちろん、嗅ぐだけですよ?!」
「ま、まさか。勝手に想像でラズの制服姿を絵に描いていたのがバレた?!」

「ち、ちがうよ!」

 レオとアッシュ、イヴが一斉に立ち上がり、ソファーに座る僕に詰め寄る。
 皆が順番に真剣な表情で口々に早口で言う。
 言い終わった途端、床に崩れおち、悔やむように頭を抱えているよ。
 突然の皆の様子の豹変ぶりに、おろおろと否定する言葉しか発せれない僕。

 パンパンっ大きな手を叩く音が、阿鼻叫喚なこの部屋に諌めるように響く。

「皆様。お茶を入れ直しましたので、一旦仕切り直しです」

 音の主は薄い端正な唇が弧を描いているが、殺伐たる空気を纏うエリアス。

 ⸺悪魔だ。

 あんなに三者三様に荒れ、乱れた気持ちが、彼の様子を捉えた瞬間。奇跡的に全員一致した。

「あ、あー。でも、学院卒業しないと、神殿で『成人の儀』受けられないんじゃないか?」

 一番年上のアッシュが仕切り直すように話し出したが、チラチラ視線はエリアスに向けられている。

「そ、そうだね。それだと……婚約後にラズを孕ませ……ひぃ!」

 なぜだかレオの表情が強ばりだす。
 会話の途中で悲鳴みたいな声を出すと、黙々とおやつを食べだした。顔色も悪い。
 中途半端に会話を止め、妙な緊張感を醸し出す珍しいレオの様子に、僕は大きく首を傾げる。

「『成人の儀』を受けられずに、ラズが子供を授かれないと困るのでは? クレイドル本家の嫡男ですからね」

 イヴが落ち着いた様子で、なにかを確かめるように言葉をゆっくりと続け、部屋全体を見渡した。
 アッシュとレオが同意するようにブンブンと大きく縦に頷いている。
 この3人って時々、こうやって僕にはわからない一体感を発揮するんだ。
 皆に聞いてもはぐらかされちゃうの。

 じっと息を詰めながら僕に視線を集め、言葉を待つ仲良しな3人。
 なるほど。皆は『成人の儀』を心配してくれて、あんなに取り乱したのか。

 この世界では、成人となる18才の歳。
 神殿にて『成人の儀』を受けないと、妊娠できない、させれない仕組みなんだ。
 しかも貴族は『成人の儀』を受ける為には、学院卒業資格が必須条件。

 子供に対しある程度責任が持てる年齢に達しないと、子を孕めない、望めない世界。

 神様はとんでも無く潔癖な設定をこの世界にしたものだ。
 シークレットベイビー、デキ婚なんて無理めな世界観です。
 僕は持っていたカップをゆっくり置き、口を開いた。
 エリアスの入れる紅茶はやっぱり口当たりまろやかで美味しい。

「大丈夫だよ。エリアス。あれを」

 僕が指示するまでも無く、エリアスがもう手に掲げていた書類。
 内容は『王立学院早期卒業を許可したよ』的な書類だ。
 国王陛下の了承のサインまでがっつり入っている正式な書類。
 神殿に提出すれば、『成人の儀』を無事に受けられるというコネの権化の書類なの。

「愛くるしいラズくんへ、ディランおじさまより……」

 食い入るように書類を見つめていたレオが、とっても余分な部分に気付いてしまった。
 許可を求めに、陛下に謁見した際。早期卒業を許可する代わりに「ディランおじさま」呼びを強請れた。
 渋々その場では呼んだけれど、今後も呼び続ける圧をかけるように書類にも記載されております。
 こういう抜け目ない一面が、レオと親子なんだな、と納得した。王族怖い。

「……そこじゃないよ。正式に試験も受けて、もう学院を早期卒業しているから、行く必要が無いの」
「私とラズのイチャイチャ同棲学院生活の夢が……」
「ははっ! あり得ない夢は妄想だぞ。候補殿下」
「ふっ。ラズに、触れられないヘタレ騎士には無理な話だったかな」

 アッシュとレオが朗らか笑顔で会話しているのに、なぜか空気が冷えたよ。
 でも、プイっと同時に顔を背ける2人は、ぴったり息があって仲良しさんだと思う。
 こうやって僕を除け者にしてお互いに会話を成立させちゃうくらいね。

「あの。ラズはどうしてそこまでして学院に行きたく無いんですか? わざわざあなたがこんな書類まで陛下にお願いするには、それなりの理由があるのでは?」

 イヴは両隣の2人を全く気に留めることなく、書類をエリアスから受け取る。
 書類にざっと目を通すと、僕をじっと見据え慎重に問い掛けた。

 あら。イヴには誤魔かせないな。
 ここで適当に理由をつけてしまっても良いけど、それでは納得しないよね。
 イヴにつられるように両隣2人にも真剣な顔を向けられている。
 そうだね。素敵な婚約者候補にも嘘はつけないよね。

 こんなわがままを言う僕を、皆は軽蔑するかもな。

 緊張で強張る喉に、ふうっと息を通す。

「僕が『色無し』だからだよ。白髪や瞳を理由に他の生徒たちに疎まれたり、拒絶されるから行きたくないだけ。あとは、他の生徒たちを無闇やたらに混乱させたくないしね」

 誰が聞いてもわかるくらい震えた声。
 学校に行きたくない理由を告げた僕の声だ。 

 部屋に降り落ちた声に皆が動きを止める。

 その沈黙は、『色無し』に対する周囲の反応を肯定するものだ。

 皆の表情を見るのが怖いけど、ぐっと手の平を握る。
 顔を気合で上げ、口角に力を入れにこり、と微笑んだ。

 ここで俯いてしまったら、白髪を誇りに思う自分や神様を軽んじることになる。

 僕はココの価値観を受け入れるけど、屈しはしない。
 悲観もしていないから、心配しないで、大丈夫だよ。
 浮かべた笑顔でその意思は伝えられるだろうか。

「わかりました」

 ぽつりと呟いたイヴは、ゆらりと立ち上がる。その表情は俯き見えない。
 髪の間から覗くのは、鈍く光る本紫の瞳。

 イヴが虚ろな足取りで僕の目の前に立つと、その懐から銀色の光がすっと煌めく。

「イヴ?!」
「おいっ?!」

 イヴは護身用に持たされるナイフを懐から取り出し、逆手に持ち替える。
 美しい豊かな濃紺の髪をゆるくひと結びにくくった結び目ヘ、躊躇いなく刃をあてがい一気にぐっと引いた。

 濃紺に、刃が銀光の軌跡を横一閃に描く。

 ナイフはイヴの背中まで伸びた長い髪を、バッサリ肩の位置で切り落とした。
 突然のイヴの行動に言葉も失い。呆然と見つめることしかできない。

 イヴは切り落とした濃紺の髪をパラ、パラ、と僕の白髪を隠すように頭上に降らせる。
 僕の視界が落ちてくる濃紺に染められていく。

「この髪で以前ラズの言っていた『カツラ』を作りましょう。あなたが有象無象の愚かな反応で心を痛めることはないです。こんなもので解決してしまえる程度なんですから」
「……………」
「ふふふっ。それに、僕の髪を被ってラズが僕色に染められた姿最高です」

 濃紺に染められた視界の間からは、夢見心地なうっとりとした表情と声音のイヴ。
 そんな彼の姿を捉えた僕は、イヴが自ら髪を切り落とした事実をやっと理解した。
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