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成長期の12才 

29. 聖女のかけらはチートスキル?

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 バチンっと何かが頭の中に弾ける。

『聖力の色や質を自由自在に変化させられる』

 頭の中にインストールされたみたいに【聖女のかけら】スキルを理解する。

 で? どうしろと。

 アッシュの身体はもう漆黒に包まれようとしている。
 お母さまが亡くなる直前のような状態。
 今まさにアッシュの尊い命が闇に呑まれようとしていた。

 べっとり覆う漆黒。

『聖力』の色や質を変化させると云うけれど、僕の『聖力』は「白銀色」だ。

 考えろ。
 神様は癒せるといった。必ずこのスキルで救えるはずだ。
 最悪僕の今の技術と、余った聖力でもお腹の傷くらいは治せる。
 おじさま達が駆け付けるまでの時間稼ぎくらいは可能。

 とりあえず治療をするため、アッシュの傍らにゆっくりと膝をつく。

 すると、突然視界が白に埋まる。

 白いのは顔を傾げたために、僕の髪が垂れただけ。
 頭の中に、あの時の光景が蘇る。
 べっとり黒色のインクが纏わりついても、神聖な黒さえ弾き返す、白いままの髪。

 ⸺ある可能性に心臓が大きく跳ねた。

 もう考える猶予もない。
 成功する保証もないけれど、もうこれ以外に方法は無い。

 両手を一番酷い傷であり、最も黒いアッシュのお腹へかざす。

 体の奥底から巡る『聖力』を編み上げるように幾重にも積み重ね、白銀色から『純白』へ。

 混じり気のない純白の『聖力』を手のひらに丁寧に集めていく。

 今まで感じたことの無い高密度な『聖力』が手の平に熱く満ち、深呼吸をした。

「蘇生」

 集中をきらさないよう、日本語・・・で唱える。

 手の平から放たれた純白光の奔流はアッシュの体に吸収されるように急速に流れ込む。
 瞬く間にアッシュの体が内側から光りだし、べっとり覆っていた漆黒のもやを弾き飛ばす。
 弾き飛ばしたあとも、ほのかにぽうっと全身光るアッシュ。

 アッシュが光りだしちゃった。
 このまま人間イルミネーションになったらどうしよう。
 初めてだからコントロール出来ずに思いっ切り流したから、失敗したかも。

 僕の一瞬の憂いは徒労に終わり、アッシュの体の光はすぐに消失する。

 あらわれたアッシュの姿に皆が息を呑んだ。

 傷は消え手足も元通りで治癒が成功したのはもちろん、破れ、血だらけだった衣服さえも完璧に治っていた。
 つやつや顔色も良く、規則的な呼吸は、まるで怪我なんてする前のように元通り。
 普通に気持ち良さそうに寝ているだけみたいだ。

 それでもいっこうに目覚めないアッシュへ声を掛ける。

「アッシュ? 起きて? 僕だよ?」

 声をかけながら、胸に残る不安に押し出されるように次から次にぽろぽろ涙が頬を伝う。
 伝った涙は顎に滑り落ち、アッシュの頬に滴り落ちる。
 すると、ピクリ、と凛々しい眉毛が動き出し、うっすら開いた目蓋からは深緑の瞳が覗く。

「お、れの……よう、せい?」

 ぼんやり、とろんとした声は幻覚を見ているらしい。
 頭にもやは無いけど、意識が混濁しているのかな。

「アッシュ? 違うよ。ラズだよ?」
「あぁ。可愛い鈴のような澄んだ声まで……聞こえて……。天国か……」
「あ゙あー! ラズー! 治って良かったなー!?!」
「はぁ?! フラグさん?!」

 大きな割り込むような声にビクッとアッシュは飛び起きる。
 信じられないというみたいに、目を大きく見開いてぱちぱち瞬きを繰り返す。
 深緑の瞳がぱちりと僕を捉えた。

「ラズ?!」
「うん! アッシュ良かったー!!」

 僕はいつも通りのアッシュに、嬉しさで思わず胸に飛び込むように抱き着いた。
 温かな体温に、どくどく拍動する心臓に、元気になったアッシュの全てが嬉しくて、さらに腕に力をいれる。

「へっ?! いい匂いする。や、柔らかブフォッ」
「おい?! ラズ?! 鼻血」
「え? アッシュ?!」

 抱き着いたらアッシュは鼻血を出し、彼の胸元に乗った僕のヴェールと服を血まみれにした。
 アッシュにぶっかけられた血でベトベトのヴェールと僕の服。
 あーあ。これだと僕が大怪我したみたいだよ。どうしよう。お着替え持って来ていないよ。

「アッシュにぶっかけられて、僕ベトベトだよ……」
「はぁ、はぁ。俺のをぶっかけられたラズが……ベトベト」

 さらに興奮しだしたアッシュの鼻血は止まらず。
 アッシュは手で鼻を押さえているけど、その手からぼとぼと血が落ちている。

「大丈夫?! アッシュ?」
「あぁあ。」

 せっかく治療したのに、出血多量。また倒れられたら困っちゃう。
 鼻血を出すってことはまだ本調子ではないのかも、と一生懸命アッシュのお鼻に手をかざし、治療する。

「なあ! なんでラズのことをこの小さな聖女さまは『アッシュ』って呼んでいるんだ? お前は『ラズ』だろ?」
「……………」

 フラグさんという方から、また空気をぶった切るような疑問の声がかかる。
 何故かアッシュが気まずそうにだんまりし、視線も合わないし、冷や汗をダラダラかいている。

 そういえば。本当にどうしてアッシュは『ラズ』ってこの人に呼ばれているんだろう。
 さっきまでは酷い状態のアッシュを救う事しか頭に無かったから気づかなかったけれど。
 さらに、偽名まで使用し、騎士団の魔物討伐に参加していたのは何故か。

 複雑な事情がありそうなアッシュを察知した僕は黙って見つめることしかできず。

 異様に居た堪れない沈黙があたりに満ち始めた。

「なあ、その子は今日来るっていう聖女さまの甥っ子なのか?」

 フラグさんは何故かそういうところだけ鋭いみたいだ。
 僕も『ラズ』って自己紹介したらアッシュの偽名がバレてしまう。
 どう返答すれば、アッシュの隠したがっている事情をフラグさんに気づかれないようにできるかな。

 考えれば考えるほど、僕は口が重くなり。アッシュの顔色も悪くなる。

 そんな僕たちの耳にドタバタと騒がしい大人数の走ってくる足音が届く。

「私の宝ものである、甥が怪我をしたって本当か?!」
「はいっ! 先程玄関で『ラズを助けてくれ!』と泣き叫ぶ声が聞こえまして、こちらですっ!」
「ラズ兄様を傷付けた奴は、死刑ですよねっ! おじさま!!」
「くそっ! 俺のラズに! 必ず生きていることを後悔させてやるっ!!」
「そんなことではぬるすぎる! あの『聖力』の揺らぎは尋常では無かった! ラズの身にとんでもない事態があったはずだ!」

 ひえ! 皆の声を聞くにとんでもなくさらに複雑な事態になりそう?!

「なんか大事になりそうだな。あ、この子大丈夫なのか。こんな血だらけで?」

 もうお願いだから、フラグさんは黙ってて!
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