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はじまりの10歳
16. 子猫とケンカしました
しおりを挟むお屋敷のとっても長い廊下をエリアスを従えながら、のんきに窓の景色を見たりとてとて歩いていると。
なんだかとっても騒がしい声が廊下に響いている。
声の届く方向から察するに、僕のお部屋の方からだ。
おかしい。
このお屋敷の使用人は公爵家に仕えられる程の教養やマナーを兼ね備えているエリートさんなのだ。
主人であるお父様が不在でも、その仕事ぶりはいつも素晴らしい彼らが、だ。
エリアスのお顔を見ても無表情なお顔。
いや、今あからさまに視線をすいーっと逸らされた。珍しい。
メガネをわざとらしく、指でクイッと上げたよ。
何か知っているのかな。
ま、聞いても無駄だよねっと言うことで、エリアスの制止を振り切りその現場に突撃です!
エリアスの珍しい焦った声を聞きながら、たたたっと廊下を駆けていくとお部屋が見えてきた。
あれ、イヴくんと使用人が何かを言い争っている。
どうしたんだろう。
近づくごとに、その2人が言い争う声は激しさを増す。
「その懐中時計はラズ様が大変大切にしていらっしゃるものなのでいけません!」
「兄様から、少しお借りしようとしていただけだ! 離せよ! 使用人のくせに!」
「イヴくん? どうしたの?」
なんだか僕の名前が聞こえたから、何も考えずに声をかけてしまった。
すると、2人がぐりんと勢い良く僕の方へと振り返る。
僕は気まずい場面に居合わせたのかな……。
だって、二人ともが一瞬しまったという表情を仲良く浮かべた。
その後の2人の表情は真反対。
イヴくんのお顔が今にも泣き出しそうなほど歪んで俯いちゃうし、使用人の方は険しいお顔をして、イヴくんを睨みつける。
一気に周囲の空気が張り詰める。
気まずい僕は、なんとなく2人が取り合っていたものを見やる。
「イヴくん……これ……」
「その懐中時計は、ラズ様が亡きお母上であるアリーシャ様の形見として、譲り受けた品ですね」
エリアスの平坦な口調で説明が落とされると、イヴくんと使用人は息を呑む。
ちょっと、エリアスの声が怖い。ピリピリとした空気を纏っている。
専属従者が固まってしまった僕の背後から手を伸ばし、その懐中時計を2人の手の中から強引に取り上げる。
と言っても、エリアスのせいで2人の手の力は抜け、ゆるく挟まれていただけだったんだけどね。
「ラズ様、どうぞ」
「あ、うん」
エリアスから懐中時計を両手で受取る。
しゃらりと金色のチェーンが両手の平に触れ、ずしりと重い。
お父様のもつものと揃いのハンターケース型のオーソドックスな黄金色の懐中時計。
懐中時計の蓋には、クレイドルの家紋である藤の花が繊細にしだれ咲く。
パープルサファイアが藤の花を彩り、お母さまの黄金色とお父様の藤色、2色が絡み合う。
2人の重い合う愛を美しく閉じ込めた時計だ。
なんでこんなものをイヴくんは勝手に借りようとしたのかな?
とっても重いお父様の趣味全開の品を。
水戸の御老公の印籠よりも重いよ。
「あのさ、イヴくんはどうしてこれを? お兄ちゃんに普通に言ってくれれば、貸したよ。イヴくんは僕の弟なんだから、言ってよ」
「………はっ?」
「あぁ、それにね。これ、もう動か⸺」
「……んで……ッ! ……なんだよッ! あんたはッ!」
「イヴ、くん?」
イブくんが血を吐くように声を荒げ、激高した。
僕を睨みつける、激しい感情に光る濃い紫の瞳。
いつものイヴくんとは違う反応に僕をはじめ皆が圧倒された。
「……色無しのくせに」
「えっ……?」
キッと睨みつけられ、泣き嗤いながら静かに投げかけられた言葉。
「弟なんてなりたくなかったんだよッ! でもお姫様になりたかったッ! 僕のこの髪と瞳があればなれるはずなのにッ!」
きつく握り締めている手は小刻みに震えている。
「僕はあの場所を捨ててまでここにきたのに! あそこにいたままじゃ何も変わらないから! ここに来る選択しかなかったんだ!! ずるい! ずるい! 色無しのくせに、こんなにいっぱい持っているなんてずるい! あんたばっかり!施すように笑顔で全部渡してきてさっ!バカにするなっ!」
僕は本当はここに来たくなかった、とイヴくんの震える弱々しい声が静かに響く。
支離滅裂な言葉の羅列の端々にイヴくんの荒々しい感情が滲む。
それだけ彼が今日まで苦しんでいたってことだ。
「ごめんね。」
「な、…んで謝るの……」
「僕が気づいてあげられなかったから……辛かったよね」
「…………」
何かを言いおうとした強張ったイブくんの唇は僅かに開くだけ。
音を出さずに震えながら引き結ばれた。
本当にごめんね。イヴくん。僕、お兄ちゃん失格だ。
いまさら謝ってもイヴくんの辛い苦悩の日々が無かったことにはならないのに。
いきなり、僕の弟になるために、ひとりぼっちでこんな知らないところに来させられたんだもんね。
僕もそうだったはずなのに、いつの間にか忘れていた。
前世を思い出した日の怖さとからっぽな気持ち。
自分一人だけが、知らない場所に取り残された寂しさを。
僕には、いつも小言ばっかりだけど、見守ってくれるエリアス。
ちょっとご飯を残すだけで、僕の体調を心配し過ぎて、自分の体調が悪くなってしまう料理長。
庭師のおじさんもいつも新しい花を改良するたびに、僕の名前をつけてくれる。
僕はお屋敷の優しい人達に囲まれていたから。
でも、イヴくんにはいなかったんだね。寂しかったよね。
他人の都合で人生を決められ、心温まる場所から引き離された。
その虚しい隙間を埋める方法すら、わからないままに、いきなり厳しい教育が始まってさ。
ここにも温かくて優しい人達がいるよってイヴくんに気づいて欲しい。
まずは僕がその一人目になれたら良いな。
それに僕なんかよりもイヴくんはお姫様にふさわしい。
イヴくんに伝わるように。
決して聞き漏らすことのないように。
こぼれんばかりにまん丸く見開くキレイな紫色の瞳を見つめ、言葉をゆっくり並べていく。
「僕はイヴくんのこと、とっても大好きだよ。君と出会えて本当によかった。
毎日イヴくんと遊べるだけで僕はとんでもなく楽しいんだ。
だから、お兄ちゃんとして弟の君が欲しがるものは全部あげたかったんだ。
あのね、君はひとりじゃないから。お屋敷の皆も君のこと大事に思っているよ。
それに、君は僕はいろいろ持っているっていうけど」
思い出したんだ、あのログインボーナスでみた光景を。
レオの隣、お互いを支え合うように立っていたのは君だ。
濃紺の髪に本紫の瞳が鮮やかに輝く聖女。
血濡れたどす黒いローブですら神聖なものにしてしまう高潔な姿。
懐中時計にあしらわれたパープルサファイア煌く藤の花。
クレイドルの色彩を完璧なまでに受け継いだイヴくんにこそふさわしい。
「僕は君の髪と瞳が羨ましい。君の纏う色は紛れもなくクレイドルのお姫様だよ。」
ラスボスで『色無し』の僕なんて、お姫様な訳ないじゃないか。
頬を伝う生温かな雫。
あぁ。ごめんよ。泣くつもりなんてなかった。
イヴくんのほうがつらいのに。
弱っちいお兄ちゃんで⸺っ
「ラズ兄様! ごめんなさい!」
どんっと衝撃が来たと思ったら。ぼんやりとした視界を埋める濃紺と本紫。
ぎゅうっと小さな腕に抱きしめられ、柔らかいけど驚くほど細く、ぽかぽか温かい。
顔を挙げた本紫の瞳が僕をじっと見ている。
なんだか溶けるような熱の篭った瞳。
逸らすことも出来ない眼差しがまっすぐ僕を見る。
あれ、どこかで見たことが。
ぼうっとした僕にイヴくんは愛しくてたまらない、といった様子で手を伸ばし、頬の涙をそっと拭う。
慈しむような指先はそのまま僕の瞳に盛り上がる涙を優しく掬う。
真っ赤な舌先がゆっくり伸びぺろり、と指の背に這う。涙を味わうように。
「甘いですね」とほわんと頬を染めた表情でうっとりした声を漏らし。
突然、大人っぽい艶やかな表情と仕草をしたイヴくん。
「愛しています。ラズ兄様」
再び僕に強く抱き着いた。
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