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はじまりの10歳

10. 運命の人は美しい《レオン・リューグナーside》1

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「クレイドルと結婚できるなんて幸せですね」

 幾度となく何気なく周囲から掛けられた言葉。

 善意なり悪意なり、含まれている意味など判別できないくらい小さい頃から、俺について回る言葉。

 実の父親でさえ、物心つく前より投げかけた。

「レオンはアリーシャの子供と結婚できるなんて幸せだな! 昔、アリーシャと約束したんだよ!」

 この人は自分がどんな瞳でこの言葉を発しているのかわからないのか?

 憧憬とも違う、熱の篭った恋情を滲ませた瞳。

 それを見る母上の表情を俺は今でも理解できない。
 彼も心の底から同意したような表情を浮かべているからだ。

 今日が俺の誕生日の祝福の晩餐だとしても、だ。

 歪な夫婦関係のカケラが少し見えただけで、俺が生まれてきた理由が知れた。

 父が言う『アリーシャ』というのは、俺の婚約者の母親だ。
 父上の従兄妹であり、あの『聖爵家』当主『リヒト・クレイドル』の「運命」の相手らしい。
 社交界で知らぬものはいない、その類まれな美しさ故に『妖精』と崇める人間が未だにいるという『アリーシャ・クレイドル』。

 数年前に病により亡くなったらしい。

 俺が小さい頃の出来事であり、なぜか誰もが話題にすらしない、異様な沈黙を貫くが。
 そんな妖精が遺した子供は一人だけ。

 リヒト・クレイドルは後妻を娶る気なんかさらさらなく、その子供のみがクレイドルの後継。

 第二王子の俺はまたしても、クレイドルと結婚する理由を悟る。

 因みに俺が生まれる前から課せられたこの結婚は世間では「運命」というらしい。皮肉なものだ。
 複数の偶然が重なりクレイドルと結婚するのは、「運命」と周囲は勝手に意味付けた。
「運命」で『幸せ』だそうだ。

 そんな俺の「運命」の相手は『ラズ・クレイドル』。

 毎日生きていくだけでかけられる言葉は、積み重なり、染み付き、俺の生きる意義さえすり替えていく。

「運命の相手であるラズ・クレイドルと結婚し、幸せになる」と。

 俺自身も、周囲と同じようにラズ・クレイドルに『幸せ』を押し付けた。

 そんな身勝手極まりない愚かな望みはいとも簡単に崩壊した。

 ラズ・クレイドルが『色無し』だからだ。

 お互いに10歳の歳になり、初顔合わせとなった今日。

 そこにいたのは、見事な青髪に紫色の瞳のクレイドル直系を体現し、恐れを抱くほど美しい父親リヒト・クレイドル。
 俺は、この美しい一家『クレイドル』に選ばれた。

 そう優越感に高揚した俺は、傍らに控える小さな少年を見て言葉を失った。

 真っ白な透けているような白髪、大きな瞳は頬を染めると見分けがつかないくらい、淡いぼんやりとしたピンク色。

 顔の造形がいくら妖精といわれる母を思わせるほど美しくても『色無し』なんて、最悪だ。
 こいつ、本当にクレイドルなのか疑わしい。

 こんな『色無し』が奇跡の癒やしの力である「聖力」を使えるはずがない!

 ⸺こいつが俺の『運命の相手』で『幸せ』にしてくれるわけがない!

 俺がショックで言葉を失い呆然としていると、父上に無理やり俺の『安息地』である温室にラズ・クレイドルと2人きりにされた。

 2人の父親が去り際、リヒト・クレイドルが無表情だが、怒りを押し殺した瞳で俺を射抜く。

 あぁ、こいつは、親が自身の手から離れるのを惜しむほど、当たり前に愛され『幸せ』なんだ。

 俺のように親に愛され、必要とされる、『クレイドル家との結婚』という理由がいらないのか。

 生まれる前から、しきたりによる結婚を課された同じ立場なのに。

『色無し』のくせに。

 自分でも抑えきれない燻る感情に戸惑っている間、『ラズ・クレイドル』はにこやかな態度は崩さず、マイペースにお茶を楽しんでいた。

 突然、ラズ・クレイドルが会話の途中で胸をかきむしりながら苦しみ出す。
 さらに、カップを手で床に乱暴に落とし、椅子の下へ倒れた。

 咄嗟に俺は駆け寄り、ラズ・クレイドルに手を伸ばす。

 すると、大きなあの瞳が俺をみつめる。
 淡いピンク色だと思っていたその瞳はピンク色の中にいくつもの色が輝き、揺らめく。

 美しい。

 この世の色を全て詰め込んだ美しい瞳に、囚われ、吸い寄せられる。

 じわりと盛り上がった涙にその色が交わり、さらにその美しさを際立たせた。

 その時、ラズ・クレイドルから手を握られる。
 小さな手は柔らかく、何故だかこの手に必要とされている気がした。

 「はぁ、はぁ、でき、るだけ、この……手を離さないで……」

 ブワッと胸に広がる気持ちに、顔が勝手に熱を持つ。

 ⸺やっと、言ってもらえた。

 自分でもわからない。でも、確かにそう思った。
 ずっと、美しい運命の相手に俺はこの言葉、いや、必要とされたかったのか。
 いつの間にか、自分でも気づかないで、ラズ・クレイドルに焦がれ続けていたらしい。

 ラズ・クレイドルは、何故か謝罪をする。
 俺が気づかずにいた手の深い傷まで聖力で、あっという間に治した。
 自分は倒れ、未だに立ち上がることすらできずに、苦しそうにしていたのにだ。

 またまた謝罪とお礼を繰り返すラズ・クレイドル。聖力を使った反動なのか、そのまま俺の腕の中で意識を失った。

 目を閉じたままの美しい彼に悲鳴混じりの声をかけ続けていたら、すぐに人が駆けつける。
 リヒト・クレイドルが必死の形相で、腕の中にいるぐったり目を閉じるラズ・クレイドルを躊躇いもなく、さっと奪う。
 彼はねじ込むように強引に差し出した手とは裏腹に、ラズの体を気遣いながらゆっくりと持ち上げる。

 その姿は、無性に泣きたくなるくらい羨ましい。
 同時に、去っていった柔らかな温もりに焦がれる。

 俺とラズ・クレイドルの隔たりを、まざまざと見せつけられた。

 でも、俺とラズ・クレイドルは運命で結ばれた、生まれる前から結婚を約束しているから。
 またすぐに、あちらから手を繋いで来るだろう、と俺はこれからのことを楽観視していた。

 そんな傲慢さを嘲笑うかのように、事実は俺を打ちのめした。

 ラズ・クレイドルが目覚めない。

 薬師が診察し、異常も無いのにだ。
 やがて俺とラズ・クレイドルの紅茶に毒が微量に混入していたことが発覚するが、リヒト・クレイドルが否を唱えた。

 クレイドル直系のラズ・クレイドルの体質故にだ。
 聖力が体に満ちているため病気にも罹らず、毒にも耐性があるという特異体質。
 微量の毒、しかも摂取した量も僅かな毒になんか倒れるはずがないという。

「ラズはこの婚約がイヤで目覚めないんだ!」

 暴論だ。

 しかし、美貌の貴公子が悲壮感をたっぷり漂わせた切実な訴えを誰が止められるだろうか。
 いつも人の話を聞かない、飄々と笑顔で流す父上でさえ、神妙な顔付きだ。
 一応、この国の君主である。

 一向に目覚めないラズを心配し、あろうことかリヒト・クレイドルは神殿の聖女まで呼びつけようとしていた。
 現在の神殿の聖女はラズの叔父だそうだ。
 聖女の権力で圧力をかけてまで、この婚約を白紙にしたいらしい。それとも治療でも頼むのか。

 誰も止めることが出来ず暴走し続けるリヒト・クレイドル。
 その彼が我慢できずに、王宮から自宅へラズを連れ帰ろうと一旦席を外す。


 俺はリヒト・クレイドルが部屋からいなくなった瞬間に、布団の中にあるラズの小さな手を握る。
 先程より重く冷たい手に、無力感で胸をかきむしりたくなるくらい苦しい。
 僅かでも俺の体温が伝わるように、小さな手を包み込むように両手で握ると、ラズは目覚めた。


 
 
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