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第48章『暗闇の中』
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これまでの経験上、『常人に見えないもの』は生きている人間に見られていることを知ると二つの行動パターンに分かれる。
見られていようが全く気にしないパターン。
これは俺としても有難い。俺としても当然関わりたくない。ああいうものに自分から関わっていきたい人間は、そういうものを見えないヤツの羨望地味た好奇心と、良からぬことを考えている狂人だと思っている。……貴水はどっちだったんだろうか。
もう一つは見られることでそいつに興味を持つパターンだ。ああいうものは人に見られることに慣れていない。だから自分を見た人間に『惹かれる』のかもしれない。
それがどういう感情なのか知らないし、そもそもああいうものに『感情』があるのかなんて興味もない。
あんなものに興味をもたれても迷惑なだけなのは骨身に染みている。
廊下を見なくても、向こうの方からぎしりと床が軋む音が鼓膜に刺さり、俺は肩を震わせた。俺は後ろを見れない代わりに、多少は状況を理解できているはずの貴水の顔を見るが、血の気が引いた。
ヤツはただじっと廊下の向こうにいるだろう『アレ』を見つめ、口元には薄ら笑みを浮かべているのだ。
やばいと思った。俺は思わず他の三人を見て叫ぶ。
「今すぐ此処を出ろ!」
そう叫ぶと、この場所で何が起ころうとしているかまるでわかっていない早島たちはまだ戻っていない雲野のことを考え困惑した表情をするが、俺が「早く!」と捲し立てるように言うと、俺がどれだけ酷い顔をしていたのか三人は浮き足気味に玄関から出る。早島たちは顔を見合わせてのろのろとした足取りで出て行くのを見送ると、俺は動かないままの貴水の肩を掴む。俺に肩を掴まれて、漸く貴水は廊下にいる『アレ』から目を離して俺を見た。その、何処か、俺を非難するような目に思わず尻込みするが、背後で再び聞こえてくる床の軋む音に、今目の前にいる貴水よりも背後で蠢く『アレ』の方が当然恐ろしく俺は貴水の肩を押す。
「状況わかってんのか、すぐ此処から」
離れろ。そう言い切る前に貴水は俺の手を振り払う。そして俺を一瞥すると、何を思ったのか『何か』を見て笑った。
そしてまるで語りかけるように呟いた。「こっちだ」って。
その声と同時に背後でまた床が軋む音がした。今度は今までも強く大きな音。これまでは緩やかな歩みだった『アレ』だったが、まるで貴水の声に惹かれたかのようにこちらに向かって近づいて、いや、突進してくるのが音だけでわかった。
まるで山から土砂が建物や車などを飲み込んで押し寄せてくるような恐怖を感じ、俺は後ろ確認する勇気もなく、ただ貴水を腕を掴み玄関から外へ転がり出る。
先に出ていた早島達は、俺と貴水が、突っ込んできたトラックから逃げるような勢いで転がり出てきたのを唖然と迎えるが、その直後にまるで本当にトラックでも突っ込んできたかのように玄関の引き戸の一枚が外の方へ弾け飛び、残ったもう一枚の引き戸と引き戸の枠組みがべこりと凹む様子に早島と利部は思わず短い悲鳴を上げて後退り、二人に支えられて立っていた三留がずるりと尻餅をついた。引き戸の硝子が辺りに飛び散り、玄関の近くに倒れ込んでいる俺と貴水に降りかかる。
俺は漸く振り返り家屋の玄関を見る。
外れずに残った引き戸と枠組みに引っかかり、不気味なオットセイのような巨大で奇妙なものがその黒い身体からススのようなものを噴出し幾本もの手の形を成して藻掻くように蠢く。
こういう生き物、昔アニメ映画で見たな。
恐怖で脳内の思考の殆どが強張る中、まるでこの状況を受け入れられない脳がそんなどうでもいい事を考えてしまう。
えっ、この後どうしたら。
俺は引き戸の引っかかって鈍く蠢く『何か』を見ながら、この後どうすべきなのか考えるけれど全く何も浮かばない。だから地面に倒れ込んだまま動くこともできない。
だけど。
「ぇ、な、え?」
微かに聞こえる戸惑いに塗れた声に我に返る。
声の方を見ると、そこには早島たちが呆然としていた。彼らは何故か引き戸や玄関がひとりでに破壊される様子を不可解な表情で見ていた。何だったら今も残った引き戸がギシギシと揺らされている状況に困惑しきっている。
彼らの存在を思い出してどっと汗が噴き出る。
そうだ、早島たちがいた。早くこの場を離れないと。
でもこの状況でただ逃げても追いかけてくるんじゃないか。えっ、じゃあ一体どうしたら……。
そう思ったとき、何故か暗闇に光明が差し込むかのように、恐怖と焦りでぐちゃぐちゃになった脳内に、才明寺の顔が浮かんだ。
才明寺ならもしかして……。
そう考えると、脳内はいつかの花火の日に光に囲まれた才明寺の姿を思い出す。
彼女ならきっとこの化物も祓えるんじゃないのか、と思ってしまう。だけど、今まで見たどんなものよりも禍々しく化物としか形容できないものを祓えるのか。流石の才明寺でも無理なんじゃあ。そんな不安が過るけれど、その瞬間、辛うじて残っていた引き戸が枠組みから外れて地面に転がる。がしゃんと引き戸の硝子が割れ散り、あの化物がゆっくりと玄関から這い出てくる。
俺は慌てて立ち上がると早島たちに捲し立てるように「走って! 此処から逃げろ!」と叫ぶ。三人は流石にこの場所の異常さだけは本能で理解しているのか及び腰ながらも慌てて門扉の方へと駆けていく。
俺はせめて彼らが山を降りるまでの時間くらいは稼ぎつつ、無理かもしれないが才明寺に助けを求めようと慌ててスマホを探すが、そんなもう予断を許さない状況の中でも貴水はまだ地面に座り込んだまま化物をぼんやりと見ていた。
「貴水、何やってんだ!」
俺が声をかけるが、貴水はまるで美術館で絵画でも眺めているかような様子で「今までこんなもの、見たこともなかったよ」と呟く。
それがどういう意図の言葉かわからず困惑する。
そうしている間に『アレ』は玄関から這い出て座り込んだままの貴水に近づく。貴水は自分に近づいてくる『アレ』に臆することもなく手を伸ばす。『アレ』を受け入れるつもりなのか……?
だけどなあ!
俺は慌てて貴水の襟元を掴んで門扉の方へと引っ張っていく。
「何やってんだ!」
そう叫びながら何とか貴水を引っ張るが、貴水は引っ張られながらも俺の腕を掴み「離せ!」と俺の行動を否定する。
この状況になっても貴水が何を考えているか想像が全く届かない。
それでも。
「真っ当な人間が! あんなもんに! 触ろうとすんな!」
そう叫ぶと、俺の腕を拒むように掴んでいた貴水の腕がずるりと落ちる。
何だどうした、大丈夫か。
貴水の様子に不安になりながらも俺は門扉まで貴水を引きずる。俺が叫んでから貴水の抵抗はなかった。
門扉の外まで引きずると俺は『アレ』の姿を確認する。
さっきまで俺たちが居た場所まで這い出てきた黒い塊は俺たちを見ていた。
……絶対逃がしてくれる気がしない。というかまだ雲野が見つかってないから置いていくわけにはいかない。
俺はだらりと身体から力の抜けている貴水の肩を叩くと「お前はあんなもん真っ直ぐ見んな」と言って半ば無理矢理階段の方へ押した。貴水の身体が三段程転がるのを見て悪い気はしたが、それでも俺は『アレ』の注意が自分に向かっていることを確認してからもう一度スマホを探すため制服のポケットを探るが、才明寺から電話が着た後カバンの方に戻したことを思い出す。
カバンは……さっき玄関に落としたことも……。
「やば」
俺は思わず呟きながらじりじりと躙り寄ってくる黒い塊に頭が痛くなった。
見られていようが全く気にしないパターン。
これは俺としても有難い。俺としても当然関わりたくない。ああいうものに自分から関わっていきたい人間は、そういうものを見えないヤツの羨望地味た好奇心と、良からぬことを考えている狂人だと思っている。……貴水はどっちだったんだろうか。
もう一つは見られることでそいつに興味を持つパターンだ。ああいうものは人に見られることに慣れていない。だから自分を見た人間に『惹かれる』のかもしれない。
それがどういう感情なのか知らないし、そもそもああいうものに『感情』があるのかなんて興味もない。
あんなものに興味をもたれても迷惑なだけなのは骨身に染みている。
廊下を見なくても、向こうの方からぎしりと床が軋む音が鼓膜に刺さり、俺は肩を震わせた。俺は後ろを見れない代わりに、多少は状況を理解できているはずの貴水の顔を見るが、血の気が引いた。
ヤツはただじっと廊下の向こうにいるだろう『アレ』を見つめ、口元には薄ら笑みを浮かべているのだ。
やばいと思った。俺は思わず他の三人を見て叫ぶ。
「今すぐ此処を出ろ!」
そう叫ぶと、この場所で何が起ころうとしているかまるでわかっていない早島たちはまだ戻っていない雲野のことを考え困惑した表情をするが、俺が「早く!」と捲し立てるように言うと、俺がどれだけ酷い顔をしていたのか三人は浮き足気味に玄関から出る。早島たちは顔を見合わせてのろのろとした足取りで出て行くのを見送ると、俺は動かないままの貴水の肩を掴む。俺に肩を掴まれて、漸く貴水は廊下にいる『アレ』から目を離して俺を見た。その、何処か、俺を非難するような目に思わず尻込みするが、背後で再び聞こえてくる床の軋む音に、今目の前にいる貴水よりも背後で蠢く『アレ』の方が当然恐ろしく俺は貴水の肩を押す。
「状況わかってんのか、すぐ此処から」
離れろ。そう言い切る前に貴水は俺の手を振り払う。そして俺を一瞥すると、何を思ったのか『何か』を見て笑った。
そしてまるで語りかけるように呟いた。「こっちだ」って。
その声と同時に背後でまた床が軋む音がした。今度は今までも強く大きな音。これまでは緩やかな歩みだった『アレ』だったが、まるで貴水の声に惹かれたかのようにこちらに向かって近づいて、いや、突進してくるのが音だけでわかった。
まるで山から土砂が建物や車などを飲み込んで押し寄せてくるような恐怖を感じ、俺は後ろ確認する勇気もなく、ただ貴水を腕を掴み玄関から外へ転がり出る。
先に出ていた早島達は、俺と貴水が、突っ込んできたトラックから逃げるような勢いで転がり出てきたのを唖然と迎えるが、その直後にまるで本当にトラックでも突っ込んできたかのように玄関の引き戸の一枚が外の方へ弾け飛び、残ったもう一枚の引き戸と引き戸の枠組みがべこりと凹む様子に早島と利部は思わず短い悲鳴を上げて後退り、二人に支えられて立っていた三留がずるりと尻餅をついた。引き戸の硝子が辺りに飛び散り、玄関の近くに倒れ込んでいる俺と貴水に降りかかる。
俺は漸く振り返り家屋の玄関を見る。
外れずに残った引き戸と枠組みに引っかかり、不気味なオットセイのような巨大で奇妙なものがその黒い身体からススのようなものを噴出し幾本もの手の形を成して藻掻くように蠢く。
こういう生き物、昔アニメ映画で見たな。
恐怖で脳内の思考の殆どが強張る中、まるでこの状況を受け入れられない脳がそんなどうでもいい事を考えてしまう。
えっ、この後どうしたら。
俺は引き戸の引っかかって鈍く蠢く『何か』を見ながら、この後どうすべきなのか考えるけれど全く何も浮かばない。だから地面に倒れ込んだまま動くこともできない。
だけど。
「ぇ、な、え?」
微かに聞こえる戸惑いに塗れた声に我に返る。
声の方を見ると、そこには早島たちが呆然としていた。彼らは何故か引き戸や玄関がひとりでに破壊される様子を不可解な表情で見ていた。何だったら今も残った引き戸がギシギシと揺らされている状況に困惑しきっている。
彼らの存在を思い出してどっと汗が噴き出る。
そうだ、早島たちがいた。早くこの場を離れないと。
でもこの状況でただ逃げても追いかけてくるんじゃないか。えっ、じゃあ一体どうしたら……。
そう思ったとき、何故か暗闇に光明が差し込むかのように、恐怖と焦りでぐちゃぐちゃになった脳内に、才明寺の顔が浮かんだ。
才明寺ならもしかして……。
そう考えると、脳内はいつかの花火の日に光に囲まれた才明寺の姿を思い出す。
彼女ならきっとこの化物も祓えるんじゃないのか、と思ってしまう。だけど、今まで見たどんなものよりも禍々しく化物としか形容できないものを祓えるのか。流石の才明寺でも無理なんじゃあ。そんな不安が過るけれど、その瞬間、辛うじて残っていた引き戸が枠組みから外れて地面に転がる。がしゃんと引き戸の硝子が割れ散り、あの化物がゆっくりと玄関から這い出てくる。
俺は慌てて立ち上がると早島たちに捲し立てるように「走って! 此処から逃げろ!」と叫ぶ。三人は流石にこの場所の異常さだけは本能で理解しているのか及び腰ながらも慌てて門扉の方へと駆けていく。
俺はせめて彼らが山を降りるまでの時間くらいは稼ぎつつ、無理かもしれないが才明寺に助けを求めようと慌ててスマホを探すが、そんなもう予断を許さない状況の中でも貴水はまだ地面に座り込んだまま化物をぼんやりと見ていた。
「貴水、何やってんだ!」
俺が声をかけるが、貴水はまるで美術館で絵画でも眺めているかような様子で「今までこんなもの、見たこともなかったよ」と呟く。
それがどういう意図の言葉かわからず困惑する。
そうしている間に『アレ』は玄関から這い出て座り込んだままの貴水に近づく。貴水は自分に近づいてくる『アレ』に臆することもなく手を伸ばす。『アレ』を受け入れるつもりなのか……?
だけどなあ!
俺は慌てて貴水の襟元を掴んで門扉の方へと引っ張っていく。
「何やってんだ!」
そう叫びながら何とか貴水を引っ張るが、貴水は引っ張られながらも俺の腕を掴み「離せ!」と俺の行動を否定する。
この状況になっても貴水が何を考えているか想像が全く届かない。
それでも。
「真っ当な人間が! あんなもんに! 触ろうとすんな!」
そう叫ぶと、俺の腕を拒むように掴んでいた貴水の腕がずるりと落ちる。
何だどうした、大丈夫か。
貴水の様子に不安になりながらも俺は門扉まで貴水を引きずる。俺が叫んでから貴水の抵抗はなかった。
門扉の外まで引きずると俺は『アレ』の姿を確認する。
さっきまで俺たちが居た場所まで這い出てきた黒い塊は俺たちを見ていた。
……絶対逃がしてくれる気がしない。というかまだ雲野が見つかってないから置いていくわけにはいかない。
俺はだらりと身体から力の抜けている貴水の肩を叩くと「お前はあんなもん真っ直ぐ見んな」と言って半ば無理矢理階段の方へ押した。貴水の身体が三段程転がるのを見て悪い気はしたが、それでも俺は『アレ』の注意が自分に向かっていることを確認してからもう一度スマホを探すため制服のポケットを探るが、才明寺から電話が着た後カバンの方に戻したことを思い出す。
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