胎動

神﨑なおはる

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44:軋む音は何処から

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 璃亜夢は何度も永延に顔を殴られ、身体を蹴られながらも、茉莉花は守らなくてはという気持ちで茉莉花を抱き込み庇い続けた。
 身体を蹴られる度に骨が軋むような痛みに襲われる。
 腕の中の茉莉花も、この異常な状況に気が付いたのか、今まで聞いたことのないくらいの大きな声で泣く。璃亜夢は茉莉花を抱きしめて、どうかその泣き声が永延の怒りを煽らないことを願う。
 でも、どうしてこんなことになったのか。

 お前にはガッカリだ。

 永延はそう言い放った。だけど彼が一体何に落胆したのかが璃亜夢にはわからなかった。何故彼から暴力を受けているのかも理解できない。
 ただ一つしなくてはならないことはわかっていた。茉莉花には怪我をさせたくないということ。だって、こんなに小さい子が怪我なんて可哀想だ、そう思ったから。

「きっとお前はどうしてこんなことになっているか、馬鹿だからわからないんだろうな」
 永延はそう呟くと、茉莉花を抱え込み蹲る璃亜夢の背中に足を乗せる。そしてそのままその足に力を入れていく。背中からの圧迫感に璃亜夢はくぐもった低い悲鳴をあげて耐える。この上からの重圧に負ければ茉莉花が潰れてしまう。それだけは絶対駄目だ。

「うぅ!」
 背骨が軋むようだ。
 璃亜夢の声に永延は更に足に力を込める。このままでは下にいる茉莉花ごと踏み潰されてしまう。璃亜夢が何とか耐えようと歯を食いしばったとき、突然部屋の扉が叩かれる。
「璃亜夢さん?! いる?!」
 扉越しに聞き知った声が璃亜夢の耳に届き、璃亜夢は泣きそうになる。
 どうして貴方はこういう時に来てくれるんだ。
 璃亜夢は茉莉花を抱きしめる手に力を込める。そうしていると扉はあっさりと開き、中に大黒が入ってくる。
「大黒さん……!」
 璃亜夢は少し顔を上げて懇願するように彼を呼ぶ。
 仕事帰りなのだろう。手には通勤カバンとスーツの上着を持ったままで、きっと茉莉花の泣き声を聞いて自分の部屋にも寄らず慌ててやってきたのだろう。
 大黒が入ってくると、璃亜夢の背中にかかる重圧がなくなる。足は相変わらず背中に乗ったままだけど圧迫感がなくなってかなり楽なる。

 助かったのだろうか。
 璃亜夢は息を小さく吐きながら永延の様子を窺いみる。
 永延はやってきた大黒を見ながら、不愉快を顔に貼り付けていた。こんな永延の顔を見るのは初めてかも知れない。大抵この男は、顔に薄ら笑いを浮かべていることが多かったから。
 何だか拙いんじゃないか。璃亜夢は永延の顔を見て何故かそう思った。
 だけど永延のことをよく知らない大黒は永延に対して「何をしているんですか、璃亜夢さんから離れてください!」と言い放つ。
 その瞬間、永延が顔をしかめるのが璃亜夢には見えた。その表情に、璃亜夢は更にぞわりと血の気が引くような感覚に襲われる。

「こんな時まで、お前は来るのか……」
 永延が呟く。璃亜夢には微かに聞こえる程の呟き。大黒には恐らく届いていないだろう。不穏な空気を感じながら、璃亜夢は何とか永延の足元から這い出ようとする。
 途端に璃亜夢の背中に乗っていた足が一瞬浮き、璃亜夢は安心するが、すぐに勢いよく足が下ろされ璃亜夢は短い悲鳴をあげる。
 また踏み付けられて、這い出ようとしていて背中に入れている力が抜けていたせいで、茉莉花が潰れそうになって焦る。
 それを見た大黒は慌てて靴を脱いで玄関を上がる。カバンと上着も落とすように置いて永延に詰め寄るとそのまま彼を突き飛ばす。

「やめてください!」
 そう叫ぶ大黒に突き飛ばされ、永延はあっさりと後ろに引く。そして窓際の方まで後退する。永延と璃亜夢の間に距離がひらくと、大黒は慌てて璃亜夢を起こす。

「大丈夫、璃亜夢さん?! 茉莉花さんは?!」
 璃亜夢は大黒に抱き起こされ、彼の言葉に慌てて抱きしめていた茉莉花を見る。
 茉莉花はずっと泣き続けていたが、見る限りでは怪我という怪我はしてないように見えるが、服の下までは確認できていないから安心はできない。

「多分、大丈夫だと思うけど……わかんない」
「病院行こう。船越先生のとこなら開いてる」
 そう言って大黒は璃亜夢を立たせようとする。璃亜夢もそれに促され立とうとするが、その時、大黒の肩ごしに永延と目が合う。

 そこからまるでコマ送りのように見えた。

 永延はゆっくりと大黒に近づくと、大きく手を振り上げる。その手には、ヘッドボードに置かれていたガラス製の円形の灰皿があった。
 その灰皿が大黒の後頭部目掛けて振り下ろされる。
 危ない。
 璃亜夢は咄嗟に茉莉花を抱えていない方の手を大黒の肩を掴み、自分の方へ引き寄せる。だけど璃亜夢の動きは下がってくる灰皿には及ばなかった。
 ガツンと鈍い音が部屋に響く。

「あぁ……!」
 大黒は短い声を上げると床に崩れこむ。床には赤い液体が溢れ出す。
 その光景に、璃亜夢は呼吸も忘れてしまう程の衝撃を受け悲鳴も出てこなかった。
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