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39:崖先に立たされるけれど飛ぶ勇気はないまま
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大黒が出て行ってから、室内は恐ろしいほど静かだった。
璃亜夢はうどんを食べ終えて解熱剤を飲むとそのまま布団を被った。
宮も璃亜夢に声をかけてくるようなことはしなかったが、茉莉花がぐずってしまうと抱き上げて様子を確認していた。大黒に頼まれた通り茉莉花の面倒はちゃんと見てくれるようだ。
璃亜夢は、ぐずっている茉莉花の背中を叩きながら抱えている宮の姿に、この人も大黒同様赤ん坊の世話ができる人なんだと思った。一体何をしている人なんだろうか。
璃亜夢が彼を見ながらそんなことを考えていると、その視線に気がついたのか、宮は茉莉花を抱えたまま璃亜夢を見て「何だよ」と冷ややかに呟く。
その態度に腹が立って、璃亜夢は身体を起こして「アンタこそ何よ」と言い返す。
「私とアンタは初対面でしょ? どうしてそんなキツイ態度を取られないといけないわけ」
年上だとわかっていても、璃亜夢は腹が立ってそう言い放つ。
すると宮は冷ややかに璃亜夢を見下ろしたまま「俺はお前みたいな馬鹿な『母親』が大嫌いなんだよ」と言い放つ。
馬鹿な『母親』。
母親?
一瞬何のことだと思ってしまったが、宮が抱いている茉莉花を見て、その言葉が自分を指していることを理解した。
宮の言葉に、璃亜夢はまだ自分の中に『母親』という自覚がないのだ。
茉莉花の面倒は見なくてはならないという意識は芽生えてきているが、それは何処かペットの世話に近いものがあるのだ。
未だにそういう認識だった。
だから宮の言葉の意味がわからず思わず呆けてしまっていた。
そんな璃亜夢を宮は訝しむ。
「何だよ、反論もできないか」
「……私ってその子のお母さんなの?」
「はあ?」
璃亜夢の言葉に宮は顔をしかめる。だけど璃亜夢は自分の心を吐露し続ける。
「ずっと体調最悪でお腹もいたいし苦しい思いいっぱいして、この間漸く茉莉花をお腹から出した。でも泣き喚く姿に可愛いなんて思えなかったし、五月蝿いし面倒くさいし、産んだことを後悔した。……でも、今はそれでも『ちゃんとしなくちゃいけない』って頭ではわかってる。でも! だけど! 私は自分が『お母さん』だなんて思えない! 産んだからって『母親』を押し付けないで!」
熱のせいもあったかもしれない。
あまり働かない思考で璃亜夢は子供のように喚きたてる。
そんな姿に宮は蔑むような視線を璃亜夢に突き刺す。その視線に璃亜夢も睨み返す。
男には理解できるはずがない。
腹によくわからないものを何ヶ月も抱え込む女の気持ちがわかるはずがない。
あんなにも体調が崩れ動くことすらできなくなる辛さを知っているのか。
私が苦しんだ数ヶ月をこんな男にわかるはずがないのだ。
璃亜夢は宮を睨みつける。
宮も璃亜夢を睨みながら「『子供』が子供産んでんじゃねえよ」と言い放つ。
『子供』、『未成年』。
こいつも大黒と同じことを言うのだ。
だけど大黒に言われるよりもこいつに言われる方が癪に障る。
しかし璃亜夢の感情を逆撫でするように今度は宮が続ける。
「どうせその調子じゃあ誰の種なのかもわかんねえんだろ。大した知識も責任もないガキがその場凌ぎの勢いだけで股開いたんだろ。言っとくけどな、男も最悪だけどお前も最低だからな」
「アンタに私の何がわかるの?!」
「じゃあお前に、そういう馬鹿な母親から産まれた子供の気持ちがわかんのか」
「……え」
子供の気持ちがわかるのか、だって?
考えもしなかったことに璃亜夢は思わず言葉を失う。
その様子に宮は肩をすくめる。
「俺の母親は頭のおかしい人だった。父さんと結婚して俺を産んだ一週間後に記入済みの離婚届を置いていなくなった。それからすぐに違う男と結婚して子供を産んだ。そしたらまたすぐに離婚。そういうことを繰り返してた。だから俺には父親が違い兄妹が六人以上いる」
「何それ、六人以上って」
「俺が高校の時に、俺の妹ってやつは現れたのを切っ掛けに調べた。俺が一人目で六人まで特定したけどそれ以降はもう調べる気が失せた。多分、探したらまだまだいるんだろうと思うとかなり複雑だ。……父さんはあの女がいなくなってから一人で俺を育ててくれたけれど、あの女のことで凄く苦しんでたと思う。それでも俺はまだ幸せな方だと思う。だけどこの子はどうなんだろうな」
宮は茉莉花を見る。
「父親は誰かわからない。母親は馬鹿な子供で自分を育てていく能力もない。二人で暮らしていくだけの経済力もないのに、どうするんだ。ずっと大黒に寄生していく気かよ。何の責任も果たせないお前より、養子に出した方が幸せだろうさ」
そう言い放たれて璃亜夢は押し黙る。
正直、璃亜夢は茉莉花が産まれてから茉莉花の気持ちを考えることなんて一度もなかった。自分のことだけで精一杯なのだ。
だって、常に『これから』のことを突きつけられる。
これからどうする。
永延にも、大黒にも問われる。
『これから』ってそんなに重要なのか。
でも、そうか、茉莉花のことを考えるのであれば、璃亜夢は『これから』を考えなくてはならないのか。
「私、これから、どうしたらいいのよ」
璃亜夢はぽつりと漏らす。
宮は顔をしかめて「自分で考えろよ」と吐き捨てる。
だけどそう言いながらも彼は自分の意見を告げる。
「家出娘だろ、お前。家出の理由は知らんが喧嘩して飛び出して来たんだったら家に帰れ。相談できるなら親に相談しろ。頼れる親なら頭下げて一緒に考えてもらえるように頼め。そしたらお前が育てたいなら育てればいいし、それでも無理なら養子に出せ。親がヤバくて絶対に家に帰れないなら援助してくれる施設や団体を紹介してやる。今の環境ではお前も赤ん坊も、必ず二人共駄目になる。決断しろ。今それができるのはお前だけなんだから」
決断。
重い言葉だと思いながら璃亜夢は何も答えられず俯いた。
宮はそんな煮え切らない様子の璃亜夢に舌打ちをした。
璃亜夢はうどんを食べ終えて解熱剤を飲むとそのまま布団を被った。
宮も璃亜夢に声をかけてくるようなことはしなかったが、茉莉花がぐずってしまうと抱き上げて様子を確認していた。大黒に頼まれた通り茉莉花の面倒はちゃんと見てくれるようだ。
璃亜夢は、ぐずっている茉莉花の背中を叩きながら抱えている宮の姿に、この人も大黒同様赤ん坊の世話ができる人なんだと思った。一体何をしている人なんだろうか。
璃亜夢が彼を見ながらそんなことを考えていると、その視線に気がついたのか、宮は茉莉花を抱えたまま璃亜夢を見て「何だよ」と冷ややかに呟く。
その態度に腹が立って、璃亜夢は身体を起こして「アンタこそ何よ」と言い返す。
「私とアンタは初対面でしょ? どうしてそんなキツイ態度を取られないといけないわけ」
年上だとわかっていても、璃亜夢は腹が立ってそう言い放つ。
すると宮は冷ややかに璃亜夢を見下ろしたまま「俺はお前みたいな馬鹿な『母親』が大嫌いなんだよ」と言い放つ。
馬鹿な『母親』。
母親?
一瞬何のことだと思ってしまったが、宮が抱いている茉莉花を見て、その言葉が自分を指していることを理解した。
宮の言葉に、璃亜夢はまだ自分の中に『母親』という自覚がないのだ。
茉莉花の面倒は見なくてはならないという意識は芽生えてきているが、それは何処かペットの世話に近いものがあるのだ。
未だにそういう認識だった。
だから宮の言葉の意味がわからず思わず呆けてしまっていた。
そんな璃亜夢を宮は訝しむ。
「何だよ、反論もできないか」
「……私ってその子のお母さんなの?」
「はあ?」
璃亜夢の言葉に宮は顔をしかめる。だけど璃亜夢は自分の心を吐露し続ける。
「ずっと体調最悪でお腹もいたいし苦しい思いいっぱいして、この間漸く茉莉花をお腹から出した。でも泣き喚く姿に可愛いなんて思えなかったし、五月蝿いし面倒くさいし、産んだことを後悔した。……でも、今はそれでも『ちゃんとしなくちゃいけない』って頭ではわかってる。でも! だけど! 私は自分が『お母さん』だなんて思えない! 産んだからって『母親』を押し付けないで!」
熱のせいもあったかもしれない。
あまり働かない思考で璃亜夢は子供のように喚きたてる。
そんな姿に宮は蔑むような視線を璃亜夢に突き刺す。その視線に璃亜夢も睨み返す。
男には理解できるはずがない。
腹によくわからないものを何ヶ月も抱え込む女の気持ちがわかるはずがない。
あんなにも体調が崩れ動くことすらできなくなる辛さを知っているのか。
私が苦しんだ数ヶ月をこんな男にわかるはずがないのだ。
璃亜夢は宮を睨みつける。
宮も璃亜夢を睨みながら「『子供』が子供産んでんじゃねえよ」と言い放つ。
『子供』、『未成年』。
こいつも大黒と同じことを言うのだ。
だけど大黒に言われるよりもこいつに言われる方が癪に障る。
しかし璃亜夢の感情を逆撫でするように今度は宮が続ける。
「どうせその調子じゃあ誰の種なのかもわかんねえんだろ。大した知識も責任もないガキがその場凌ぎの勢いだけで股開いたんだろ。言っとくけどな、男も最悪だけどお前も最低だからな」
「アンタに私の何がわかるの?!」
「じゃあお前に、そういう馬鹿な母親から産まれた子供の気持ちがわかんのか」
「……え」
子供の気持ちがわかるのか、だって?
考えもしなかったことに璃亜夢は思わず言葉を失う。
その様子に宮は肩をすくめる。
「俺の母親は頭のおかしい人だった。父さんと結婚して俺を産んだ一週間後に記入済みの離婚届を置いていなくなった。それからすぐに違う男と結婚して子供を産んだ。そしたらまたすぐに離婚。そういうことを繰り返してた。だから俺には父親が違い兄妹が六人以上いる」
「何それ、六人以上って」
「俺が高校の時に、俺の妹ってやつは現れたのを切っ掛けに調べた。俺が一人目で六人まで特定したけどそれ以降はもう調べる気が失せた。多分、探したらまだまだいるんだろうと思うとかなり複雑だ。……父さんはあの女がいなくなってから一人で俺を育ててくれたけれど、あの女のことで凄く苦しんでたと思う。それでも俺はまだ幸せな方だと思う。だけどこの子はどうなんだろうな」
宮は茉莉花を見る。
「父親は誰かわからない。母親は馬鹿な子供で自分を育てていく能力もない。二人で暮らしていくだけの経済力もないのに、どうするんだ。ずっと大黒に寄生していく気かよ。何の責任も果たせないお前より、養子に出した方が幸せだろうさ」
そう言い放たれて璃亜夢は押し黙る。
正直、璃亜夢は茉莉花が産まれてから茉莉花の気持ちを考えることなんて一度もなかった。自分のことだけで精一杯なのだ。
だって、常に『これから』のことを突きつけられる。
これからどうする。
永延にも、大黒にも問われる。
『これから』ってそんなに重要なのか。
でも、そうか、茉莉花のことを考えるのであれば、璃亜夢は『これから』を考えなくてはならないのか。
「私、これから、どうしたらいいのよ」
璃亜夢はぽつりと漏らす。
宮は顔をしかめて「自分で考えろよ」と吐き捨てる。
だけどそう言いながらも彼は自分の意見を告げる。
「家出娘だろ、お前。家出の理由は知らんが喧嘩して飛び出して来たんだったら家に帰れ。相談できるなら親に相談しろ。頼れる親なら頭下げて一緒に考えてもらえるように頼め。そしたらお前が育てたいなら育てればいいし、それでも無理なら養子に出せ。親がヤバくて絶対に家に帰れないなら援助してくれる施設や団体を紹介してやる。今の環境ではお前も赤ん坊も、必ず二人共駄目になる。決断しろ。今それができるのはお前だけなんだから」
決断。
重い言葉だと思いながら璃亜夢は何も答えられず俯いた。
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