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35:黒い晩餐は絶望の味がする
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璃亜夢は永延の後を黙って付いて行く。
夜の街を人混みに隠れるように、頭を低くして璃亜夢は前を歩く男の後ろを歩く。
「前に行ったお店にしようか」
そう言いながら永延は璃亜夢の方を見ずに話す。
璃亜夢に拒否権なんてあるはずもなく黙って彼を追いかける。
やってきたのはいつか来た焼肉店だった。
個室に通され、向かい合って座る永延と璃亜夢。
前回同様に、永延はスタッフに適当に注文をすると、注文された肉が次々と運ばれてきた。愛想よく永延は笑って「ありがとうございます」と言うとやっぱり前回同様肉を焼き始めた。
正直、璃亜夢はこの店に良い思い出はない。
それはあのときの永延の不穏な発言を今も鮮明に覚えているから。
璃亜夢は緊張で唇を少し噛んで永延の様子を窺う。
「そういや、あの子どうしたの?」
永延はトングで肉をひっくり返しながら唐突に問う。『あの子』とは勿論茉莉花のことだろう。
そりゃあ産んだばかりなのに小さな赤ん坊を連れていない方が不思議だろう。大黒に預けたままにしているが、不思議と心配はなかった。寧ろ璃亜夢よりも大黒の方が世話は心得ているはずだから安心できる。
とはいえ、大黒に預けているなんて口が裂けても言えず璃亜夢は「茉莉花は部屋に置いてきました、部屋を汚さないようにちゃんとタオルで巻いて浴槽に……」と少し早口で説明する。
すると永延は驚いて璃亜夢を見る。
その驚きの理由がわからず璃亜夢は内心焦る。だけどその理由をすぐに永延が口にする。
「あの子に名前付けたんだ」
「……え?」
「だって、璃亜夢ちゃんじゃあ育てられないでしょ? すぐに捨てに行くと思ってたよ」
「それは……」
「ねえ名前なんてつけて大丈夫? 愛着湧いたら別れが辛くなるよ?」
そう言いながらも微笑む永延。
それはまるで子供が拾ってきた犬を元の場所へ戻してこいと諭す時の親のような。
彼の発言の歪さを感じる璃亜夢だが、昨日の昼間ではきっとその発言の歪さをおかしいと思わなかっただろう。
永延に、茉莉花の名前を教えたのは拙かっただろうか。
璃亜夢はテーブルの下で、不安から両手を握りこむ。でも永延の言葉を否定することもできず「そうですね」と言うしかできなかった。
永延は焼けた肉を璃亜夢の前にある取り皿に置きながら璃亜夢の表情を探るように笑う。
「まだ肉来るからどんどん食べてね」
「はい、頂きます」
永延に促されて、璃亜夢は取り皿に置かれた肉を食べる。
そういえば今日は天和の出産で慌しくしていたせいで昼食を逃してしまっていた。空腹のはずなのに、口に押し込むように口に入れる肉はぐにぐにとした歯応えで味もよくわからない。
この肉よりも今朝のコンビニのハンバーグ弁当の方が余程美味しいように璃亜夢は思えた。だけどそんなことは口が裂けても言えるはずもなく、璃亜夢はただ黙々と肉を食べていく。
永延はその様子を薄ら笑い浮かべながら見ていた。
頼んだ肉が運ばれると永延はどんどんと網に乗せて焼き始めた。そして焼きあがった肉をどんどん璃亜夢の取り皿に乗せていくのだ。永延も食べているが、圧倒的に璃亜夢に渡している量が多い。
璃亜夢は自分の胃袋の許容量に達しそうになっていたが、それを言うことができず璃亜夢は黙って食べ続ける。
食べ過ぎて正直吐き出したい。トイレに行って吐いてしまおうか。
そんなことを璃亜夢が考え出したとき、不意に永延がトングを片手に口を開く。
「そういえば、隣りの部屋の……大黒くん、だったっけ。彼、元気?」
その一言に、璃亜夢はこの場で胃の中身を吐きそうな衝動に襲われ、思わず両手で口を塞ぐ。璃亜夢は口を押さえたまま恐る恐る永延を見る。
永延は璃亜夢に微笑みを向けたまま「あの人、お人好しっぽい感じだよね。俺も何度か擦れ違った時に挨拶されたことがあるんだ」と語る。
大黒との出来事をまるで旧友との想い出話のように話す永延。
だけど璃亜夢は思わず震え上がる。
何故永延が大黒の話を始めたのか。
そんなのわかりきっている。
永延から出されていた条件の『アパートの他の住人と話をしてはいけない』を璃亜夢が破っていることを既に知っているのだ。
一体、いつ、何処で。
いや、そんなことを考えてもしょうがない。
知られた以上、今、どうすれば良いのか。
それがもっとも重要なのだ。
「ご、ごめんなさい」
璃亜夢は上擦る声で永延に謝罪する。
その悲痛さが滲んだ彼女の声に永延はまるで聞こえていないように、トングで肉をひっくり返す作業を行う。
そしていつからあったのか、網に残っていた黒くなった『肉だったもの』をトングで摘むと、璃亜夢の取り皿に置いた。
黒くなった炭のようなものが置かれて、璃亜夢は取り皿と永延を交互に見る。
永延は「どうぞ、召し上がれ」と璃亜夢に言い放つと、その炭を食べろという風にトングで指した。
夜の街を人混みに隠れるように、頭を低くして璃亜夢は前を歩く男の後ろを歩く。
「前に行ったお店にしようか」
そう言いながら永延は璃亜夢の方を見ずに話す。
璃亜夢に拒否権なんてあるはずもなく黙って彼を追いかける。
やってきたのはいつか来た焼肉店だった。
個室に通され、向かい合って座る永延と璃亜夢。
前回同様に、永延はスタッフに適当に注文をすると、注文された肉が次々と運ばれてきた。愛想よく永延は笑って「ありがとうございます」と言うとやっぱり前回同様肉を焼き始めた。
正直、璃亜夢はこの店に良い思い出はない。
それはあのときの永延の不穏な発言を今も鮮明に覚えているから。
璃亜夢は緊張で唇を少し噛んで永延の様子を窺う。
「そういや、あの子どうしたの?」
永延はトングで肉をひっくり返しながら唐突に問う。『あの子』とは勿論茉莉花のことだろう。
そりゃあ産んだばかりなのに小さな赤ん坊を連れていない方が不思議だろう。大黒に預けたままにしているが、不思議と心配はなかった。寧ろ璃亜夢よりも大黒の方が世話は心得ているはずだから安心できる。
とはいえ、大黒に預けているなんて口が裂けても言えず璃亜夢は「茉莉花は部屋に置いてきました、部屋を汚さないようにちゃんとタオルで巻いて浴槽に……」と少し早口で説明する。
すると永延は驚いて璃亜夢を見る。
その驚きの理由がわからず璃亜夢は内心焦る。だけどその理由をすぐに永延が口にする。
「あの子に名前付けたんだ」
「……え?」
「だって、璃亜夢ちゃんじゃあ育てられないでしょ? すぐに捨てに行くと思ってたよ」
「それは……」
「ねえ名前なんてつけて大丈夫? 愛着湧いたら別れが辛くなるよ?」
そう言いながらも微笑む永延。
それはまるで子供が拾ってきた犬を元の場所へ戻してこいと諭す時の親のような。
彼の発言の歪さを感じる璃亜夢だが、昨日の昼間ではきっとその発言の歪さをおかしいと思わなかっただろう。
永延に、茉莉花の名前を教えたのは拙かっただろうか。
璃亜夢はテーブルの下で、不安から両手を握りこむ。でも永延の言葉を否定することもできず「そうですね」と言うしかできなかった。
永延は焼けた肉を璃亜夢の前にある取り皿に置きながら璃亜夢の表情を探るように笑う。
「まだ肉来るからどんどん食べてね」
「はい、頂きます」
永延に促されて、璃亜夢は取り皿に置かれた肉を食べる。
そういえば今日は天和の出産で慌しくしていたせいで昼食を逃してしまっていた。空腹のはずなのに、口に押し込むように口に入れる肉はぐにぐにとした歯応えで味もよくわからない。
この肉よりも今朝のコンビニのハンバーグ弁当の方が余程美味しいように璃亜夢は思えた。だけどそんなことは口が裂けても言えるはずもなく、璃亜夢はただ黙々と肉を食べていく。
永延はその様子を薄ら笑い浮かべながら見ていた。
頼んだ肉が運ばれると永延はどんどんと網に乗せて焼き始めた。そして焼きあがった肉をどんどん璃亜夢の取り皿に乗せていくのだ。永延も食べているが、圧倒的に璃亜夢に渡している量が多い。
璃亜夢は自分の胃袋の許容量に達しそうになっていたが、それを言うことができず璃亜夢は黙って食べ続ける。
食べ過ぎて正直吐き出したい。トイレに行って吐いてしまおうか。
そんなことを璃亜夢が考え出したとき、不意に永延がトングを片手に口を開く。
「そういえば、隣りの部屋の……大黒くん、だったっけ。彼、元気?」
その一言に、璃亜夢はこの場で胃の中身を吐きそうな衝動に襲われ、思わず両手で口を塞ぐ。璃亜夢は口を押さえたまま恐る恐る永延を見る。
永延は璃亜夢に微笑みを向けたまま「あの人、お人好しっぽい感じだよね。俺も何度か擦れ違った時に挨拶されたことがあるんだ」と語る。
大黒との出来事をまるで旧友との想い出話のように話す永延。
だけど璃亜夢は思わず震え上がる。
何故永延が大黒の話を始めたのか。
そんなのわかりきっている。
永延から出されていた条件の『アパートの他の住人と話をしてはいけない』を璃亜夢が破っていることを既に知っているのだ。
一体、いつ、何処で。
いや、そんなことを考えてもしょうがない。
知られた以上、今、どうすれば良いのか。
それがもっとも重要なのだ。
「ご、ごめんなさい」
璃亜夢は上擦る声で永延に謝罪する。
その悲痛さが滲んだ彼女の声に永延はまるで聞こえていないように、トングで肉をひっくり返す作業を行う。
そしていつからあったのか、網に残っていた黒くなった『肉だったもの』をトングで摘むと、璃亜夢の取り皿に置いた。
黒くなった炭のようなものが置かれて、璃亜夢は取り皿と永延を交互に見る。
永延は「どうぞ、召し上がれ」と璃亜夢に言い放つと、その炭を食べろという風にトングで指した。
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