胎動

神﨑なおはる

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05:前兆が分かれば避けられたのか

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 中華を食べ終えた後、案の定、永延ながのぶ璃亜夢りあむを近くのホテルへ連れ込んだ。
 もういつものことだと璃亜夢も諦めている。
 永延は璃亜夢がシャワーから出てくると、いつもなら彼女がベッドに上がってくるのを待つのに、今日はやや乱暴に彼女の腕を引いてベッドに押し倒した。
 そのとき、璃亜夢が身体に巻いていたバスタオルは床に落ちる。
 永延は璃亜夢の両足に跨るように乗ると、彼女の以前はぺたんこだった腹部が薄ら膨れているのを見て表情を崩す。

「ふふっ、ふふふふ、ふははは」

 突然笑いだす永延。
 璃亜夢はベッドに横たわったまま、自分に馬乗りになって笑う男を訝しむ。
 栄養失調で膨れた腹がそんなにも笑いを誘うのか。不愉快な。
 そんなことを璃亜夢が考えていると、永延はまるで壊れ物を扱うような柔らかい手つきで璃亜夢の腹部を撫でた。
 その手つきが璃亜夢にとって不快感を煽る。

「何がそんなに可笑しいの」
 璃亜夢が問うと、永延は彼女の腹部を撫でながら心底楽しそうに笑う。
 そして璃亜夢が耳を疑うような言葉を投げかけた。

「育ってきたなあって思って、赤ちゃん」
「ぇ」
 永延の口から出た想像もしていなかった言葉に璃亜夢は思考が止まる。
 赤ちゃん。
 赤ん坊。
 妊娠。
 この腹は栄養失調ではなくて―――。
 その結論が出た瞬間、璃亜夢は血の気の引く感覚に襲われる。
 それと同時に目の前の男の反応で、この男がこの腹の原因を作ったのではと考え璃亜夢は永延を睨む。

「まさか、アンタが」
 そう言いながら璃亜夢は思わず永延に掴みかかろうとする。
 しかし永延はあっさりと璃亜夢の両手を掴み、ベッドへ押し付けて滑稽だと言いたげに笑っていた。
「璃亜夢ちゃん、学校で習わなかった? このくらいお腹が出てくるのに大体四、五ヶ月かかるんだよ? 俺じゃあ計算合わないじゃない。俺より前に中に出したヤツに言いなよ」
 いるでしょ、中に出した奴が。
 永延はケタケタと声をあげて笑う。

「私、妊娠なんてしてない……!」
 璃亜夢は恐ろしい事実を飲み込みたくなくて叫ぶように永延に言う。
 すると永延は怪訝そうに璃亜夢を見下ろす。
「じゃあこのお腹は?」
「え、栄養、失調で」
「この間体調悪そうだったじゃん。悪阻でしょ?」
「あれは疲れとか」
「じゃあ生理は?」
「生理……」
「ああ、栄養失調だから生理も止まってるって言いたいのかな」
 永延はまるで璃亜夢を小馬鹿にするように笑う。
 璃亜夢は、永延の放った『生理』という言葉がぐるぐると頭を回る。
 そういえば、最後に『生理』になったのはいつだったか。
 お腹が出てくる前?
 体調が悪くてご飯が食べれなかった頃?
 いや、もっと前。
 じゃあ、やっぱりこれは。
 璃亜夢は思わず自分の腹部を見る。

 此処に今、自分ではない何かが『いる』ということなのか。
 璃亜夢から栄養を吸い上げて、生きようとしている得体の知れないものがあるのか。

 自分の中に、自分ではないものがいる。

 その事実に璃亜夢は恐怖する。
 璃亜夢は首を横に振って叫ぶ。
「いや、いやだ、いやだ!」
 手と足を必死に動かそうとしているが、腕は永延に掴まれたままで足も彼が乗っているせいで動けない。
 永延は楽しい出し物でも見ているかのように笑いながら璃亜夢の顔を覗き込む。

「落ち着いて璃亜夢ちゃん」
「いや、助けて」
「璃亜夢ちゃん」
 永延は顎を掴み無理矢理視線を合わせる。
 璃亜夢の目尻から涙が溢れる。
 彼女にとって、妊娠しているかもしれないという事実は、言葉では言い表せないほどの恐ろしさだった。
 自分の中で、知らない内に、別の生命がいるのだ。
 その生命は、璃亜夢の意思とは関係なく大きくなっていく。
 身体の内側から璃亜夢という存在を作り変えようとしている。
 それはもう、彼女にとって、侵略に他ならない。
 未知の生物が自分を内から食い破ろうとしているかのような恐怖だった。
 助けて欲しい。
 この腹の中にいるものを一刻も早く取り除いて欲しい。
 それが可能なら、目の前にいる不気味な男に縋ってもいい。
 そう思い手を伸ばそうとするが、永延の反応は冷ややかだった。
 冷ややかに笑っていた。
 まるで璃亜夢を嘲るように。

「璃亜夢ちゃん、落ち着いて」
「助けて……」
「大丈夫、璃亜夢ちゃん。璃亜夢ちゃんの言う通り、これは栄養失調の可能性だってあるから。大丈夫大丈夫」
 そう笑いながら、永延は顎を掴む手を離して、璃亜夢の頭を撫でる。
 大丈夫、大丈夫、と何度もあやす様に撫でる。
 璃亜夢はただうわ言のように「助けて」と繰り返す。
 だけど永延はそんな璃亜夢の言葉を無視して、彼女にキスをする。
 そしてそのまま彼女の身体をいつもと変わらない夜のように蹂躙した。

 璃亜夢はずっと、助けを求めた。
 でも彼女を助ける者など居はしなかったのだ。
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