鵺の泪[アキハル妖怪シリーズ①]

神﨑なおはる

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第29話『震天動地④-シンテンドウチ-』

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 西澤顕人にしざわあきと滝田晴臣たきたはるおみが飲み物を飲み終えたが、すぐにベンチから立とうという気分にならなかった。
 でもいつまでも座っているわけにも行かないという気持ちが買ったのか、まずは晴臣が空になった缶を片手に立ち上がる。顕人がジュースを買った自動販売機の横のゴミ箱を見るが、少し前に顕人に被らされたフードをそろそろ邪魔に感じて後ろに下げる。
 丁度その時、「ひっ!」と誰かの息をのむ声が聞こえて、顕人と晴臣はまた運動部に属する学生とゆっくりと顔をそちらに向ける。
 案の定ジャージを着た男子生徒で晴臣を見て顔を引き攣らせていた。顕人にとって知らない顔だ。
 しかし晴臣違った。

「あれ、西尾先輩」

 晴臣は思わず目を丸くして声をかける。
 昨日晴臣に『ペッパーハプニング』のことを話してくれた陸上部の四年生だ。
 晴臣の声に、顕人は晴臣と西尾を交互に見て、昨日晴臣の会話に出た先輩がこの人であると認識する。
 西尾は、晴臣に声をかけられ手を前に突き出す。まるで『待て』という風に。
 その様子に顕人と晴臣は黙って彼を見ながら彼の行動を見守る。
 西尾は数回深呼吸すると、「お前、こんなところで何やってんだ」とか細い声で言い放つ。上擦っているという風にも聞こえる。
 顕人はそんな西尾の行動に少し驚く。
 晴臣を見たときの反応は明らかに先程の運動部員達と同じものだったから、てっきりそのまま逃げていくかと思ったが、意外にも西尾はその場に留まりあまつさえ晴臣に声をかけたのだから。

「昨日の続きです」
 顕人は、西尾を刺激しないようにするためか、その場から動かずにそう告げる。
 すると西尾は呆れた顔になり「まだ続けてたのか」とぼやく。

「すみません、経済学部二年の西澤です。俺たち、荒瀬川さんが所属するバスケ部の設営テント探してるんですけど」
 顕人はそう言いながら、フライヤーの地図を広げて西尾に見せる。
 西尾は訝しむ様子だったが、晴臣に警戒しながらも顕人に近づき地図を覗き込む。そして二人が最初に行った、誰も仮設テントの組立をしていなかったバスケ部の区画を指差して「此処だぞ、確か」と教えてくれる。
 顕人は内心、親切な人だな、と思いながら「ありがとうございます」とお礼を述べる。
 晴臣も一緒に地図を覗き込んでいたが、不可解そうに首を傾げていた。

「運動部系の設営テントって皆正門近くに集まってるのに、どうして荒瀬川さんのとこのバスケ部はこんなに離れてるんですか?」
 晴臣は西尾に尋ねる。
 それは顕人も気になっていた。先程の騒ぎは、二つのバスケ部だけではなく周囲で準備していた生徒も巻き込んでいた。地図を後から確認すると、あの一帯はほぼほぼ運動部系の団体が集められているようだった。
 そりゃああんな騒然ともなるだろう。
 皆、突然現れた『去年の悪夢』に肝を冷やしたはずだ。
 しかし西尾が今しがた教えてくれた荒瀬川が属するバスケ部はどちらかというと、文化部や課外活動を軸として動いている団体が集まる場所に区画を振り分けられていたのだ。

「そりゃあ、締切超えての申し込みだったからだろ? 運動部同士の連絡会で少し聞いたけど、今週になって申し込んできたって。区画は余ってるところでも良いって言ってたらしいからそこになったんじゃないか?」
「でも、さっき見に行ったら準備はまだ始めてなかったんです。誰もいませんでした」
 顕人がそう続けると、西尾は渋い顔で顕人を見る。
「ホント、悪いことは言わないから荒瀬川とは関わらない方がいいぞ。『ペッパーハプニング』のことなんて聞いてみろ。囲まれてボコボコにされるぞ」
 そう青い顔をしてぼやく西尾。
 顕人は曖昧な笑みを浮かべてしまう。彼らの方が通り魔によって既にボコボコの病院送りにされている事実を知っているからだ。もしかしたらそれが原因で、腹いせというか逆上される可能性があるのかしれないのか。きっと彼らは虫の居所が悪いはずだから。
 そんなことを顕人が考えていると、西尾がふと怪訝そうに首を傾げる。

「……今、誰も来てないって言ったか? 変だな」
「変? どうしてですか?」
 西尾の言葉に、晴臣が尋ねる。西尾は晴臣に対して、一度肩を震わせて反応するが、すぐに平静を取り繕い咳払いをする。
「申し込みは遅れてたけど、『オープンキャンパス』の準備は始めてたはずだぞ。二日くらい前に、あのバスケ部の奴が大量のクラッカーを持ってたから、パーティでも始めるのかって聞いたら、荒瀬川に『オープンキャンパス』のために用意するように言われたって言ってたぞ」
「クラッカーってあの、誕生日とかで使う紐ひっぱたら音と紙が出てくるアレですか?」
 顕人が訊くと、西尾は「そうそれ」と頷く。

「大量に?」
「ダンボールいっぱい」
「『オープンキャンパス』に使うんですか?」
「使うって言ってたけど。てっきりテントに来た新入生や学外の人間を歓迎するのに使うんじゃないのか?」
「それって良いんですか? 他の仮設テントに迷惑なんじゃあ」
「そうですよ、一応火薬使うわけだし、運営委員会に許可が要るんじゃないんですか?」
「確かに……?」
 顕人と晴臣に詰め寄られて西尾は首を傾げる。
 イベント運営委員会はどうかは知らないが、今回の『オープンキャンパス』では『サモエド管理中隊』も出張っている以上、規則などは明確に作っているはずだ。
 宮准教授も以前、イベント事に於いて、学内に持ち込めるものに関して明確な基準を作っていると言っていた。刃物や花火の類、薬品など、事細かにどれは良くてどれが駄目かと決められているらしい。
 確かクラッカーに関しては花火と同じ扱いで、明確に用途を伝え許可が出れば大丈夫だったはずだが、『サモエド管理中隊』が仮設テントというあんな人が集まる場所での使用を許可するとは到底思えない。
 そもそも許可を取っていないか、それとも別の用途で使うのか。
 どちらでも有り得そうな話だ。
 顕人が、用途不明なクラッカーのことを考えていると、西尾は困った顔をする。

「そういう確認事項は主将に任せてたからよく知らなかったなあ。そっかあ、じゃああんりちゃんにも伝えておいた方がいいよな。運営委員に怒られたら可哀想だし」
 そう言いながら、西尾は振り返ってすぐ近くの建物を見る。
 その建物は本屋や購買などのいくつか売店が入っている。購買には、食料だけではなく、ノートや文房具などの学生にとっての必需品を多数揃えている。
 よくよく西尾を見てみると、彼の手には購買のビニール袋がある。恐らく『オープンキャンパス』の準備に必要なものを買いに来ていたのだろう。
 しかしながら、顕人と晴臣の二人はそれどころではなかった。
 西尾の口から『あんりちゃん』の名前が出たからだ。その上、西尾の様子から、ついさっき彼女を見かけたような物言いではないか。

「『あんりちゃん』さん、見たんですか?!」
「何処で?!」
 突然目の色を変えて詰め寄ってくる二人に、西尾は気圧される。彼はしどろもどろになりながら「購買にいたけど。俺が店を出るときに入ってきたからまだいるんじゃないか?」と呟く。
 彼の言葉に、顕人と晴臣は顔を見合わせる。

『あんりちゃん』がすぐそばにいる。

 ある意味、彼女は今回の件の重要人物だ。
 晴臣が女性であるかもしれないと感じた通り魔の正体は彼女なのか、そうでないのか。確認しなくては……!

「先輩、すみません、一緒に来てください」
 顕人はそう言いながら、西尾の右腕を掴む。
 西尾は突然の腕を掴まれて困惑しながら顕人を見る。

「えっ、どうして」
 そうぼやく西尾に対して、今度は晴臣が彼の左腕を掴む。
「僕たち『あんりちゃん』さんの顔知らないんです。どの人か教えてください」
 晴臣がそう言って微笑むが、西尾は自分の腕を掴む晴臣に顔を真っ青にして硬直する。抵抗することを忘れているようで丁度良いと顕人は他人事のように思いながら晴臣に目配せをする。
 晴臣が頷くと、二人は西尾をそのまま購買の方へと引っ張っていった。
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ここまで読んでいただきありがとうございます。
一応シリーズ一本目ですので、その内二本目を書き始められればと思っております。
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