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第27話『震天動地②-シンテンドウチ-』
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「ああ、それコバルト総督ね。今日は来てるって話だから」
西澤顕人と滝田晴臣が文学棟の玄関ホールで見た、学生自治会『サモエド管理中隊』と正真正銘のサモエドとの謎の邂逅について学生自治会所属の函南彰子に尋ねたところ彼女はあっけらかんとそう答えた。
そもそも彼女には、例の『あんりちゃん』が来ているか確認しようと思って、中央広場で活動していた『オープンキャンパス』設営本部を訪ねたのだ。
顕人が『あんりちゃん』のことを訊くよりも早く、晴臣は少し前にみた奇妙な光景について息を荒くして函南に語ったのだ。
確かに顕人も気になっていた。
何故『サモエド管理中隊』の生徒達があのサモエドの犬に敬礼していったのか。
その問いに対して彼女は先の言葉をくれたが、二人には何のことかさっぱりわからなかった。
「コバルト?」
「総督? 何ですかそれ」
顕人と晴臣が首を傾げると、函南は「あの犬の名前よ」と教えてくれる。
函南曰く、学生自治会の何代か前の代表、つまり『サモエド管理中隊』なんていう顕人にとっては理解に苦しむ組織名を命名した人物は学内にまだいるらしい。それが教員なのか事務職員なのか、はたまた警備部員なのかは函南も知らないらしいが。その人物が当時飼っていた犬がサモエドで、その飼い犬を『サモエド管理中隊』のマスコットとしての『総督職』を与えたらしい。
「つまりさっき見た犬ですか?」
晴臣が生き生きとした表情で函南に問う。顕人もてっきりそうなのかと思ったが、意外にも函南は「残念違うよ」と答える。
「私も人に聞いた話だけど、コバルト総督は二代目で初代はインディゴという名前のサモエドだったみたい」
「へえ」
「どうでもいいんですが、コバルトとインディゴって……。どうして白いサモエドに青色系の名前なんですか」
「飼い主の趣味じゃない? 私達のツナギの色もその辺からきてるらしいし。多分三代目になったらネイビーとかアクアマリンとかそういう名前になるんじゃない」
「その人、大概なネーミングセンスだな……」
「で、そのときのマスコットの名残で、今も学内でサモエドを見たら中隊のメンバーは総督に敬礼するのが習わしになってるの」
私も総督に会いに行こうかなー。
函南は疲れた顔で笑いながら遠い目をする。
周囲には忙しなく働く学生達を横目に函南は溜息をつく。
函南は設営する生徒達に軍手や電工ドラムなどの貸出を行うのか、今は数個のダンボールに詰められた軍手の数を書き出していた。
彼女は昨日も今日もずっと働き通しで、疲れもかなり溜まっているのだろう。
何か差し入れのようなものを持参するべきだったか。
顕人は申し訳ない気分になりながら、改めて此処に来た目的を思い出す。
「函南先輩、お忙しいところ申し訳ないんですが、午後になって『あんりちゃん』さんて来てるかわかりますか?」
顕人が訊くと、函南は首を傾げる。
「わかんない。私は午後になって此処にいるけど、それっぽい人は見てない。バスケ部の設営場所に行けば? いるかどうかわかるでしょ?」
はい、設営場所の地図。
函南はそう言うと、近くの長机に積まれている、恐らく明後日の参加者に渡す用のフライヤーを二枚取ってそのまま二人に差し出す。
A4サイズの用紙を真ん中でふたつ折りにされている。
表紙にはポップな字体と可愛らしい犬、恐らくサモエドと思われるイラストが描かれている。開くと中には学内の地図になっており、何処でどの部活が仮設テントを展開しているかが描かれている。裏表紙は中央広場で行われる部活のPRのタイムスケジュールが並んでいる。
「タイムスケジュールも書いてるし、それで大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
「暫くはこの辺いるし、何かあったら声かけて。でもって手が空いたら君達も手伝ってよね」
函南はそう言うと、数え終えた軍手の詰まったダンボールを運ぼうとする。晴臣が早速運ぶのを手伝おうとするが、近くにいた紺色のツナギの生徒達で運び出してしまう。
本当によく働くなあ。
二人はそれを見送ると、設営に携わる生徒達の邪魔にならないように中央広場を離れてからタイムスケジュールを見る。
「ハル、これ」
「ん?」
顕人はタイムスケジュールのある箇所を指差す。
荒瀬川が所属するバスケ部は午後の早い時間に名前があった。
宮准教授の推測通り、室江が所属する弓道部の後だ。
あの手のイベントは進行をスムーズにするため、大抵次の団体が舞台袖で待機するはずだから、そのときに何かするつもりなのだろうか。
「アキはどう思う?」
「宮先生の推測が濃くなった感じがして怖い」
「だよね。これからバスケ部のテント行くんでしょ? もう直接訊きに行く? 何するつもりなんですかーって」
晴臣は愉快に笑う。
その言葉に、顕人はその場面を想像する。
不用意な言葉を口にした瞬間、体格の男達に囲まれる自分の姿を想像して顕人は血の気が引いてすぐに首を横に振った。
「直接訊くのは……無理。命が惜しい」
「ええ。手っ取り早いよ?」
「無理。行くならハル一人で行ってくれ」
顕人が肩をすくめてぼやくと、晴臣は「あれ? 行っていいの?」と目を輝かせる。
本当に一人で特攻しそうだ。
……いや、それはそれで、場が乱れて何かしらあるのでは?
そう考えたが、すぐに、晴臣が一人でバスケ部員達を薙ぎ倒す場面を想像してしまい、それはそれでマズイのではと思い留まる。
「ハル、冗談だ。此処は穏便に行こう。当初の目的通り『あんりちゃん』さんを探す」
「直接行くほうが手っ取り早いのに?」
「暴力沙汰はマズイ。人目もあるし、荒瀬川さんが何か企んでいるなら、それは自治会や警備部に任せるべきことだ」
「でもさ」
「ハルは去年の一件で学内での素行に目を光らされてるんだ。前は宮先生の根回しで停学は回避できたけど、今度運動部と揉め事になったら停学は避けられないかもしれないだろ」
顕人がここまで言うと、流石の晴臣も肩をすくめて「わかった」と諦める。
「じゃあアキが一人で行く分には問題ないってことだね」
そう握り拳を作って晴臣は力強く笑う。
全然わかってない。
顕人は「穏便にって言ってるだろ」と苦々しく言いながら晴臣の肩を思い切り殴った。
西澤顕人と滝田晴臣が文学棟の玄関ホールで見た、学生自治会『サモエド管理中隊』と正真正銘のサモエドとの謎の邂逅について学生自治会所属の函南彰子に尋ねたところ彼女はあっけらかんとそう答えた。
そもそも彼女には、例の『あんりちゃん』が来ているか確認しようと思って、中央広場で活動していた『オープンキャンパス』設営本部を訪ねたのだ。
顕人が『あんりちゃん』のことを訊くよりも早く、晴臣は少し前にみた奇妙な光景について息を荒くして函南に語ったのだ。
確かに顕人も気になっていた。
何故『サモエド管理中隊』の生徒達があのサモエドの犬に敬礼していったのか。
その問いに対して彼女は先の言葉をくれたが、二人には何のことかさっぱりわからなかった。
「コバルト?」
「総督? 何ですかそれ」
顕人と晴臣が首を傾げると、函南は「あの犬の名前よ」と教えてくれる。
函南曰く、学生自治会の何代か前の代表、つまり『サモエド管理中隊』なんていう顕人にとっては理解に苦しむ組織名を命名した人物は学内にまだいるらしい。それが教員なのか事務職員なのか、はたまた警備部員なのかは函南も知らないらしいが。その人物が当時飼っていた犬がサモエドで、その飼い犬を『サモエド管理中隊』のマスコットとしての『総督職』を与えたらしい。
「つまりさっき見た犬ですか?」
晴臣が生き生きとした表情で函南に問う。顕人もてっきりそうなのかと思ったが、意外にも函南は「残念違うよ」と答える。
「私も人に聞いた話だけど、コバルト総督は二代目で初代はインディゴという名前のサモエドだったみたい」
「へえ」
「どうでもいいんですが、コバルトとインディゴって……。どうして白いサモエドに青色系の名前なんですか」
「飼い主の趣味じゃない? 私達のツナギの色もその辺からきてるらしいし。多分三代目になったらネイビーとかアクアマリンとかそういう名前になるんじゃない」
「その人、大概なネーミングセンスだな……」
「で、そのときのマスコットの名残で、今も学内でサモエドを見たら中隊のメンバーは総督に敬礼するのが習わしになってるの」
私も総督に会いに行こうかなー。
函南は疲れた顔で笑いながら遠い目をする。
周囲には忙しなく働く学生達を横目に函南は溜息をつく。
函南は設営する生徒達に軍手や電工ドラムなどの貸出を行うのか、今は数個のダンボールに詰められた軍手の数を書き出していた。
彼女は昨日も今日もずっと働き通しで、疲れもかなり溜まっているのだろう。
何か差し入れのようなものを持参するべきだったか。
顕人は申し訳ない気分になりながら、改めて此処に来た目的を思い出す。
「函南先輩、お忙しいところ申し訳ないんですが、午後になって『あんりちゃん』さんて来てるかわかりますか?」
顕人が訊くと、函南は首を傾げる。
「わかんない。私は午後になって此処にいるけど、それっぽい人は見てない。バスケ部の設営場所に行けば? いるかどうかわかるでしょ?」
はい、設営場所の地図。
函南はそう言うと、近くの長机に積まれている、恐らく明後日の参加者に渡す用のフライヤーを二枚取ってそのまま二人に差し出す。
A4サイズの用紙を真ん中でふたつ折りにされている。
表紙にはポップな字体と可愛らしい犬、恐らくサモエドと思われるイラストが描かれている。開くと中には学内の地図になっており、何処でどの部活が仮設テントを展開しているかが描かれている。裏表紙は中央広場で行われる部活のPRのタイムスケジュールが並んでいる。
「タイムスケジュールも書いてるし、それで大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
「暫くはこの辺いるし、何かあったら声かけて。でもって手が空いたら君達も手伝ってよね」
函南はそう言うと、数え終えた軍手の詰まったダンボールを運ぼうとする。晴臣が早速運ぶのを手伝おうとするが、近くにいた紺色のツナギの生徒達で運び出してしまう。
本当によく働くなあ。
二人はそれを見送ると、設営に携わる生徒達の邪魔にならないように中央広場を離れてからタイムスケジュールを見る。
「ハル、これ」
「ん?」
顕人はタイムスケジュールのある箇所を指差す。
荒瀬川が所属するバスケ部は午後の早い時間に名前があった。
宮准教授の推測通り、室江が所属する弓道部の後だ。
あの手のイベントは進行をスムーズにするため、大抵次の団体が舞台袖で待機するはずだから、そのときに何かするつもりなのだろうか。
「アキはどう思う?」
「宮先生の推測が濃くなった感じがして怖い」
「だよね。これからバスケ部のテント行くんでしょ? もう直接訊きに行く? 何するつもりなんですかーって」
晴臣は愉快に笑う。
その言葉に、顕人はその場面を想像する。
不用意な言葉を口にした瞬間、体格の男達に囲まれる自分の姿を想像して顕人は血の気が引いてすぐに首を横に振った。
「直接訊くのは……無理。命が惜しい」
「ええ。手っ取り早いよ?」
「無理。行くならハル一人で行ってくれ」
顕人が肩をすくめてぼやくと、晴臣は「あれ? 行っていいの?」と目を輝かせる。
本当に一人で特攻しそうだ。
……いや、それはそれで、場が乱れて何かしらあるのでは?
そう考えたが、すぐに、晴臣が一人でバスケ部員達を薙ぎ倒す場面を想像してしまい、それはそれでマズイのではと思い留まる。
「ハル、冗談だ。此処は穏便に行こう。当初の目的通り『あんりちゃん』さんを探す」
「直接行くほうが手っ取り早いのに?」
「暴力沙汰はマズイ。人目もあるし、荒瀬川さんが何か企んでいるなら、それは自治会や警備部に任せるべきことだ」
「でもさ」
「ハルは去年の一件で学内での素行に目を光らされてるんだ。前は宮先生の根回しで停学は回避できたけど、今度運動部と揉め事になったら停学は避けられないかもしれないだろ」
顕人がここまで言うと、流石の晴臣も肩をすくめて「わかった」と諦める。
「じゃあアキが一人で行く分には問題ないってことだね」
そう握り拳を作って晴臣は力強く笑う。
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