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第12話『権謀術数②-ケンボウジュッスイ-』

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 授業終了のチャイムが鳴ると、函南が話していた通り、例の女子生徒をすぐに席を立ち教室を出ていこうとする。
 西澤顕人にしざわあきともそれを追いかけるため、素早く席を立ち追いかける。
 彼女が教室を出るのを見て、顕人はやっぱりと納得する。
 授業が終わると、生徒たちは出席カードを教卓の方へ持っていくのだが、彼女は教卓へは行かず扉へ向かった。
 彼女はこの授業の出席カードを出していない。
 それは、つまり、本来この授業を受ける生徒ではない可能性が出てきた。

 彼女は教室を出ると、まるで目的地が決まっているかのように足早に廊下を進む。
 廊下は、他の教室でも授業は終わった後で、次々に生徒が教室から出て来る。
 幸い追いかけている女子生徒は、黒い服に黒い髪と他の生徒よりも目に留まり易い格好だったため、迷わず追いかけられた。
 彼女は廊下の端にある女子トイレに入っていく。
 だけど男の顕人が女子トイレの中にまで入れるはずもない。
 顕人は足を止めて、女子トイレの入口から少し離れた場所で立ち止まる。

 ……追いかけているのに気が付かれたか。

 彼女の視界に入らないように気をつけていたつもりだったが。
 とはいえ、トイレは袋小路。必ず出てくるから、それを待つだけだ。
 顕人は視界に女子トイレの入口を捉えつつ、カバンからスマートフォンを取り出す。画面にはメッセージ通知があり、相手は室江だった。
 先程のメッセージの返事だろうと思い、返事を開くがその最中も女子トイレの入口を視界に入れている。
 流石に休み時間ということもあり、何人もの生徒が出入りする。
 だけど例の女子生徒は出てこない。
 そもそも女子がトイレに使う時間がわからない。既に彼女が女子トイレに消えて三分ほど経つが黒い服が視界を掠めることはない。
 取り敢えず室江のメッセージを確認すると、教室棟の入口近くにあるベンチで待ってる、というものだった。
 教室棟で待ってくれているなら、いっそのこと、あの女子生徒を連れて行って面通ししてもらうのも有りか。何て言って連れて行こうか。というか早く出てこないだろうか。
 顕人は肩をすくめながら彼女が出てくるのをただ待つ。
 トイレから少し離れいるとはいえ、こんなところで出待ちしているのは少し気不味いものがある。
 そんなことを考えていると、休憩時間終了のチャイムが鳴る。
 四限目の始まりだ。
 廊下にいた生徒たちは、授業がある者は足早に教室へ向かうが、そうでない者はゆっくりと次の目的地へ歩く。
 先程まで人で賑わっていた廊下から急に人の姿が無くなっていく。
 だけど彼女はまだ出てこない。

 何か変じゃないか。

 顕人は徐々に不安を感じる。
 けど、女子はトイレの滞在時間が長いと聞く。
 用を足してすぐに出てくる男子と違い、彼女たちはトイレで化粧を整えたりするという話だ。
 正直、化粧しているかどうか、あの眼鏡と顔に掛かる前髪でわからないがよくよく確認するときっちりと化粧をしている可能性もある。
 そんなことを考えていると、女子トイレから誰かが出てくる。
 やっと出てきたかと安堵したのも束の間で、出来てたのは例の女子生徒ではなく、明るい茶髪と短いスカートの派手目な女子生徒で顕人は肩を落とす。
 それから待てども例の女子生徒が出てくる気配はない。

 もしかして、具合が悪くて動けないとか。
 それともやっぱり追いかけられていることに気付いて余熱ほとぼりが冷めるまで篭城する気か。
 後者なら、待たせている室江には悪いが、とことん粘ってやる。
 だけど前者だったら保健室に連れて行く方が良いのではないか。
 顕人は徐々に焦りだす。
 これが何でもないただの部屋ならすぐに確認するため踏み込むが、何せ、場所が場所。男子が立ち入ることを許さない『女子トイレ』だ。
 一体どうするべきか。

 顕人が困惑していると、そこに学内清掃着を来た中年の女性が掃除道具が入ったカートを押してやってくる。恐らく女子トイレの清掃にやってきたのだろう。
 良いタイミング!
 顕人は慌てて清掃員の女性に駆け寄る。

「あの、すみません」
「はいはい、何ですか?」
 清掃員の女性はカートから清掃中と書かれた看板を出しながら顕人を見る。
「友達がトイレにいるんですけど、全然出てこなくて……。もしかしたら具合悪くしてるんじゃないかって思ったんですけど見てきて貰えませんか?」
 顕人がそんな嘘を並べ立てると、清掃員の女性は「あら、大変」と深刻な顔でトイレに入っていく。
 それを見送って顕人は小さく息をつく。
 さて、彼女が出てきたときに何て言おうか。
 例の女子生徒に「こんな人知りません」なんて言われた後、清掃員の女性に怪しまれない言葉を考えなくては……。

 だけど、それは必要なかった。

 清掃員の女性は顕人のところまで戻ってくると、不思議そうに首を傾げる。
「友達? 今、誰もいないわよ?」
 そう不思議そうに言うので、顕人は思わず「は?」と声をあげた。
 いやいや、そんな馬鹿な。
 此処にずっと居たが彼女は出てこなかった。それは間違いない。黒髪眼鏡に黒い服。あんな目立つ格好の奴が視界に入れば絶対気が付く。
 顕人は驚きのあまり女子トイレに駆け込む。
 後ろから清掃員の女性の「ちょっと!」と非難地味た声が聞こえてきたが、顕人はお構いなしに女子トイレに入る。

 女子トイレには個室が五つあったが、どの扉も空いている。
 洗面台近くにも当然誰もいない。
 まさか窓から出たのかと思うが、大きな窓は嵌め殺しになっていて、その上に換気用の横滑りだし窓がついているが顕人でも届かない高さだし、人が出られる程開閉していない。
 じゃあ彼女は何処へ?
 そんなことを考えても考えは浮かばない。
 ただ一つ事実して、この女子トイレにあの女子生徒はいない、ということだ。
 顕人が呆気に取らていると、追いかけてきた清掃員の女性は顕人の腕を掴み「男の子は入っちゃ駄目!」と言いながら女子トイレの外へと引っ張り出す。

「友達が心配なのはわかるけど、此処にはいないの。先に行ったんじゃないの? 連絡取ったら?」
 清掃員の女性はそう言うと、女子トイレの入口に清掃中の看板を立てて中へ行ってしまう。
 残された顕人はただ混乱した。
 何が起こったのか。
 何故彼女は消えてしまったのか。まるで煙のように。
 影も形もなくなった。
 まるで狐狸にでも化かされたような気分だ。
 顕人は納得の行かない気分で頭を掻き毟った。
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