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佐渡倉水葉
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看護師は意識朦朧としながらも懸命に廊下を走っていた。そこは空蒼病院三階の廊下だった。看護師は恐怖に歪んだ表情で天井を見上げる。天井からは雨が降っていた。それもただの雨ではなかった。雨は看護師の体を貫き、血液が流れ出ていた。
看護師は廊下を駆けながら背後を振り返る。血まみれの赤ちゃんが廊下を走っていた。その赤ちゃんは数分前に分娩室で母親や助産師たちを殺害した。看護師はドアの近くにいたために、すぐにその場から逃げることができた。
赤ちゃんに恐怖を抱いたのは初めてだった。今までは赤ちゃんは可愛い存在だと信じていた。しかし、自分を追っている赤ちゃんは可愛さとはかけ離れていた。何の躊躇いもなく人間を殺した。恐怖の対象でしかなかった。
看護師は階段までたどり着くと、すぐさま駆け下りようとした。だが、とどめとばかりに雨が蠢き、銃弾の如き速度で看護師の体を貫いた。壁や階段に血液が飛び散り、看護師は息絶えた。
☆☆
黒髪でショートカットの女性――佐渡倉水葉は妹のお見舞いに来ていた。妹は『幼児保持者』に襲われた。一命は取り留めたものの、精神に異常をきたしてしまった。よほど恐ろしかったのだろう。何より助けてくれた紫崎翼が亡くなってしまったのだ。それが精神に異常をきたした一番の原因と思われる。看護師として従事していた妹にとって命の恩人が死ぬことは何よりも辛いことだったのだろう。いくら人の生き死に慣れているとはいえ、異常な状況に置かれてしまったのだから、致し方のないことだ。
佐渡倉は病室を見回した。ベッドの左横にはテレビ台が置いてある。その上にはブラウン管テレビと地デジチューナーがあった。テレビ画面には砂嵐が映っている。妹はじっとテレビ画面を見つめ、時折吹き出していた。テレビと地デジチューナーは接続されていない。妹が取り外したのだ。
砂嵐が流れているだけのテレビを見つめる妹の様子に佐渡倉は胸を痛めた。空蒼病院に入院していることも、精神に異常をきたした原因の一つかもしれない。妹は空蒼病院で襲われたのだから。しかし、この町には空蒼病院しかなく、ここに入院させるしかなかった。
妹を見つめていると、レーダーが反応した。携帯端末型のレーダーを確認すると、すぐ下の三階に出現したようだった。
佐渡倉はレーダーを仕舞うと、三階に向かおうとしたが、手を掴まれてしまった。後ろを振り返ると、妹はテレビ画面を見つめたまま、佐渡倉の腕をしっかりと掴んでいた。妹の腕を剥がそうとすればするほど、指が食い込んでいく。仕方なく、もう片方の手で妹の腕を強く握り込んだ。すると妹は痛がり、ようやく腕を離した。その隙に病室を出ると、廊下を駆けだした。
☆☆
佐渡倉は壁を殴りながら、階段を駆け下り、三階にたどり着いた。
壁や床には血液が付着し、二階に通じる階段の中ほどで看護師が倒れていた。廊下の中心には血まみれの赤ちゃんがいた。
佐渡倉は階段を降りる際、壁を殴って生じた痛みを液状化させた。佐渡倉の能力は『痛みを塗る』。痛みを液状化させる能力だ。液体を相手に塗ることで、痛みに応じたダメージを与えることができる。
佐渡倉は一気に距離を詰めると、赤ちゃんの体に液体を塗りつけた。塗り終わると同時に後方へ飛んだ。すぐに赤ちゃんは苦痛の表情を浮かべた。だが、この程度のダメージでは倒すことはできない。赤ちゃんを倒すには能力にもよるが、相手の攻撃を受ける必要がある。
佐渡倉は攻撃してくるのを待った。すると赤ちゃんの頭上から雨が降ってきた。雨は赤ちゃんの体に付着した液体を洗い流した。さらに雨は方向を変え、凄まじい勢いで向かってくる。全身を雨が貫き、まるで銃弾を喰らったかのような激痛が体中を走り抜けた。すぐに液状化させ、たちまち痛みが消え失せた。
佐渡倉は液体を持ったまま、近くの病室に駆け込んだ。無人のベッドからシーツを外し、赤ちゃんが来るのを待った。赤ちゃんはゆっくりと病室に入ってきた。
シーツを赤ちゃんの真上に放り投げる。それと同時に液体も投げた。液体は赤ちゃんのお腹に直撃し、全身に広がった。その直後、シーツは赤ちゃんを包み込み、耳を劈くような悲鳴が聞こえた。思った通り、すぐに天井から雨が降ってきた。しかし、シーツが防壁の役割を果たし、雨を防いだ。
先ほど液体を洗い流したところを見ると、この赤ちゃんは攻撃用と通常の雨を使い分けられると思われる。通常の雨ではシーツを貫通できない。シーツを貫くには攻撃用の雨を使う必要があるだろう。そうしないのは己の体を貫く恐れがあるからだ。それ故に赤ちゃんは液体を洗い流せない。
このまま力尽きるのを待とうとした時、雨が攻撃用に切り替わり、佐渡倉の頭を貫いた。佐渡倉は床に倒れ込み、瞬く間に血の海ができた。その直後に赤ちゃんは激痛に耐えれらず、息絶えた。
☆☆
佐渡倉は目が覚め、体を起こした。辺りを見渡すと、そこは病室だった。体には包帯が巻かれている。頭にも巻かれているようだった。なぜ、自分が病室のベッドで寝ているのかが分からなかった。
「佐渡倉さん、目が覚めたんですね。良かった」
「佐渡倉? 私のことですか? なぜ私はここにいるんですか?」
「やっぱり覚えていないんですね? 脳が酷く損傷していたのでもしかしたらと思っていましたが、記憶喪失のようですね。これから少しずつ思い出していきましょう。私たちも協力いたしますので」
「はあ、よろしくお願いします」
佐渡倉がそう言うと、医者は頭を下げ、病室を出た。いったい何が起きたのかと言い知れぬ不安に駆られていると、隣から笑い声が聞こえた。
隣を見ると、若い女性がベッドに寝ていた。その女性は砂嵐が流れているだけのテレビをじっと見つめていた。
看護師は廊下を駆けながら背後を振り返る。血まみれの赤ちゃんが廊下を走っていた。その赤ちゃんは数分前に分娩室で母親や助産師たちを殺害した。看護師はドアの近くにいたために、すぐにその場から逃げることができた。
赤ちゃんに恐怖を抱いたのは初めてだった。今までは赤ちゃんは可愛い存在だと信じていた。しかし、自分を追っている赤ちゃんは可愛さとはかけ離れていた。何の躊躇いもなく人間を殺した。恐怖の対象でしかなかった。
看護師は階段までたどり着くと、すぐさま駆け下りようとした。だが、とどめとばかりに雨が蠢き、銃弾の如き速度で看護師の体を貫いた。壁や階段に血液が飛び散り、看護師は息絶えた。
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黒髪でショートカットの女性――佐渡倉水葉は妹のお見舞いに来ていた。妹は『幼児保持者』に襲われた。一命は取り留めたものの、精神に異常をきたしてしまった。よほど恐ろしかったのだろう。何より助けてくれた紫崎翼が亡くなってしまったのだ。それが精神に異常をきたした一番の原因と思われる。看護師として従事していた妹にとって命の恩人が死ぬことは何よりも辛いことだったのだろう。いくら人の生き死に慣れているとはいえ、異常な状況に置かれてしまったのだから、致し方のないことだ。
佐渡倉は病室を見回した。ベッドの左横にはテレビ台が置いてある。その上にはブラウン管テレビと地デジチューナーがあった。テレビ画面には砂嵐が映っている。妹はじっとテレビ画面を見つめ、時折吹き出していた。テレビと地デジチューナーは接続されていない。妹が取り外したのだ。
砂嵐が流れているだけのテレビを見つめる妹の様子に佐渡倉は胸を痛めた。空蒼病院に入院していることも、精神に異常をきたした原因の一つかもしれない。妹は空蒼病院で襲われたのだから。しかし、この町には空蒼病院しかなく、ここに入院させるしかなかった。
妹を見つめていると、レーダーが反応した。携帯端末型のレーダーを確認すると、すぐ下の三階に出現したようだった。
佐渡倉はレーダーを仕舞うと、三階に向かおうとしたが、手を掴まれてしまった。後ろを振り返ると、妹はテレビ画面を見つめたまま、佐渡倉の腕をしっかりと掴んでいた。妹の腕を剥がそうとすればするほど、指が食い込んでいく。仕方なく、もう片方の手で妹の腕を強く握り込んだ。すると妹は痛がり、ようやく腕を離した。その隙に病室を出ると、廊下を駆けだした。
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佐渡倉は壁を殴りながら、階段を駆け下り、三階にたどり着いた。
壁や床には血液が付着し、二階に通じる階段の中ほどで看護師が倒れていた。廊下の中心には血まみれの赤ちゃんがいた。
佐渡倉は階段を降りる際、壁を殴って生じた痛みを液状化させた。佐渡倉の能力は『痛みを塗る』。痛みを液状化させる能力だ。液体を相手に塗ることで、痛みに応じたダメージを与えることができる。
佐渡倉は一気に距離を詰めると、赤ちゃんの体に液体を塗りつけた。塗り終わると同時に後方へ飛んだ。すぐに赤ちゃんは苦痛の表情を浮かべた。だが、この程度のダメージでは倒すことはできない。赤ちゃんを倒すには能力にもよるが、相手の攻撃を受ける必要がある。
佐渡倉は攻撃してくるのを待った。すると赤ちゃんの頭上から雨が降ってきた。雨は赤ちゃんの体に付着した液体を洗い流した。さらに雨は方向を変え、凄まじい勢いで向かってくる。全身を雨が貫き、まるで銃弾を喰らったかのような激痛が体中を走り抜けた。すぐに液状化させ、たちまち痛みが消え失せた。
佐渡倉は液体を持ったまま、近くの病室に駆け込んだ。無人のベッドからシーツを外し、赤ちゃんが来るのを待った。赤ちゃんはゆっくりと病室に入ってきた。
シーツを赤ちゃんの真上に放り投げる。それと同時に液体も投げた。液体は赤ちゃんのお腹に直撃し、全身に広がった。その直後、シーツは赤ちゃんを包み込み、耳を劈くような悲鳴が聞こえた。思った通り、すぐに天井から雨が降ってきた。しかし、シーツが防壁の役割を果たし、雨を防いだ。
先ほど液体を洗い流したところを見ると、この赤ちゃんは攻撃用と通常の雨を使い分けられると思われる。通常の雨ではシーツを貫通できない。シーツを貫くには攻撃用の雨を使う必要があるだろう。そうしないのは己の体を貫く恐れがあるからだ。それ故に赤ちゃんは液体を洗い流せない。
このまま力尽きるのを待とうとした時、雨が攻撃用に切り替わり、佐渡倉の頭を貫いた。佐渡倉は床に倒れ込み、瞬く間に血の海ができた。その直後に赤ちゃんは激痛に耐えれらず、息絶えた。
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佐渡倉は目が覚め、体を起こした。辺りを見渡すと、そこは病室だった。体には包帯が巻かれている。頭にも巻かれているようだった。なぜ、自分が病室のベッドで寝ているのかが分からなかった。
「佐渡倉さん、目が覚めたんですね。良かった」
「佐渡倉? 私のことですか? なぜ私はここにいるんですか?」
「やっぱり覚えていないんですね? 脳が酷く損傷していたのでもしかしたらと思っていましたが、記憶喪失のようですね。これから少しずつ思い出していきましょう。私たちも協力いたしますので」
「はあ、よろしくお願いします」
佐渡倉がそう言うと、医者は頭を下げ、病室を出た。いったい何が起きたのかと言い知れぬ不安に駆られていると、隣から笑い声が聞こえた。
隣を見ると、若い女性がベッドに寝ていた。その女性は砂嵐が流れているだけのテレビをじっと見つめていた。
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