黒き死神が笑う日

神通百力

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この中にハイジャック犯はいますか?

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 私は飛行機が離陸してからずっと部下に合図を送るタイミングを伺っていた。私はハイジャック犯のリーダーだった。厳密にはまだ行っていないから、ハイジャック犯をしようとしている乗客になるだろうか。
 この飛行機を所有する航空会社は私を採用してくれなかった。何度も採用試験を受けたが、結果は不合格だった。飛行機を愛しているのに、採用してくれない航空会社をいつしか恨むようになっていた。
 恨みが募って今回のハイジャックを計画したのだ。といってもちょっと脅す程度だ。何も飛行機を乗っ取ってどこかに墜落させようとかは思っていない。
 少しばかり脅した後は生まれ持った可愛さで許してもらうつもりだ。何でも言う事を聞きますからと猫撫で声で甘えれば男はイチコロだろう。まあ、許してもらえないだろうけど。
 周りに集中してタイミングを伺っていると、CAが機長室のドアの前に立ち、乗客を見回した。
「この中にハイジャック犯はいますか?」
 CAが笑顔で発した言葉に私は耳を疑った。ハイジャック犯だって? このCAはいったい何を言っているのだろうか? 他の乗客たちも困惑したように、笑顔のままのCAを見つめている。
 CAが何を考えているのかは分からなかったが、私は手を挙げることにした。CAがハイジャック犯と口にした以上、もうタイミングを計る意味はないと判断したからだった。この後に『ハイジャック犯だ。手を挙げろ』と叫んでも、驚きは薄れるだろう。CAのせいで乗客の脳内にハイジャック犯という言葉が強く残ってしまっただろうから。
 そう思いながら、私はゆっくりと手を挙げて固まった。驚くべきことに私を含めて半数くらいの乗客が手を挙げていた。私たち以外にこんなにもハイジャック犯が乗っているとは思わなかった。後ろの方からもうおしまいだやらまだ死にたくないやらといった声が聞こえてきた。
「こんなにハイジャック犯がいるんですね! 何かワクワクしてきちゃった。ハイジャックに憧れてたんですよね。この日を夢見てCAになったんですよ。願いが叶って良かった」
 どうやらCAは興奮しているようだった。ハイジャックされる日を夢見てCAになるなんてどうかしているんじゃないのか? 
 私はドン引きして冷めた視線を向けた。そんな視線を意に介すことなく、CAは目を輝かせて嬉しそうに踊り出した。
 CAを無視してどうするべきかを考えることにした。ハイジャック犯が半数くらいということを考えると、ちょっと脅す程度とはいえ、目的を達成するのは難しいだろう。とするならば、何もせずに飛行機が着陸するのを待つべきかもしれない。他のハイジャック犯も同じことを考えているのか、席を立とうとはしなかった。
 すると呑気に踊っていたCAは不機嫌な表情になった。
「ハイジャック犯の皆さん、何をしているんですか! 銃で乗客を脅すなりコクピットを乗っ取るなりしてくださいよ!」
 CAは喚き出したが、私を含めて誰も行動を起こさなかった。CAが文句を言うのを聞き流していると、飛行機は無事に目的地にたどり着いた。ハイジャック犯以外の乗客は無事に到着したことを喜んでいた。
 まだ喚き散らしているCAを見ていると、採用されなくて良かったと思えてきた。こんな奴を採用する航空会社がまともだとは思えない。不合格にしてくれた航空会社に心から感謝した。

 その後、乗客の半数がハイジャックを目論んでいたことが問題になり、セキュリティが甘いと批判され、航空会社はすぐに倒産した。
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