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女性客
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俺は陳列棚に商品を並べながら、チラリとレジに視線を向けた。レジではショートカットの女性が笑顔で接客していた。その女性はこのコンビニを経営しているオーナー兼店長であり、俺の叔母でもある。叔母に頼み込んでバイトとして雇ってもらったのだ。
叔母のおかげで生活できていることに内心で感謝しつつ、視線を陳列棚に戻して商品を並べる。
すると入り口の扉が開く音が聞こえ、いらっしゃいませと言おうとして俺は固まった。コンビニに入ってきた女性客はなぜか左手にご飯が山盛りの茶碗を持っていた。右手には箸を持っている。叔母も呆然とした表情で女性客を見ていた。
女性客は周囲の視線を意に介することなく、おでんのコーナーの前に立った。
「いただきます!」
女性客はいきなりそう言うと、おでんをじっと見ながらご飯を食べ始めた。女性客の行動に驚きながらも、俺はゆっくりと近づいていった。肩に手をかけようとしたら、女性客はおでんの蓋を開けて匂いを嗅ぎ始めた。
「この匂いだけで二杯は軽くいけるな」
女性客は少しだけ涎を垂らしつつ、おでんの匂いをおかずにご飯を口に放り込んでいた。
「ちょっと、あんた何をしてるんだ!」
「あっ、おかまいなく」
女性客は俺をチラリと一瞥しただけですぐに視線をおでんに戻し、食事を再開する。どうやら食事を止める気はないようだった。女性客のせいでおでんは売り物にならなくなってしまった。蓋を開けたことで店内に舞う埃がおでんの中に入っただろうし、女性客の汚い涎も混ざっているはずだ。
「おかまいなくじゃなくて、店内でご飯を食べられたら迷惑だ。それにあんたのせいでおでんがダメになった。営業妨害だ」
「でも、あの女性もご飯を食べているけど」
「は? あの女性?」
俺は女性客が指を差した方に視線を向けて愕然とした。叔母がいつの間にかご飯を盛った茶碗を手にし、女性客がしたのと同じように、おでんの匂いを嗅ぎながら食事していた。そのご飯はどこから持ってきたのだろうか? バックヤードに炊飯器でも置いていたのか?
「お、叔母さん!」
「うん? あっ、これはね。まだ昼ご飯食べてなかったから。それに目には目を歯には歯を、食事には食事をだよ」
「いや、そういう問題じゃないと思う」
俺は叔母さんの行動に呆れてため息をついた。周囲の客も呆れたような表情を浮かべていた。叔母さんは客の前だというのに、平然とご飯を口に放り込み、挙句の果てにはおでんまで食べていた。
「売り物のおでんまで食べるなんて、あんたそれでも店長ですか!」
「私は店長である前に一人の人間なの! だから空腹には抗えない。そう生存本能にはね」
叔母さんはフッと息をつき、良いこと言った感を醸し出してきた。完全にドヤ顔だった。
「良いこと言うじゃん! さすがは店長さんだ。よっ、おでん一品!」
女性客は座布団一枚みたいな感じで言った。どの辺が良いのか、四百字詰めの原稿用紙一枚分で問い質したい。面倒くさいから問い質しはしないけど。
「えー、そんなに良いこと言ったかな? せっかくだからおでん食べる?」
叔母さんは良いこと言った感を醸し出してたくせに、白々しく照れた表情を浮かべた。しかも売り物のおでんを勧めやがった。
「え? 食べていいの? それじゃ、遠慮なく……いただきます!」
女性客は箸をおでんの中に突っ込むと、大根を掴んで食べた。続けて煮卵やちくわぶまで口に放り込んでいく。いくら売り物にならなくなったとはいえ、少しは遠慮しろよと思う。
「大根に煮卵にちくわぶ……会計は六百円になります」
「え? 金取るの? 急に冷たくない?」
女性客は叔母さんの思わぬ言葉に唖然とした表情で呟いた。俺だけじゃなく、店内にいた客も金取るんだって表情を浮かべていた。
「あれ? でも一個百円だよな。会計は三百円だろ?」
「いえ、私が食べた分も会計に含まれておりますので」
「それは自分で払えよ!」
女性客はギロリと睨み付けていたが、叔母さんは意に介することなく、金を催促した。
「仕方ねえな。おい、あんたが私の代わりに払ってくれ」
「は? 何で俺が?」
「財布を持って来てないから。それにお客様は神様だろ?」
女性客は意地悪そうな笑みを浮かべた。その笑顔はどう見ても神様ではなく、悪魔だった。
「俺が払う必要はない。なあ、叔母さん?」
「いや、払って」
「え? 嘘だろ、叔母さん?」
「財布を持ってないようだし、そうするしかないでしょ。そういうわけだから早く払って。その分、多めにアルバイト代を渡すから」
俺は仕方なく、バックヤードに財布を取りに行き、六百円を支払った。
「ただでおでんを食べれたのはラッキーだった」
女性客は満足そうに帰っていった。
後日、この出来事がニュースに取り上げられ、女性客と叔母さんはネット上で批判を浴びた。
叔母のおかげで生活できていることに内心で感謝しつつ、視線を陳列棚に戻して商品を並べる。
すると入り口の扉が開く音が聞こえ、いらっしゃいませと言おうとして俺は固まった。コンビニに入ってきた女性客はなぜか左手にご飯が山盛りの茶碗を持っていた。右手には箸を持っている。叔母も呆然とした表情で女性客を見ていた。
女性客は周囲の視線を意に介することなく、おでんのコーナーの前に立った。
「いただきます!」
女性客はいきなりそう言うと、おでんをじっと見ながらご飯を食べ始めた。女性客の行動に驚きながらも、俺はゆっくりと近づいていった。肩に手をかけようとしたら、女性客はおでんの蓋を開けて匂いを嗅ぎ始めた。
「この匂いだけで二杯は軽くいけるな」
女性客は少しだけ涎を垂らしつつ、おでんの匂いをおかずにご飯を口に放り込んでいた。
「ちょっと、あんた何をしてるんだ!」
「あっ、おかまいなく」
女性客は俺をチラリと一瞥しただけですぐに視線をおでんに戻し、食事を再開する。どうやら食事を止める気はないようだった。女性客のせいでおでんは売り物にならなくなってしまった。蓋を開けたことで店内に舞う埃がおでんの中に入っただろうし、女性客の汚い涎も混ざっているはずだ。
「おかまいなくじゃなくて、店内でご飯を食べられたら迷惑だ。それにあんたのせいでおでんがダメになった。営業妨害だ」
「でも、あの女性もご飯を食べているけど」
「は? あの女性?」
俺は女性客が指を差した方に視線を向けて愕然とした。叔母がいつの間にかご飯を盛った茶碗を手にし、女性客がしたのと同じように、おでんの匂いを嗅ぎながら食事していた。そのご飯はどこから持ってきたのだろうか? バックヤードに炊飯器でも置いていたのか?
「お、叔母さん!」
「うん? あっ、これはね。まだ昼ご飯食べてなかったから。それに目には目を歯には歯を、食事には食事をだよ」
「いや、そういう問題じゃないと思う」
俺は叔母さんの行動に呆れてため息をついた。周囲の客も呆れたような表情を浮かべていた。叔母さんは客の前だというのに、平然とご飯を口に放り込み、挙句の果てにはおでんまで食べていた。
「売り物のおでんまで食べるなんて、あんたそれでも店長ですか!」
「私は店長である前に一人の人間なの! だから空腹には抗えない。そう生存本能にはね」
叔母さんはフッと息をつき、良いこと言った感を醸し出してきた。完全にドヤ顔だった。
「良いこと言うじゃん! さすがは店長さんだ。よっ、おでん一品!」
女性客は座布団一枚みたいな感じで言った。どの辺が良いのか、四百字詰めの原稿用紙一枚分で問い質したい。面倒くさいから問い質しはしないけど。
「えー、そんなに良いこと言ったかな? せっかくだからおでん食べる?」
叔母さんは良いこと言った感を醸し出してたくせに、白々しく照れた表情を浮かべた。しかも売り物のおでんを勧めやがった。
「え? 食べていいの? それじゃ、遠慮なく……いただきます!」
女性客は箸をおでんの中に突っ込むと、大根を掴んで食べた。続けて煮卵やちくわぶまで口に放り込んでいく。いくら売り物にならなくなったとはいえ、少しは遠慮しろよと思う。
「大根に煮卵にちくわぶ……会計は六百円になります」
「え? 金取るの? 急に冷たくない?」
女性客は叔母さんの思わぬ言葉に唖然とした表情で呟いた。俺だけじゃなく、店内にいた客も金取るんだって表情を浮かべていた。
「あれ? でも一個百円だよな。会計は三百円だろ?」
「いえ、私が食べた分も会計に含まれておりますので」
「それは自分で払えよ!」
女性客はギロリと睨み付けていたが、叔母さんは意に介することなく、金を催促した。
「仕方ねえな。おい、あんたが私の代わりに払ってくれ」
「は? 何で俺が?」
「財布を持って来てないから。それにお客様は神様だろ?」
女性客は意地悪そうな笑みを浮かべた。その笑顔はどう見ても神様ではなく、悪魔だった。
「俺が払う必要はない。なあ、叔母さん?」
「いや、払って」
「え? 嘘だろ、叔母さん?」
「財布を持ってないようだし、そうするしかないでしょ。そういうわけだから早く払って。その分、多めにアルバイト代を渡すから」
俺は仕方なく、バックヤードに財布を取りに行き、六百円を支払った。
「ただでおでんを食べれたのはラッキーだった」
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