黒き死神が笑う日

神通百力

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赤ちゃん

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 私は一年ほど前に交通事故に遭い、赤ちゃんを流産した挙句、子供を産めない体になってしまった。子宮を損傷したことが原因だった。トラックに撥ねられた際に、体を歩道に叩きつけられ、子宮が破裂したのだ。
 さらに背中から撥ねられたため、脊髄も損傷していた。三か月近くも入院し、杖なしでは歩けなくなってしまった。退院後は一人で暮らしている。夫はいない。入院中に離婚を言い渡されたのだ。私はそれを了承し、夫とは離婚した。最初は杖での生活に苦労したが、今ではもう慣れていた。
 しかし、私には我が子の顔を拝める機会は永遠に来ないのだ。私の中で生まれた命は私の中で終わりを迎えた。生まれる前に死んだ我が子に対する申し訳なさが私の心を埋め尽くした。散歩に行かなければよかったと後悔したが、後の祭りだった。
 あの事故からずいぶんと時間が経過したように思うが、まだ一年しか経っていない。物憂げな気分に浸っていると、お腹が鳴った。気分とは関係なしにお腹は減るのかと驚いたが、流産した翌日もお腹が鳴っていたことを思い出した。どんな状態でも食欲には抗えないようだ。
 私は杖を手に取ると、家を出た。杖をついて歩こうとしたが、斜め前の電信柱の下にダンボール箱があるのに気づき、足を止めた。不審に思い、電信柱に向かって歩き出した。かすかに杖をつく音が響く。
 ダンボール箱には赤ちゃんが捨てられていた。
「……君は一人ぼっちなんだね。私も一人ぼっちだよ。私の子供になる?」
 会話が成立しないことは分かっていたが、声を掛けずにはいられなかった。赤ちゃんは無邪気な笑顔で、私の手を掴んできた。手は冷たかったが、温かさを感じた。
 私は赤ちゃんを片手で抱き抱えると、すぐに家に戻った。洗面器にお湯を注ぎ、赤ちゃんの体を温めた。念入りに体を拭くと、ベビー服を着させた。赤ちゃんが生まれた時のために買っておいたのだ。捨てずに残しておいてよかった。
「買い物してくるから、ちょっとだけ待っててね」
 私は赤ちゃんをベッドに寝かせた。柵は高めだし、大丈夫だろう。本当は一緒に連れていきたいが、杖なしでは歩けないし、赤ちゃんを抱えたままで買い物はできない。
 粉ミルクや離乳食を買うために家を出た。

 ☆☆

「おいちいでちゅか?」
 私は手身近に買い物を済ませて帰ってくると、赤ちゃんに粉ミルクを与えた。赤ちゃんはおいしそうに粉ミルクを飲んでいる。続いて離乳食を口元に運ぶ。赤ちゃんは小さな口を動かし、離乳食をもぐもぐと食べる。
「今日から私が君のお母さんだよ」
「……ママ」
 ママと呼んでくれたことが嬉しくて私は赤ちゃんを思いっきり抱きしめた。
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