黒き死神が笑う日

神通百力

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釣り

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 私は釣り道具一式を持ち、近所の川辺に向かった。川辺には全裸のおじさんが座っていた。どことなく哀愁が漂っている。
「どうしておじさんは全裸なんですか?」
 私はおじさんの隣に立ち、そう問いかけた。
「ガラの悪い人たちに身包みを剥がされちゃってね。全身がスースーするよ」
「まあ、全裸ですからね」
「ところでお嬢ちゃんはなぜここに?」
「釣りをしにきたんですよ」
 私はテキパキと準備をしながら、おじさんの質問に答えた。
 川に釣り糸を垂らし、魚がかかるのをじっと待つ。すぐに手ごたえを感じ、釣り糸を巻き上げた。長靴だった。
「……お嬢ちゃん、もし良ければ、その長靴をおじさんにくれないか?」
「良いですよ」
 私は喜んでおじさんに長靴を手渡した。私が釣りたいのは魚であって、長靴ではない。欲しているのなら、長靴だろうとなんだろうとあげるつもりだ。私には必要ないものだから。
 私は気を取り直して釣りを再開したが、またもや長靴が釣れてしまった。
「その長靴もおじさんにくれないか?」
「ええ、良いですよ」
 私はおじさんに長靴を渡す。おじさんは長靴が揃ったことが嬉しいのか、顔がニヤついていた。
 私は再び、釣りを開始した。じっと待っていると、釣り竿がしなった。私はすぐに釣り糸を巻き上げる。今度は魚だった。やっと魚が釣れた。私は頬が緩むのを感じた。
「…………」
「おじさん、ガッカリした表情をするのはやめてくれませんか? そんな表情をされたら私までガッカリしてくるので、やめてください」
「ああ、ごめんよ。期待してたものだから、ついガッカリしちゃってね」
「期待って何をです? 私は魚を釣りに来たんですよ」
 私はおじさんのコーディネートを完成させるために釣りをしているわけじゃない。今晩のおかずをゲットするために釣りをしているのだ。
 私はおじさんの期待に沿えないことを申し訳なく思いつつも、釣り糸を垂らした。気長に待ち続けていると、手ごたえを感じ、釣り糸を巻き上げた。ボロボロのジーンズだった。
 私はチラリとおじさんを伺った。おじさんは満面の笑みを浮かべていた。期待に応えてしまったが、良しとする。
「そのジーンズもおじさんにくれないか?」
 私はおじさんにジーンズを渡した。
 おじさんは一旦長靴を脱ぎ、ジーンズを穿いた。まさか私が釣った物で下半身が揃うとは思ってもみなかった。
 私はおじさんの期待を一身に背負いながら、何かが釣れるのを待つ。釣り竿がしなるのを確認し、釣り糸を巻き上げる。魚が二匹も釣れた。
「……ちっ」
「今、舌打ちしませんでした?」
「してないよ」
「本当ですか?」
「……したかも」
 やっぱり舌打ちをしていたか。そんなに期待をされても困る。長靴とジーンズが釣れたのは偶然に過ぎない。そんな偶然は何度も続かない。
 私はそう思ったが、偶然は続いた。今度はTシャツが釣れてしまった。
「そのTシャツもおじさんにくれないか?」
「そう言うと思ってましたよ」
 私はTシャツをおじさんに渡す。おじさんはすぐにTシャツを着た。私の釣りでおじさんの全身コーディネートが完成した。
「これで露出狂じゃなくなったよ。ただね、おじさん……風邪引いちゃった」
「まあ、濡れてますからね」
 おじさんはズズッと鼻を啜った。

 ――後におじさんは『あの時は何も考えずに濡れた物を身につけてしまった。この反省を活かし、次からはドライヤーを持参しようと思う』と語った。
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