黒き死神が笑う日

神通百力

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海の家

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 私の両親は海の家を経営している。
 夏のシーズンになると海は大勢の人で賑わう。そうなると海の家も繁盛するため、私はいつも家業を手伝っていた。理由はそれだけではないけれど。
 私は今日も客の注文を受けていた。
「――焼きそば一人前とパンチラ一つですね?」
 パンチラ一つって何だと思いながらも、私はエプロンをめくり、パンチラをしてあげた。パンチラくらいならいいだろう。もっとも私は今パンツを穿いていない。水着の上にエプロンという格好だ。つまり正確にはパンチラではなく、水チラだ。
「おぉ、ストライプの水着か! 良いんだけど、ちょっとサイズが大きいんじゃないかな? もっと小さい水着でも良いと思うよ」
 私としてはジャストサイズの水着を選んだつもりだ。これ以上小さい水着となると見えてはいけない部分が見える恐れがある。それだと相手を刺激しかねないし、男性客にナンパされる危険性も伴う。
 そうなっては困るのだ。自分の身を守りたいからじゃない。男性客を守りたいからだ。
 男性客を守るためには露出を少なくしなければならない。露出を多くするとナンパされる確率が高くなるかもしれない。
 まぁ、露出を少なくしようと多くしようと男性客の危険度は変わらないかもしれないが、一応念のためだ。それに以前ならまだしも、今は女性客も危険度は変わらないだろう。
「小さい水着だと見えてはいけない部分が見えるかもしれないので、このくらいがベストなんですよ」
 私は満面の笑みで客に返答する。
「確かにそうだね。僕の優月ゆづきちゃんがどこの馬の骨とも知れない輩にナンパされるのなんて我慢ならないからね」
 私はあなたのものになった覚えはない。それに私からすれば、あなたもどこの馬の骨とも知れない輩に分類される。知っているのは顔だけで名前は知らない。地元の人なのか遠方から来たのかも定かではない。
「では私はこれで」
 私は客に頭を下げ、両親の元へ行き、注文を伝えた。
 両親は冷凍室から肉の塊・・・を取り出した。私は顔が・・引きつっているの・・・・・・・・・・を自覚しながらも・・・・・・・・見ていたが・・・・・耐えられずにすぐに・・・・・・・・・視線を逸らした・・・・・・・。これ以上見ていたら、吐き気を催してしまうだろう。
 私はテーブルの上の食器を片づけることにした。食器をお盆に載せて厨房に持っていき、皿洗いをする。
「優月、焼きそば出来たから持っていって!」
「……うん」
 私は焼きそばを客の元へ持っていった。
「うん、おいしいよ。何のお肉を使ってるのかな?」
「そうですね。知ればきっと驚かれる食材です」
「企業秘密ってやつ?」
「はい、そうです」
 言えるわけがない。何のお肉を使用しているか分かったら、絶対に吐いてしまうだろう。なんてものを食わせるんだと激怒するはずだ。腐っているわけではないが、食べようとは思わない種類の肉だ。中には食べたいと思う人もいるだろうが、そんなのはほんの一部の者だけだろう。
「どこに売ってるのかだけ教えてくれないかな?」
「どこにも売っていないと思いますよ」
「え? そうなの? 珍しい食材なのかな?」
「……そうですね」
 もし、このお肉がどこかのスーパーで売られていたら大問題だ。販売していることが発覚すれば、そのスーパーは営業停止になるだろう。逮捕される可能性だってある。いや、確実に逮捕される。
「僕はこれから泳ごうと思うけど、優月ちゃんもどうだい?」
「両親を手伝わないといけないので」
「そっか。それは残念。じゃあね、優月ちゃん」
 客は私に手を振りながら、海の家を出て行った。私も笑顔で手を振り返した。
 私はテーブルを拭きつつ、両親に視線を移す。両親は客の去った方向を見つめながら、何事かを話し合っていた。私の視線に気づくと慌てたように調理を再開する。
 私は両親のことを黙認するべきか迷っている。警察は頼りにならない。以前警察に話したことはあるが、いくら待てどもここには来なかった。祖父が警察の上層部だから、部下に圧力をかけた可能性がある。密かに証拠をもみ消したということも考えられる。息子夫婦が犯罪に手を染めたとなると祖父の立場は危うくなる。祖父はそのことに危機感を抱き、事件そのものをなかったことにしようとしているのかもしれない。
 私は両親の動向に目を配りながら、客の注文を受けていた。

 ☆☆

 夕日が沈み、客がまばらになった頃、両親が裏口から出ていくのが見えた。
 私は海の家を閉めてから、こっそりと後をつけた。
 両親は私が水チラをしてあげた客に話しかけ、人が寄らない岩場まで連れて行った。私は気づかれないように、岩場まで近づいた。
 岩場の陰からそっと様子を窺うと、両親と客は何かを話し合っていた。父の後ろ手には出刃包丁が握られていた。客が何気なく空を見上げた瞬間、父はタイミングを図っていたかのように、出刃包丁を振り上げる。
 私はすぐさま駆け寄った。客は出刃包丁に気づいた瞬間、恐怖に顔をゆがませていた。出刃包丁が客に触れる直前、私は両親を強引に岩場まで押しやった。両親はバランスを崩し、後頭部を岩にぶつける。後頭部からは大量の血液が流れ出ていた。両親はピクリとも動かない。おそらくもう死んでいる。
「優月……ちゃん?」
 客は何が起きたのか分からないといった表情をしている。
「お客様にはちゃんとご説明いたします。その前にまずは両親の遺体を海の家まで運ぶのを手伝ってもらえませんか?」
 客は戸惑いながらも頷いてくれた。

 ☆☆

 私と客はテーブルを挟み、向かい合わせで椅子に座っている。
「まずはどこから説明しましょうかね。両親のことから話しましょうか。私の両親は殺人犯なんですよ」
「……殺人犯」
 客の声は震えていた。それも当然だろう。殺されかけたのだから。
「両親が殺人犯になった経緯ですが、数年ほど前に私をナンパした男が許せなくて、殺してしまったんです。そのことがきっかけとなり、私をナンパした男を次々と殺害するようになりました」
 客は信じられないという表情をしていた。
「両親は遺体をどう処分するかを考えました。考え抜いた末、遺体の肉を料理に使用することにしたんです」
「え? まさか、僕が食べた肉って」
「ええ、人間の肉・・・・です」
「……うぶっ!」
 客は嘔吐した。テーブルの上に吐瀉物がぶちまけられる。
「……両親は最初の頃は私をナンパした男だけを殺害し、遺体の肉は冷凍室で保存して証拠隠滅のために、料理に使用していました。しかし、やがてある考えにたどり着いたのです」
 私は続けながら、テーブルの上を拭く。
「市販の肉を使わずに遺体の肉を使えば、肉代が浮くのではないかと。そう考えた両親は市販の肉を購入しなくなりました。そればかりか、私をナンパする者が一人も現れなかった時は目についた客を殺害するようになったのです」
 客の服についた吐瀉物も拭き取る。
「私が露出の少ない水着を着ているのは少しでもナンパされる確率を減らすためです。さっき言ったようにナンパをしていない者が殺されるケースもありますが、基本的には私をナンパした者を殺害します」
 客は生気が抜けたように青ざめていた。
「しかし、両親が死んだ今、少なくともこの海ではもう被害者は出ないでしょう」
「……警察には言わなかったのかい?」
 今まで見たこともないような表情で私のことを見つめていた。
「もちろん言いました。ですが、誰一人として両親を逮捕しには来ませんでした。祖父が警察の上層部なので、下の者に圧力をかけたのだと思います」
「そっか。それで君はこれからどうするつもりだい?」
 そう言われて私は考えを巡らす。これからどうしようか。この海の家は畳まなければならない。多くの被害者を出した海の家を存続させるわけにはいかない。
 もう一度警察に行った方がいいのだろうけれど、誰も私の話なんて聞き入れてくれないだろう。他県の警察に行けば聞き入れてくれるかもしれないが、そこに行くまでの交通費を持ち合わせていない。
「……他県の警察署に行こうと思ってるんですが、持ち合わせがありません」
「僕が連れて行ってあげるよ」
「良いんですか?」
「優月ちゃんには命を助けてもらったからね。お礼がしたいんだ」
 客は力なく笑った。
「それじゃ、お願いします」
「早速だけど、行こうか」
「はい」
 私たちは海の家を出て、駐車場へと向かう。
 私は助手席に、客は運転席に乗り込み、他県の警察署を目指して出発した。
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