黒き死神が笑う日

神通百力

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ダンザイアの導き

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草原くさはら、宿題はどうした?」
 先生は私を見た。
「あることは承知の上でしたが、やっておりません」
「なぜ、やらなかった?」
 先生は至極当然のことを聞いてきた。
「うちのやんちゃ坊主――弟の事ですが、宿題のプリントを破きやがりまして。やろうと思ってもできなくなりました」
 説明している内にはらわたが煮えくり返って、この場にいない弟にまたも腹が立ってくる。
「姉弟だろ。そんなに怒らんでもいいんじゃないか?」
 まあまあといった風に先生が私をなだめにかかる。
「先生は一人っ子だから私の気持ちなんて分からないんだ! 可愛い弟ならまだ許せる。でも、弟は私と違って下品で、物を壊すわ、教科書に落書きするわ、ゲームのセーブデータ消すわで可愛い要素が何一つとしてない! これなら一人っ子の方が良かったわ!」
 大きな声を出したため、運動した後のように疲れ、呼吸を整える。
「徐々に口調が荒くなってきたな、草原。弟の事が大嫌いなんだな」
「大大大大大大大嫌いです! ただやんちゃ坊主は私の事が大好きなようです。てめえに好かれても嬉しくねえっての。まあ、私は超絶美人だから好かれるのも無理からぬ事だけど」
「はぁ~、草原、もう座っていいぞ」
 許しが出たから、私は椅子に座った。
「確かに真香まかは超絶美人だもんね。ファンクラブまであるくらいだもん。ただ、全員女子だけどね。この学校ってなぜか百合が多いんだよね」
 隣の席の歩藤真理ほどうまりが私に囁いてきた。
「そういう真理も百合だろ?」
 私も真理に囁きかけた。
「どうして、私が百合なの?」
 不思議そうに真理は聞いてくる。
「私のファンクラブの会員だし」
「誤解されないように言っとくけど、私は真香のファンじゃなくファンクラブのファンなんだよ」
「つまりファンクラブなら、誰のファンクラブでもいいって事か」
「うん、そういう事。まあ、真香の事は嫌いじゃないけどね。荒い口調なところがいいよね」
 荒い口調じゃなければ、良くないのか。
 視線を教卓に戻し、退屈でつまらない授業を受ける。

 ☆☆

 学校が終わった放課後。
 やんちゃ坊主をどう懲らしめるかを考えつつ、帰途についた。
「草原家のアイドルがただいま帰ったぞ」
「うん、お帰り」
 母さんの反応はそっけない。私の美貌を見慣れているからだろう。ありがたみが薄いのだ。
 私はリビングへと行く。
「お姉ちゃん、お帰り!」
 やんちゃ坊主の言葉と同時に何かが顔にかかる。
 イラッとしつつ、やんちゃ坊主の方を見ると、手には透明なコップを持ち、少しだけお茶が入っていた。
「このクソ坊主が!」
 私は怒りの丈をやんちゃ坊主の頭にぶつけた。
「うゎああああああん! お母さん、お姉ちゃんがぶった!」
 醜い泣き顔を晒し、やんちゃ坊主は母さんに駆け寄る。
「当然の結果やね。真香に謝り。許されないだろうけど」
 さすがは母さんだ。私のことを分かっている。
「お、お姉ちゃんごめんなさい」
 やんちゃ坊主は頭を下げて謝る。
「許すわけないだろ、クソ坊主め!」
 頭を足蹴りにする。何度も蹴り続ける。
「そんなに蹴らないでよ! バカになっちゃうじゃないか!」
 涙目で私を睨みつけてくる。
「安心しろ、すでにバカだから」
「僕はバカじゃないよ。ねぇ、お母さん」
 やんちゃ坊主は母さんに聞く。
「えぇ、そうね。真香、あんたもちょっと言いすぎよ」
「何だよ、母さんまでこんなやつの肩持って!」
「……僕部屋に行くよ。今は一人になりたいんだ」
 やんちゃ坊主は背中を丸めて、階段を上がった。
「私も部屋に行くから、夕飯の時間になったら持ってきて」
「夕飯の時間になったら、リビングに降りてきなさいね」
 間髪いれずに母さんは言う。
「分かった。夕飯の時間になったら、降りるよ」
 そう言い残し、私は自分の部屋へと行く。

 ☆☆

 部屋には知らない女性がいた。真っ赤な衣を着ている。手には扇を持っていた。
「私はダンザイア。導きの神」
 聞いてもいないのに女性は名乗り出した。きっとこの女性は自分を導きの神と思っている痛い人なのだろう。
「母さ……」
 母さんを呼ぼうとしたら、女性に口を押さえられた。
「いかんです。それはいかんですよ。私は神ですよ」
 神ともあろうものが女の子の口を押さえるなよ。それといかんですって何? 中身おっさんなのか?
「あなたの望む世界に導いて差し上げようと思ってきたのです。なにせ、導きの神ですから」
 女性は私の口から手を離した。
「胡散臭い神だけど、なんで私の元に来たんだ?」
「弟に不満をお持ちのようでしたので。それと胡散臭くないですから。本物の神ですから」
 必死なところが胡散臭い。
「お望みの世界を言ってください。さあ、早く」
 女性は私を急かす。
「それじゃ、私だけの世界がいい。みんなが私を敬い、私が女王になる。そんな世界がいい」
「分かりました。ふっふっふのふうwww」
 呪文? が適当過ぎる。
 そう思ったのもつかの間、私は光に包まれた。

 ☆☆

 光が消え去った。もう女性はいなかった。光に包まれたし、導きの神というのは嘘ではないのだろう。
 辺りを見渡す。私の部屋だった。一見変わったところは見られない。
 本当に望む世界に導かれたのだろうか?
 とりあえず、一旦外に出てみよう。
 私は玄関に行き、家を出た。
「え? 何だこれ? どうなっている?」
 私は自分の見た光景が信じられず、驚いてしまった。

 外は私だらけだった。
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