黒き死神が笑う日

神通百力

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捕らわれて

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 私はこたつに足を入れていた。目の前にはデジタルカメラが置いてある。どんな映像が入っているのか私は知らない。私の持ち物じゃないし、誰のものかも知らない。正確に言うならば、持ち主の顔は知っているが、名前は知らないといったところだ。
 家から数分で行ける距離にあるコンビニに買い出しに出かけ、その帰り際に見知らぬ男に押し付けられたのだ。その男は私に押し付けた後、どこかに走り去って行った。
 デジタルカメラの映像を観るべきか否か迷っている。
 あの男はもしかしたら私のストーカーじゃないか? デジタルカメラに私の映像を収めて手渡し、映っている映像を私にあらためさせる事で自分は見られている、監視されていると認識させようとしているのかもしれない。そうすることで男が得られるものは何か。怯えた姿を収めることができる。そんな姿が好きな人もいるかもしれないし。いてもおかしくはないと思う。
 精神的に追いつめる事もできる。
 ストーカーされていることを知れば、多くの人は警察に通報するだろうから、逮捕されるリスクも当然出てくる。男はそんなリスクを犯してまで私にデジタルカメラを手渡した。そんなに私の怯えた姿を収めたかったのか――なんて考えすぎかな。私は昔から物事をつい悪い方向へと考えすぎてしまう癖がある。ここまできたらもはや想像というより妄想だ。
 さて、コンビニで買ったコーラを飲みつつ、中身を確認するか。
 デジタルカメラをテレビに接続し、映像を観る。
 まず初めに部屋の映像が映し出された。桃色のこたつが置かれている。カーペットも桃色。窓に備え付けれられているカーテンとレースも桃色。さらにテレビまでもが桃色だ。
 なんて悪趣味な部屋だ。とりあえず私の部屋ではなかったことにホッとしつつ続きを観る。
 見覚えのある男が部屋の中に入ってきた。私にデジタルカメラを押し付けてきた男だ。そいつがデジタルカメラに顔を向けながら、こたつに足を入れる。私のストーカーだという推測は間違っていたか。では一体なぜ私にビデオカメラを?
 男はこたつに足を入れたまま微動だにしない。わずかに身体が震えているような気がする。寒いのだろうか。今は夏だけど。
 男性の顔に何かが投げつけられた。よく見るとみかんだった。みかんは投げるものじゃない。食べるものだ。
 男性の他に誰かいるようだ。まさかいちゃいちゃしているところを見せ付けようとしているわけじゃないだろうな。生まれた年齢=彼氏いない歴の私に対する当てつけか。もう一人が女なのかどうかは知らないけれど。
 とその一人がデジタルカメラの前に背を向けて姿を現した。身体つきからするとやはり女のようだ。
 次の瞬間、女はデジタルカメラを振り返った。

「え? お姉……ちゃん?」

 そこには懐かしい記憶のままの姉がいた。私とは似ていない姉。とても美しかった姉。その美しさがゆえに華やかな都会へ憧れ、もう数年ほど前に都会へ出て行ったきり会っていなかった姉。
 映像の中の姉はみかんの皮を剥き、食べ始めた。と思ったら男の顔目掛けてそれを吐き出した。姉は笑っている。何がしたいのか分からない。
 姉はみかんの皮を男の顔面にこすりつけた。みかんの匂い当分取れないだろうな。
 姉はみかんの皮を男の顔面から離した。男の顔に白いスジがついている。
 姉はうきうきした表情で、その場から離れて画面内から消えた。
 コトコトと何かを沸かす音がする。姉はその部屋に戻ってきた。手にはやかんを持っている。
『背中を出して』
 姉は男に言った。こんな声低かったっけ? 男はデジタルカメラに背を向けて服をめくった。姉はやかんの底を男の背中に押し付けた。
『熱っっ!』
 男は声を上げた。男にしては声が高すぎるような気がする。姉は笑いながらやかんの底を押し続けている。何、この拷問は?
 姉は男の背中からやかんを外した。真っ赤になっていた。
『前を向いて』
 男は前を向いた。息が荒い。
 姉は男の頭から湯をかけた。
『つっ!』
 男は苦悶の表情を浮かべる。火傷するだろうな。男は全身びしょ濡れだ。
 姉はカーペットの上に放り出されていた鞄をとった。その中から何かを取り出した。針山だった。
 姉は男の背中に針山を突き刺した。血が吹き出た。男の背に小さな穴ができていて気味悪かった。
『うわぁあぁあ!』
 男は叫び、やかんを取って姉の頭を殴った。
『ぐあっ!』
 姉は野太い声を出して叫んだ。おかしい。何か変だ。
 男は何度も姉の頭を殴った。姉は倒れた。おそらく死んでいるだろう。
『はぁはぁはぁ』
 男はデジタルカメラの方に向かってきた。そこで映像は途切れた。
 いったいこの映像は何?

「……まい

 後ろから声がした。鍵をかけるのを忘れていたか。
 私は振り向いた。そこにはデジタルカメラを押し付けてきた男がいた。
 なぜ私の名前を知っているんだろうか? 
 私は考えを巡らした。姉の低い声。男の高い声。私の名前を知っている。ああ、そういうことか。
お姉ちゃん・・・・・?」
「ああ、そうよ」
 姉は頷くと、事の経緯を話し始めた。姉の話によるとこういう事らしい。
 映像に映っていた姉にそっくりな男は成田賢治なりたけんじ
 成田は姉を見かけてその美しさに見惚れて、自分もこうなりたいと思ったらしく姉の顔そっくりに整形した。
 その後成田は姉に近づき、同じ顔が二人いるのが許せないと言い、無理やり姉の顔を整形させた。何とも理不尽である。
 それから成田の姉に対しての拷問の日々が始まったとの事。映像に映し出されていたのは成田の部屋らしい。
「それで私にデジタルカメラを渡した理由は何?」
「わたしの現在の姿を知って欲しくて。どんな目に遭ったのかも」
 姉は美しすぎたが故にこんな目に遭った。私は美しくなくてよかった。
 ホッとしたのも束の間、姉は私の首を絞めてきた。
「何……するの……お姉……ちゃん」
「わたしはこの顔で生きるのが嫌なの。ひどい目に遭わされた奴の顔なんて。だから、舞を殺し、舞の顔に整形して舞として生きる」
 姉は悪魔のような笑みを浮かべ、私は意識が朦朧とした。
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