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ゲルナ・イージス・ハザード公爵令嬢の運命

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 ゲルナ・イージス・ハザード公爵令嬢は開け放った窓から伝書鳩が近づいてくるのに気付いた。伝書鳩はゲルナの部屋の中に入ると、テーブルの上で止まった。伝書鳩の足には紙が括り付けられている。
 ゲルナは緊張した面持ちで伝書鳩をじっと見つめていた。紙には指示が書かれていることをゲルナは知っていた。指示は基本的にアラドゴナ王国の情報を伝書鳩の足に括り付けるというものだ。得た情報をアラドゴナ王国と敵対するヴェルギガデリア王国に流すのがゲルナの仕事だった。
 ヴェルギガデリア王国はゲルナがミゼル・ファインド・アラドゴナ王子の婚約者という立場に目をつけ、内通者に選んだ。ミゼル王子の婚約者ならば、アラドゴナ王国の情勢や武器の有無、兵士の数など様々な情報を手に入れやすいのではないかと考えたのだ。指示に従わなければミゼル王子を暗殺すると脅されてゲルナはヴェルギガデリア王国に従わざるを得なかった。
 ゲルナは目の前にいる伝書鳩が自身にどんな運命をもたらすのかを知っていた。ゲルナは転生者だった。現実世界で交通事故に遭い、ゲルナ・イージス・ハザード公爵令嬢に転生したのだ。この世界が乙女ゲーム『ゲルナ・イージス・ハザード公爵令嬢の運命』ということに気付き、ゲルナはこの日が来るのを待っていた。
 ゲームではこの後、ゲルナが伝書鳩の足にアラドゴナ王国の現在の情勢について記した紙を括りつけることになっていた。だが、伝書鳩は窓から飛び立つ際に激突して落下してしまい、ミゼル王子の頭に直撃することになる。ミゼル王子に伝書鳩の足に括り付けられた紙を見られて内通のことを知られてしまうのだ。
 伝書鳩の落下位置からすぐにゲルナが内通者だとバレてしまい、ミゼル王子からは婚約破棄された挙句、最後は処刑されるというシナリオだった。何としてでも、そのシナリオだけは避けなければならない。
 ゲルナは伝書鳩の足から紙を取り外すと、両手で抱えて窓に近づいた。足には何もつけずに、伝書鳩をゆっくりと空中に放った。伝書鳩はなぜか真っ直ぐに飛ばずに、自ら窓に激突して落下した。
 伝書鳩の奇妙な行動に唖然としていると、背後から扉が開く音が聞こえた。振り返ると、扉付近にミゼル王子が立っていた。ミゼル王子は怒りの形相を浮かべながら、足早に近づいてくる。
「これはいったいどういうことだ? ヴェルギガデリア王国に我が国の情報を流していたのか?」
 ミゼル王子は何かを見せつけるかのように右手を前に出したが、何も持っていなかった。
「紙に我が国の情報を記して伝書鳩の足に括り付けるとはな。裏切り者めが!」
 ミゼル王子はギロリとゲルナを睨みつけた。ゲルナは訳が分からず、混乱していた。処刑の運命を変えようとしていたのだから、紙にアラドゴナ王国の情報を書き記すはずがなかった。伝書鳩の足に紙を括り付けてもいなかった。それなのになぜ、こんな事態になっているのだろうか?
「ちょっと待ってくれ! 伝書鳩の足に紙なんか括り付けていない!」
 私は動悸が早くなるのを感じていた。このままでは処刑されてしまいかねない。何としてでも処刑を阻止しなければならない。
「黙ってないで何か言ったらどうだ?」
「何を言ってるんだ? 私は黙ってなかっただろ?」
 ゲルナは怪訝な表情でミゼル王子を見た。ミゼル王子は苛立っているかのように、地団駄を踏んでいる。
「だんまりを決め込んだところで、お前が内通者だということは分かっているんだぞ」
「私の話を聞いてくれ、ミゼル王子!」
「ようやく自分が内通者だと認めたか」
 ミゼル王子はため息をついた。なぜかミゼル王子と会話が成立していなかった。
「内通者と婚約するわけにはいかない。お前とは婚約を破棄する。明日の昼、お前の処刑を執行する。それまでは地下の牢屋で大人しく過ごすがいい」
 ミゼル王子はそう言うと、部屋から出ていった。それと同時に数人の兵士たちが部屋になだれ込んできた。兵士たちはゲルナの両脇を抱え込むと、地下に連れていき、牢屋に閉じ込めた。
「ちょっと待ってくれ! 本当に私は内通者じゃないんだ!」
 ゲルナは叫んだが、兵士たちはまるで聞こえていないかのように、地下室から出ていく。ゲルナは愕然とし、頭を鉄格子に押し付けた。
 ゲルナは本来のシナリオとは異なる行動を起こしたはずだった。それなのに、シナリオ通りに事が運んでいる。ゲルナ以外はを喋っていた。
「……どうしてこんなことに」
 ゲルナは絶望した表情で呟いた。

 ☆☆

 ――翌日。
 ゲルナ・イージス・ハザード公爵令嬢の処刑を見ようと多くの国民が広場に集まっていた。広場にはギロチンが設置され、ゲルナは膝立ちの状態で座らされていた。ゲルナの首はギロチン台に乗せられ、頭上には鋭利な刃が吊るされている。
「こんなことになって残念だ」
「ええ、本当に残念ですわ。まさかゲルナ公爵令嬢が内通者だったなんて」
 ミゼル王子の隣に立つ女性――イヴ・アダルディア・クロード男爵令嬢は複雑な表情でゲルナを見ていた。ゲルナとイヴは幼馴染で仲が良かった。それゆえにイヴはゲルナの裏切り行為が許せなかった。
「俺はイヴ男爵令嬢と婚約することにしたよ。お前と違って裏切ったりはしない。そうだろ?」
「ええ、裏切ったりしません。ですが、本当にゲルナ公爵令嬢を処刑なさるつもりですか?」
 ゲルナの裏切り行為が許せないとはいえ、大切な幼馴染なのだ。イヴはゲルナに死んで欲しくなかった。生きて罪を償ってほしいと思っていた。けれど、ミゼル王子は本気でゲルナを処刑するつもりのようだった。
「我が国の情報を敵国に流していたんだ。これは万死に値する。死んで詫びるのは当然だ。――これよりゲルナ・イージス・ハザードの処刑を開始する!」
 ミゼル王子の言葉が合図となり、処刑人は刃を支えていた紐をナイフで切った。支えを失った刃は勢いよく落下し、ゲルナの首をあっさりと切断した。切断面からは血飛沫が噴出し、ゲルナの生首は地面に転がった。
 内通者の処刑に国民は盛り上がっていたが、イヴだけが涙を流していた。ただ一人、ゲルナの死を悲しんでいた。イヴは転びそうになりながらも駆け寄ると、ゲルナの生首を胸に抱きしめた。
 周囲の冷めた視線を意に介することなく、イヴは泣き続けた。

 ☆☆

 一連の様子を眺めている者がいた。現実世界で交通事故死した女性をゲルナ・イージス・ハザード公爵令嬢に転生させた神様だった。
 ゲルナが処刑の運命を変えることができなかったのには理由がある。それは『ゲルナ・イージス・ハザード公爵令嬢の運命』のシナリオがすでに完成しているからだ。完成しているシナリオを後から変えることなどできはしない。ゲルナがいくら異なる行動を取ったところで、ストーリーは完成しているシナリオ通りに進んでいく。ゲルナが死ぬのは端から決まっていたのだ。
 神様が女性を転生させた理由は天国が満員だったからだ。死者を受け入れる余裕がなかったのだ。そのため神様は仕方なく、女性を乙女ゲームの世界に転生させた。
 女性は乙女ゲームの世界でも死んでしまったが、天国は死者を受け入れる余裕がない。女性には悪いが、またゲルナに転生してもらわなければならない。
 それがゲルナ・イージス・ハザード公爵令嬢に転生した女性の運命なのだから。
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みんなの感想(1件)

えるてぃん
2021.07.12 えるてぃん

転生の概念があるのに天国が満員?そいつら転生させたら枠が空くだろ
令嬢に転生した魂がまた運命でどうたら~ってお前が勝手にそうしているんだろうと
転生体に元々入っていた(入る予定だった)魂の扱いはどうなのか

神通百力
2021.07.12 神通百力

設定を詰めずに書き始めるタイプなので、いろいろと不自然な部分が出てしまいましたね。
申し訳ありませんでした。

解除

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