双子の姉妹

神通百力

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双子の姉妹

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 薄暗い部屋の中央に少女の遺体があった。腰に巻かれたポーチの表面にはピンクの糸で『秋奈あきな』と名前が刺繍されている。
 私は遺体の側で仁王立ちし、軍手をはめた手で肉切り包丁を握りしめていた。遺体の少女――秋奈は私の双子の妹だった。
 私はゆっくりとした動作で自分のボロ布みたいな服を見た。右胸辺りには茶色の糸で春奈はるなと雑な感じで刺繍されていた。私は自分の名前が刺繍された箇所をそっと撫でた。
 それからしばらくの間、自分の服をじっと見つめた後、私は秋奈の遺体に視線を戻した。秋奈は私と違い、フリルの付いた可愛らしいワンピースを着ていた。元はピンク色だったが、今は血で真っ赤に染まっている。
 両親は秋奈だけを可愛がった。私はまったく可愛がられず、まるで奴隷のような扱いを受けていた。『秋奈は明るくて優しい子だね。それに比べてお前は暗くて性格も悪い』が両親の口癖だった。
 母親は進んで秋奈にポーチを買い与えて名前も刺繍してあげたが、私には何もしてくれなかった。右胸の刺繍は秋奈が『お姉ちゃんが可哀想。お姉ちゃんにも名前を刺繍してあげて!』とお願いし、母親は刺繍したに過ぎない。
 母親は『秋奈は本当に優しい子だね』と口にしながら名前を刺繍していたが、私は秋奈が優しい子だとは思っていなかった。
 無意識に防衛本能が働いて『お姉ちゃんが可哀想。お姉ちゃんにも名前を刺繍してあげて!』と言うことで、両親に自分はあなたたちの理想の子供で優しい子なんだとアピールしていたに過ぎない。そうすることで自分を守ろうとしたのだ。両親の理想からかけ離れた瞬間に、愛されなくなり、私と同じ扱いを受けることを恐れて……。
 私は両親の理想と違っていたために愛されなかった。両親から愛されたくて明るく振る舞おうと努力したこともあった。けれど、元来の暗い性格が邪魔をして明るく振る舞うことができず、惨めな日々を過ごすしかなく、やがて秋奈を羨ましいと思うようになった。両親からの愛情を一心に受けて充実した日々を過ごしていたから。
 秋奈になりたいと思い始めた矢先、両親が交通事故に遭って亡くなった。両親は親戚中から嫌われていたこともあり、誰も自分たちを引き取りたがらず、明日の午前中に施設の人が来ることになっていた。
 思考を中断して壁にかかった時計を見ると、時刻は午後11時を過ぎていた。
 私は慌てて肉切り包丁に付着した血を洗い流してシンク下に仕舞い、秋奈の遺体から衣服を脱がし始めた。一糸まとわぬ姿にさせると、私も衣服を脱いで自分のボロ布のような服を秋奈に着せた。
 それから私は血塗れのピンクのワンピースを手に取ると、階段を駆け上がり、秋奈の部屋に向かった。

 ☆☆

 秋奈の部屋に入ると、クローゼットを開け、ピンクのワンピースをハンガーにかけた。
 クローゼットから適当に選んだ水色のワンピースを着ると、階段を駆け下り、倉庫に向かった。倉庫内を漂う埃に咳き込みながらも、目当てのガソリンを見つけて持ち出した。
 キャップを開けると、ガソリンを家中にばら撒いた。空になったタンクは秋奈の遺体の側に転がした。その際、タンクに秋奈の指紋をつけておいた。
 秋奈にはとして死んでもらう。私はとして施設に行き、新たな人生を始めるのだ。双子の姉妹なのだから、私は当然、秋奈に似ている。容姿を秋奈に似せて明るく振る舞えばバレはしないだろう。それに施設の連中は私たちのことを知らないのだから、生前の秋奈と性格が違っていても分かるはずがないのだ。
 両親が事故死し、性格の暗い姉が家に火をつけて妹と一緒に死のうとしたとあれば、施設の連中は同情して私に優しくしてくれるに違いない。
 施設に行く前日に事件が起きたとなれば、施設での生活を憂いた姉が自暴自棄になって火をつけたと考えてくれるかもしれない。タンクには春奈として死ぬ秋奈の指紋をつけておいたし。
 あとは家に火をつけて外に逃げるだけだ。秋奈がさっきまで着ていたワンピースには血がべったり付着しているけど、どうせ燃えて灰になるだろうし、洗う必要はない。燃えカスから服の種類を判別できるかもしれないから、念の為にワンピースはクローゼットに仕舞ったけど。
 ん? 待てよ。燃えカスから服の種類が判別できるなら、血液が付着しているかも分かるかもしれない。けれど、肉切り包丁ならまだしも服を洗うのは面倒くさい。肉切り包丁はちゃんと燃えてくれるか、分からなかったから、洗ったけど。
 私は考えた末にピンクのワンピースをばら撒いたガソリンに浸してクローゼットに戻した。ガソリンがたっぷり染み込んでいれば、完全に燃え尽きるかもしれないと思ったのだ。
 準備を終えた私は軍手を倉庫に仕舞った後、ライターに火を点し、ガソリンに向かって放り投げた。瞬く間にガソリンは燃え上がった。
 私は急いで家を出ると、「た、助けてください!」と大声で叫んだ。すると、すぐに何事かと近隣の人たちが外に出てきた。
 私は「あ、姉が家にひ、火をつけて私とい、一緒に死のうとしたんです! で、でも、私怖くて!」と近くの人に抱きつきながら、状況を説明した。すぐに近隣の人たちは電話をかけ始めた。
 怯えた演技をする私に近隣の人たちは『大丈夫? 怖かったわね』と優しく声をかけてくれた。私はあまりの嬉しさに思わず涙ぐんだ。
 そうして私はこれから過ごすことになるだろう施設の暮らしに思いを馳せた。
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