上 下
2 / 2

転生しました

しおりを挟む
「オサムー!ご飯ー!」
「はーい!!」

農作業を終えて、オサムは家に帰る。
――そう、このオサム・ナカバこそが俺、なかば修一おさむが転生した姿だ。
異世界転生……。てっきり勇者になって世界を救うのかと期待していたが、なんてことはない。俺は村人に転生していた。だが、村人というのもなかなかにいい。毎日畑を耕し、家畜を世話し、そして寝る。こんなに素晴らしい世界が他にあるのか。少なくとも前世では考えられない。

「フラン、いつも助かるよ。」
「いいえー!オサムだって農作業や家畜の世話をしてくれているじゃない!」

この子はフラン。俺が倒れていたところを助けてくれて、仕事と住む家まで与えてくれた。
フランと暮らすようになって、1年が経とうとしている。

―――あの転生した日、俺は前世とは違う容姿でこの世界に来た。いや、放り出された、と言った方がいいかもしれない。食べ物もない状態で、いつの間にか森にいた。天使から能力アビリティを貰ったと言っても、使い方が分からないのではどうしようもない。目の前を何度もウサギや鳥が駆けていったが、空腹の身で捕まえきれるわけもなく。仕方なく足元に生えていたキノコを食べてみると―――毒キノコだった。立っていられなくなり、頬が地面についた。こうして俺は、何もなさないままこの世界を去ろうとしていたわけだが、本当に運よくフランと出会った。

「大変!!大丈夫!?!?」

フランは俺の元に駆け寄ると、解毒のポーションを飲ませてくれた。(後で知ったことだが、この世界のポーションはとても高価で、1本で家が建つのだとか。)そしてフランの必死の看護のおかげで、数日後には俺は歩けるまでに回復していた。俺は孤児で、あの森でさまよっていた、ということと、恩返しがしたいというむねを話した。フランは幼いころに両親を亡くし、一人で農作業をしていたので、良ければ手伝って欲しいと、俺がここに住むことを快諾かいだくしてくれた。
ある日、フランが俺の職業を聞いてきた。俺は咄嗟とっさに「会社員」と言ってしまったが、この世界に「会社員」という職業はないようだ。ここで、俺がこの世界のことを何一つ知らないのがフランにバレた。フランは「孤児だったんでしょ。なら仕方ないわ。」と、この世界のことを教えてくれた。この世界には魔王がいて、モンスターがいて、勇者がいて、スキルがある。そして、職業とは生まれた時から決まっているものだと教えてくれた。職業は神父の『信託しんたく』という能力アビリティで分かるらしい。もちろん神父も職業だ。生まれた時から運命が決まっているという、この世界のシステムに嫌悪を抱いたのを覚えている。
次の日、フランに連れられて神父に会いに行った。そしてくだされた、俺の職業は『村人』。フランは、「だ、大丈夫ですよ!そんなに落ち込まないで下さい!私だって『村人』ですよ!この世界の85%は村人でできてるんですから!」と励ましてくれたが、なにが大丈夫なのだろう。転生した先で、村人と宣言されるつらさが君に分かるのか!?!?――と、当時は思っていたが、今では『村人』は天職に思う。
能力アビリティの使い方を聞いたが、使う物ではないらしい。自然と、生まれた時から、身体の一部のように使っているのだそうだ。ちなみにフランの能力アビリティは〈農業効率上昇(小)〉だ。
能力アビリティ、使えない物は仕方ない、とスキルについて聞けば、スキルは本を読んだりして学んでいくらしい。稀に、学ばなくとも使える者がいるらしい。ちなみに俺は使えなかった。本はとても高価で、村人には手が出せない。



こういった経緯いきさつで、今俺はフランと共に暮らしているわけだ。

「お休み、フラン。明日も頑張ろうな。」
「ええ、おやすみなさい。オサム。」

食事を終え、寝床に入る。

(今日もよく働いたなぁ。明日もがんばろう!)

そうこう思う内に、いつの間にか眠りの底に沈んでいた。

♦♦♦

今日はフランの誕生日だ。農作業の合間に、フランに内緒で育てていた花々を切り取り花束を作る。

「喜んでくれるといいな。」

(前世でもこうして花束を作ったっけ…。)

給料が少なく、姫乃にプレゼント1つ買ってやることが出来なかった。だから俺は、前世でも花を育て、花束を作った。あの時の姫乃の嬉しそうな顔は忘れられない。
フランと姫乃の笑顔を重ね、俺はフランの待つ家へと帰っていった。


――ドアを開く。
そこには、見知らぬ少女がいた。

「ただいま、フラン。その子は誰?」
「あら?オサムの友達じゃないの?この子、『オサムという人を知りませんか』って言って訪ねてきたのだけど。」

少女をじっと見つめる、が、もちろん知らない子だ。この世界に来て、俺はフランと神父、そして神父の補佐の女性としか会っていない。

「悪いけど、人違いじゃないかな、俺は君のこと知らないよ。」
「嘘言わないでよ。オサム。ヒメノだよ。」

―――ヒメノ――ヒメノ………姫乃!?!?

「姫乃!?!?姫乃なのか!?」
「そーだよ!さっきから言ってるじゃん!」
「どうしてこの世界に!?」
「どうしてって……もちろん、〈愛の天使〉ハニエル様のおかげよ!あの天使様は、私たちの愛の強さに関心なさって転生させてくれたのよ!」
「え……」

(ハニエルはそんなこと一言も……)

「それよりも、ねぇ。修一おさむ?あの人は誰?」

姫乃がフランを指さす。

「あぁ!この人は、俺が死にかけていたところを助けてくれた、命の恩人のフランだ。」
「そんな……命の恩人だなんて……」
「事実じゃないか!」
「そう……フランさんね。ありがとう。修一おさむを救ってくれて。」

姫乃は納得したように言葉を返す。

「オサム、私にも紹介して。」

すかさずフランが尋ねる。

「この子は、姫乃だよ。昔の知り合いなんだ。」

「知り合い……?」

姫乃がポツリと言った言葉は、誰にも聞かれることがなかった。

姫乃はにっこりと、笑みを浮かべて問う。

修一おさむ、ところで、その手の中にある花束は何?」
「わっ!」

急いで隠すが、既に時遅し。フランにばっちり見られていた。

「あーあ。もう少し隠しておきたかったんだがな……。――はい、フラン。お誕生日おめでとう!」
「え!?私に!?……嬉しい……ありがとう……!」

フランが受け取ろうと手を伸ばしたその時、突如花束が燃え上がった。

「!?」

突然の出来事で、思考が追い付かない。フランもあっけにとられている。
そして――数秒もたたないうちにフランが倒れる。

「フラン!?!?」

フランを抱き起す。抱き起したフランの身体の下には血が海のように溜まっている――

「なにが――!!」
修一おさむがいけないのよ?」

姫乃の声が降りかかる。

修一おさむが、私に初めて、私だけの花束をくれたからこそ、花束は価値を持ったの。2つ目の花束は必要ない。」
「だからって、こんなこと――!」
修一おさむ?」

姫乃が怖い程のにこやかな笑みで尋ねる。

「私たち、恋人だよね?世界が変わったんだから、別れないでいいんだよね?」
「そうだな。」
「そうよね!」

今までにないくらい、姫乃は嬉しそうだ。

修一おさむならそう言ってくれると思ってた!聞いて!私ね、職業は『賢者』なの!!賢者ってだけで、王様も、勇者だって欲しがるのよ!だからお金のことは心配いらないし――」
「――けど、気が変わった。姫乃、俺は……人殺しのお前を、恋人だとは思わない。」
「は……?」
「何故俺じゃないんだ!どうしてフランを傷つけたんだ!俺たちとは関係のない善良な人を……どうして巻き込んだんだ!!」

姫乃に冷徹な言葉を浴びせ、俺はフランの止血を始める。

「フラン!しっかりしろ!今医者を――」

「なんで?どうして?どうして私の気持ちが修一おさむに伝わらないのかなぁ?前世だって修一おさむが死んだ後に追うように死んであげたんだよぉ?あの世で修一おさむがさみしいだろうって思って――」

姫乃が行き場のない怒りを吐き出す。
そんな怒りも、必死の修一おさむの耳には入らない。

かすかに息をするフランが口を開く。

「オサム……短い――1年くらいかな――だったけど、とても感謝してるの。私ね、両親がいなくなってから、ずっと一人で生きてきた。とても……とてもさみしかった。」

フランの目から一筋の涙。

「でもね、オサムが来てからは、毎日が楽しかった。農作業して、馬や鶏の世話をして……いつものことなのに、オサムがいるとすっごい楽しかった。」
「もうしゃべるな!絶対に助かる!」

必死に傷口を抑える。抑えても、抑えても、指と指のすきまから血がこぼれていく――

「ううん。」

フランが首を振る。

「自分のことくらいわかるわよ。最後に、言っておきたいことがあるの――」
「最後だなんて……やめてくれ……」

姫乃の動きがぴたりと止まる。

「――人違いね。こんな奴修一おさむじゃないわ。修一おさむの名を語るなんて……!許せないわ!!」



「死ねッ!!」
「貴方に出会えてよかった。ありがとう。」


フランの声と姫乃の声が重なった瞬間、俺の意識は再び暗闇へと放り込まれた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

あさな
2020.04.15 あさな

後々が楽しみです

解除

あなたにおすすめの小説

何度も転生して、やっと得た待望の転生先はケモパラダイス

まったりー
ファンタジー
150回生涯を終え転生した先、それは主人公の求めてやまないネコ獣人への転生でした。 そこでは自然の中で獣人たちが暮らしていて、主人公の求めていたモフモフではなく、最高のモフモフを求めて主人公は奮闘します。

超越者となったおっさんはマイペースに異世界を散策する

神尾優
ファンタジー
山田博(やまだひろし)42歳、独身は年齢制限十代の筈の勇者召喚に何故か選出され、そこで神様曰く大当たりのチートスキル【超越者】を引き当てる。他の勇者を大きく上回る力を手に入れた山田博は勇者の使命そっちのけで異世界の散策を始める。 他の作品の合間にノープランで書いている作品なのでストックが無くなった後は不規則投稿となります。1話の文字数はプロローグを除いて1000文字程です。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

異世界で魔法使いとなった俺はネットでお買い物して世界を救う

馬宿
ファンタジー
30歳働き盛り、独身、そろそろ身を固めたいものだが相手もいない そんな俺が電車の中で疲れすぎて死んじゃった!? そしてらとある世界の守護者になる為に第2の人生を歩まなくてはいけなくなった!? 農家育ちの素人童貞の俺が世界を守る為に選ばれた!? 10個も願いがかなえられるらしい! だったら異世界でもネットサーフィンして、お買い物して、農業やって、のんびり暮らしたいものだ 異世界なら何でもありでしょ? ならのんびり生きたいな 小説家になろう!にも掲載しています 何分、書きなれていないので、ご指摘あれば是非ご意見お願いいたします

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。

みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい! だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。