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第十九話『血が混ざるはずの土』
しおりを挟む移民街にある一戸建ての貸家の前に、私たちのバンが停車する。
古い平屋で、敷地の芝生はきちんと整えられていた。
ここが、サブの家なのだろうか?
降車すると、近所の人々の暮らしが見えた。
笑い合う様々な人種。友人か家族か、すれ違う時間の長い他人かもしれない。
有色人種や混血ばかりの地区だった。
意味のわからない言語が、なにかを捲し立てている。
母語しか喋れない、第1世代の移民もいるのだろう。
ミラの家のある地区ほどではなさそうだけど、夜間は治安が不安定になりそうな雰囲気だった。
あちこちの壁には派手なスプレーアートがされており、落書きに紛れて、有名なストリートギャングの団紋や名前もちらほらと見えた。
同じようなデザインの家々がずっと通りを挟んで並んでおり、そのどこかから、楽器の音が聴こえてくる。
賑やかな地区なので、音漏れの苦情もないのかもしれない。
子供の泣き声や、母親の笑い声、喧嘩しているかのように早口で会話する男女。
車のクラクションや緊急走行車両のサイレンも、遠くに聴こえる。
祭りのような喧騒のなかから、目指す演奏音を探して進む。
サブが背後から小走りで私に並び、そこだよと人混みを指した。
家の前にバンを停めなかった理由が、そこに山を作っていた。
演奏を楽しげに見物する地元民たち。
その先から、ドラムやベース、ギターの調律音や試し弾きが漂ってくる。
サブが人山を掻き分けて私を中に案内した。
大勢に名を呼ばれ、掌や腕や拳を触れ合わせて挨拶を交わすサブ。
皆に好かれており、皆が兄弟のようにサブに愛を伝えた。
サブがガレージに入った途端、楽器隊の出す音の雰囲気が変わり、セッションが始まった。
激しいノイズと音圧が、一気にグルーヴの大波を巻き起こす。
野次馬から沸き起こる歓声。指笛。拍手。
サブがマイクをどこかから引っ張ってきて、「いくぞワンツーヤァ!」と叫び、飛んだ。
跳ねるようなリズムが、鋭さと激しさを増す。
吼えるようなデス声で、サブが空気を震わせる。
人の輪の子供たちが耳を塞ぐ。
マイクもギターも、ハウリングがすごい。
ひとしきり音出しをして、ドラムが纏めるように拍を落ち着かせると、ギターとベースが弦をメチャクチャに掻き鳴らした。
ジャーン、ジャン! ダカダンッ! というよく聴くあの終わりかた。
観客から一層の拍手が起こり、サブが「はいミーティング!」とマイクを通して言うと、野次馬たちはすぐにバラバラと散っていった。
ノンがドラムセットから出てきて、コンクリの床にペタンと座る。
ノビがギターを、ケイがベースを、それぞれのせる器具の上に置く。
ケイはおもむろにスマホをカバンから取り出し、パソコンで編集したと思われる音源を再生した。
先日の、視聴覚室でのセッションの音だった。
ノイズだらけで、ちょいちょい音程を外す歌。
私だ。
私の声が入っている、あのときのあれ。録音してたのか。
死ぬほど恥ずかしい。私は皆と同じように床に膝を立てて座りながら、顔を赤くして、そっぽを向いたり俯いたりした。
なんなんだ、この羞恥プレイは。
「ここ、よくね?」
ケイが少し音を戻して、また流す。
うんうんと、他のメンバーが同意する。
いくつか、同じように「よくね?」の部分を皆に聴かせてから、ケイはスマホを操作して、別の曲に変えた。
それはのっぺりとした、シンプルな音源だった。
リズムマシーンに、ケイのベースがのっかっている。
リハのデタラメな演奏を、編曲して纏めたものだった。
ついさっきセッションの音源を聴いたばかりなので、どんなメロがそのラインに合うのかは、私にもなんとなくわかった。
ケイがベースラインをブラッシュアップしたように、より磨かれた歌メロが頭に浮かび、セッションのときの改良版の歌が、自然と口から流れ出た。
フンフンとハミングしていると、サブがそれに合わせて遊ぶ。
セッションでよくつかっているラッピンスキャットをペラペラと歌ってみたり、ビートボックスでリズムを取ったり。
楽しい。サブと合わせると、どんなメロも楽しくなる。
遊んでいるようなのに、どんどん曲が良くなっていくように感じる。
ケイもそう思ったのか、スマホで音を鳴らしながら、掌にスッポリ入るサイズのハンディレコーダーをカバンから取り出して、この場の音を録音しだした。
アンプにつないでいないギターを手に取り、ノビがチャッチャカチャッチャカと微かなカッティング音を鳴らす。
いいね、いいねと自画自賛しながら、曲が少しずつ固まっていく。
まだ曲とも呼べない苗みたいなものだけど、それが皆が目指しているような曲に育ち、重く立派な稲穂を垂らすことは、なんとなく想像できた。
楽しそうに、真剣に。盛り上がって、笑い合って。
いつもこうやって曲を育てているのだと、ケイが言った。
私の歌メロも、試すたびにより個性が磨かれていくようだった。
曖昧さが少しずつ消えていき、固まっていく。
皆に、「マックはセンスいいね」と、ホメられてしまった。
いつもなら赤面して小さくなってしまうところだが、その言葉がまた創作の力になっていくのを、私も感じていた。
彼らが興奮して盛り上がっているとき、私も一緒に興奮していた。
ホメ言葉と笑声が、曲を育てる豊かな土壌になっているのがわかった。
──つづく。
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